第18話 貧乏令嬢、手紙を出す
「よーし、できたわ!」
パーシヴァル宛の手紙は、思っていた以上に長くなってしまった。
返事がきてもこなくても前進だとは思うが、やはりブラッドリーのことを考えると返事をもらいたい。
その一心で、やたらと文章が長くなってしまったのである。
「……返事、きますように」
祈りを込めながら、丁寧に手紙に封をする。宛先がバレないように、この手紙は明日、こっそりとポストに投函する予定だ。
◆
「失礼します。グローリア様に、客人がまいられました」
テレンスからその知らせを聞いたのは、珍しくブラッドリーの仕事が休みだった午後、二人でティータイムを楽しんでいた時である。
「わたくしに、客人?」
「はい。リオン、と名乗る紫色の髪の男性です」
「リオン……」
聞き覚えのない名前だ。しかし、紫色の髪の男性、という言葉に先日の手品師を思い出す。
(でも、わたくしも名乗っていないし……)
グローリアが首をかしげていると、ブラッドリーが口を開いた。
「ここに通せ」
「お客様は、グローリア様にのみ用がある、と申しておりますが」
「いいから、早くここに通せ」
不機嫌なブラッドリーの声を聞いて、テレンスはわずかに笑った。
「グローリア。リオン、という名前に心当たりは?」
「いえ、特には」
「……そうか」
頷いたブラッドリーは相変わらず不機嫌そうだった。
◆
「お久しぶりです、お嬢さん」
居間にやってきたのは、グローリアの予想通り先日の手品師だった。
しかし今日はどこぞの大貴族かと思うようなしっかりとした作りの服に身を包んでいる。
(それにしても、やっぱり絵になる人ね)
とはいえ、どこか舞台役者を想起させるような派手さがある。
「それから初めまして、グラッドストン伯爵」
ブラッドリーに睨まれても、リオンは全く動じない。
リオンが優雅に一礼すると、ブラッドリーが冷ややかな声で喋り始めた。
「俺の妻にいったい何の用だ?」
(きゃー! 俺の妻ですって!)
と騒ぎたい気持ちをこらえる。リオンがいったい何の用でグローリアを訪ねてきたかは知らないが、ブラッドリーにこの表情をさせてくれただけで感謝すべきかもしれない。
「手紙の返事を届けにまいったのです」
微笑むと、リオンは懐から真っ白な封筒を取り出した。彼の動作を見て、ブラッドリーがグローリアに視線を向ける。
「……どういうことだ、グローリア。あいつに手紙を出したのか?」
「出してなんていませんわ! ブラッドリー様に伝えた通り、名前も連絡先も知らなかったんですもの!」
慌てて訂正する。嫉妬してくれるのは正直嬉しいけれど、勘違いされるのはごめんだ。
「嘘をつかないでくださいませ! わたくしは貴方に手紙なんて出していませんわ」
「ええ、そうですよ。俺は、代わりに返事を届けにきただけですから」
そう言うと、リオンはもう懐からもう一通封筒を取り出した。
「こちらは、グラッドストン伯爵への手紙です」
「……俺へ?」
ブラッドリーが首を傾げる。
「どちらも我が主――パーシヴァル様からの手紙ですよ」
リオンの言葉に、ブラッドリーがかたまる。そんな彼の様子を見て、リオンはにっこりと笑った。
「お嬢さん、いや、グラッドストン伯爵夫人。先日貴方に声をかけたのは、実は偶然ではないんですよ」
「……そんな」
「弟がどんな結婚生活をしているか知りたい、とあいつが常々言っていたもんでね」
あいつ、という言葉には親しみが込められていた。
我が主と言っていたけれど、単なる主従関係ではないのだろうか。
「……グローリア。兄上に手紙を出したのか?」
「……申し訳ありません、ただ、わたくしはブラッドリー様にお兄様と話をしてほしくて」
ブラッドリーはなにも言わない。代わりに、リオンの持つ手紙に視線を向けていた。
「それでは、俺は失礼します。あまり長い間留守にすると、パーシヴァル様が寂しがりますので」
◆
「……兄上に手紙を出していたとは、知らなかった」
リオンが去った後、ブラッドリーは手紙を開ける前にそう言った。
「申し訳ございません」
「いや、謝らなくていい。グローリアに心配をかけた俺のせいだ。それに、グローリアのおかげで、兄上が手紙をくれたんだから」
手紙を持つブラッドリーの手は細かく震え、瞳には涙がたまっている。
(やっぱりブラッドリー様は、ずっとお兄様と話がしたかったんだわ)
「……情けないか? なにを書いてあるか、読むのが怖いんだ」
「いえ。怖いのでしたら、わたくしが一緒に読みますわ」
ブラッドリーが頷いて、ゆっくりと手紙を開ける。
中に入っていたのは便箋一枚で、書いてあったメッセージはたった一行。
『来週末、グローリア殿と共に我が家へきてくれないか?』
ブラッドリーの瞳からこぼれ落ちた涙が、便箋を濡らした。




