第17話 貧乏令嬢、怒られる
「……声をかけられて暇だったから、仕事を手伝うことにした?」
ブラッドリーのことを相談していたのだ、という話を伏せて経緯を説明したところ、ブラッドリーは盛大な溜息を吐いた。
「今はもう金に困っていないだろう」
「ええ。ですがその、暇な時間をお金に変えるチャンスだと思ったら、つい……」
「グラッドストン伯爵家の夫人として、相応しくない行動はやめてくれ」
「……はい」
グローリアは俯いて返事をした。
冷静に考えてみれば、ブラッドリーの主張はもっともである。
「……ごめんなさい、ブラッドリー様。伯爵夫人としての自覚が足りませんでしたわ」
気分転換をしたくて、とか、安全だと思ったから、というのは言い訳だ。
もし他の家の人間がグローリアに気づいたら、伯爵夫人としてみっともないと思われる可能性はある。
グラッドストン伯爵家の当主として、ブラッドリーが腹を立てるのは当然だ。
「これからは、このように外で働くことはやめます」
口にした瞬間、グローリアの胸がちくりと痛んだ。
仕方がないことだとは理解しているが、寂しいものは寂しい。
きっと、家の中でじっとしているのはグローリアの性に合わないのだろう。
「……グローリア」
「はい」
「俺が悪かった」
「え?」
唐突な謝罪に顔を上げて目を丸くすると、ブラッドリーはグローリアから目を逸らし、小さな声で気持ちを伝えてくれた。
「……グローリアの自由を制限したいわけじゃない。むかついて、かっとなってしまった」
「いえ。わたくしが伯爵夫人として自覚に欠ける行動をしてしまったんですもの。当然ですわ」
「そうじゃない。……グローリアが、あの男と親しげに見えて……腹が立ったんだ」
驚いて、ブラッドリーの顔をじっと見つめる。
ブラッドリーの頬がだんだんと赤くなっていき、彼は片手で顔を覆って溜息を吐いた。
(もしかしてこれって……やきもち!?)
「……俺と違って、見目麗しい男だった」
「そんなことありませんわ! 確かに整った顔立ちはしていましたけれど、全く好みではありませんもの!」
中性的な美貌の彼より、たくましく、男性的な美しさを持つブラッドリーの方が何百倍も好みだ。
先程の男は胡散臭すぎるし、見た目も好みではない。
「……やたらと楽しそうに、笑いながら仕事をしていたが」
「その方が観客の皆様が盛り上がりますもの!」
「……本当か?」
「本当ですわ!」
「……あの美しい男より、俺が好みだと?」
「もちろんです! わたくし、出会った時からブラッドリー様に夢中ですもの!」
ぎゅ、とブラッドリーの両手を握る。じっと見つめてにっこりと笑うと、ブラッドリーの頬がさらに赤くなった。
「わたくしが好きなのは、ブラッドリー様だけですわ!」
「……グローリア」
「はい」
「……もし働きたいのなら、事前にちゃんと相談してくれ。できる限り、希望は聞いてやりたいとは思うから」
「まあ……!」
だが、とブラッドリーが付け足す。
「あの男はもうだめだ」
そう口にしたブラッドリーの顔が、拗ねた子供のようで。
(本当に、可愛すぎますわ……)
「分かりました。それに、名前も連絡先も聞いておりませんの。きっと、もう会うこともないですわよ」
彼は旅をしながら暮らしていると言っていた。また王都にやってくる可能性はあるけれど、こうしてもう一度偶然会う可能性なんてゼロに近いだろう。
「……二度と会う必要はない」
「はい。分かりましたわ、ブラッドリー様!」
笑顔でブラッドリーの腕に抱き着いてみる。全く拒むことなく、ブラッドリーは受け入れてくれた。
◆
「グローリア様の帰りが遅いと伝えたら、ブラッドリー様、血相を変えて飛び出して行かれたんです」
屋敷に戻り、ブラッドリーが席を外した瞬間、テレンスが教えてくれた。
仕事から戻ったブラッドリーは、すぐにグローリアのことをテレンスに確認してくれたらしい。
「ブラッドリー様は、グローリア様のことが大事で仕方ないんでしょう」
「……そうかしら?」
「はい、そうですよ」
そうだったらいいな、とは思う。
ブラッドリーとの距離は日に日に縮まっているし、グローリアを大事に思ってくれているのも伝わってくるから。
とはいえやはり、もう一歩が足りない。
「ねえ、テレンス。手紙を書きたいのだけれど、便箋と封筒はあるかしら?」
「ご家族へ手紙を書かれるのですか?」
「……ええ、まあ。両親も弟も、心配しているでしょうから」
嘘ではない。せっかくだから、家族への手紙も出そうと思っている。
だが本命は、パーシヴァル宛の手紙だ。
ブラッドリーと結婚し、彼のことを大事に思っていること。
彼がパーシヴァルとの関係で悩んでいるように見えること。
できれば、仲直りをしてほしいこと。
グローリアの気持ちを書いて、パーシヴァルに手紙を出す。
返答がこなければ、パーシヴァルとブラッドリーを仲直りさせることは諦め、パーシヴァルを忘れさせる方向で頑張る。
(どちらにせよ、手紙を送ることには大きな意味があるわ)
「それはきっと、皆様喜ばれますね。では後ほど、グローリア様の部屋に封筒と便箋をお持ちします」




