第19話 貧乏令嬢、義兄を訪ねる
「……ありがとう、グローリア。お前のおかげだ」
「いえ。わたくしはただ、手紙を出しただけですから」
グローリア宛の封筒を開く。ブラッドリー宛の手紙と同じく、書いてあったのは来訪を誘う一言のみ。
長文に対する返事としては物足りないが、文章ではなく、対話を望んでくれているのだろう。
「……結婚を決めたのは、実は、兄上から言われたからなんだ」
「パーシヴァル様から?」
「ああ。俺の出した手紙には返事をくれないのに、ある日、一通の手紙が届いた。そこにはたった一行、『結婚をするように』と書かれていた」
意図を尋ねるために手紙を書いても、そこに対する返事はなかったのだという。
(なのにブラッドリー様は、パーシヴァル様の言いつけを守って結婚をしたのね)
やはり彼の中で、兄の存在はとても大きいものなのだろう。
兄から家督を奪ってしまったという負い目が、ずっと彼を苦しめているのかもしれない。
(では、どうしてパーシヴァル様は、結婚をするように、なんて言ったのかしら?)
グラッドストン伯爵家のためだろうか。それとも、ブラッドリー個人のためだろうか。
どちらにせよ、悪意からのものではないような気がした。
「ブラッドリー様は、パーシヴァル様になにを伝えたいのですか?」
「……俺は……」
「パーシヴァル様の考えていらっしゃることは、わたくしには分かりません。けれど、ブラッドリー様の気持ちを伝えるお手伝いならできますわ」
いくら考えても分からない相手の気持ちを考えるより、こちらが伝えたいことを考えておくべきだ。
「……なにを伝えたいのかは、よく分からない。兄上が、謝罪を求めているのなら謝りたい」
「それは、どうしてですの?」
「……もう一度、俺と話をしてくれるようになるかもしれないから」
「それが、ブラッドリー様の気持ちですわ。昔のように仲良くなりたいのだと、そう伝えればよいのです」
ブラッドリーがゆっくりと顔を上げる。
「大丈夫ですわ。わたくしが一緒ですもの」
にっこりと笑ってみせると、いきなりブラッドリーに抱き締められた。
驚いていると、背中に手を回される。ブラッドリーの手は、小刻みに震えていた。
「……もうしばらく、こうしていてもいいか?」
「ええ、いつまでも! わたくし、ブラッドリー様に抱き締められると幸せな気持ちになりますもの!」
グローリアも、そっとブラッドリーの背中に手を回す。
逞しい身体だ。なのに、なぜだか守ってあげたくなる。
「大好きですわ、ブラッドリー様」
だからどうか、パーシヴァルとの関係が彼の望むものになりますように。
◆
「……ブラッドリー様。その大量の荷物はなんですの?」
「手土産だ。王都中のパティスリーから評判の物を買い集めた。兄上は甘い物が好きだったからな」
パーシヴァルの暮らす屋敷へ向かう当日、ブラッドリーは大量の紙袋を馬車に詰め込み始めた。
「パーシヴァル様、きっと喜んでくださいますよ」
「……だといいんだが」
「少なくとも、パーシヴァル様だって、ブラッドリー様と会いたいと思ってくださっているんですから」
馬車に乗り込み、向かいではなくブラッドリーの隣に腰を下ろす。
彼を安心させるように手を握ってやると、強い力で握り返された。
◆
ブラッドリーの実家だという屋敷は、現グラッドストン伯爵邸よりも大きかった。
けれど、庭も外観も、あまり手入れされていないように見える。
「ようこそいらっしゃいました」
グローリア達を出迎えたのは、執事服を着たリオンだった。
大量の手土産を受け取ると、一瞬だけ複雑そうな表情をして、器用に手土産を片手で持つ。
「パーシヴァル様は居間でお待ちです」
彼の案内に従い、屋敷の中へ入ってすぐ、グローリアは一つの違和感に気づいた。
(……この屋敷、静か過ぎるわ)
広い屋敷だというのに、人の気配がほとんどない。
もしかして、この屋敷にはリオンとパーシヴァルしか住んでいないのだろうか。
「グローリア様。気になりますか?」
「……え?」
「この屋敷には他の使用人がいないのかが」
どうやら、口にせずともグローリアの考えは筒抜けだったらしい。
「ええ」
隣でブラッドリーが息を呑んだのが分かる。きっと、彼も同じことを気にしていたのだ。
「その通りです。ここには、俺とパーシヴァル様しかいません」
「……どうしてですの?」
「パーシヴァル様が、他の使用人を解雇したからですよ。おかげで、俺の仕事が多くてしょうがない」
「以前、旅をしていると言っていたのは嘘でしたの?」
グローリアの問いかけに、いいえ、とリオンは首を振った。
「旅の途中でたまたま、ここへ立ち寄ったんですよ」
どういうこと、とグローリアが尋ねるよりも、居間に到着する方が早かった。
リオンが居間の扉を開けると、中にいた人物が椅子から立ち上がって近づいてくる。
銀色の髪に、金色の瞳。
逞しい身体を持つブラッドリーとは違って、華奢な身体つきだ。そして、ずいぶんと顔色が悪い。
「久しぶりだね、ブラッドリー。……げほっ」
パーシヴァルが咳き込むと、慌ててリオンが彼の背中を撫でた。
「……兄上」
呆然とした顔で、ブラッドリーがパーシヴァルを見つめる。
久々の再会で言葉が出なくなったのだろうか。
それとも、パーシヴァルの姿に驚いたのだろうか。
どこからどう見ても、彼は弱った病人だったから。




