第16話 貧乏令嬢、働く
「さあさあ皆様、お立ち寄りくださいませ! ここにおられるのは稀代の天才手品師です! 皆様が驚く手品を披露いたしますよ!」
噴水前へ行くと、グローリアはとびきり声を張り上げた。
手品師の男は、鞄から取り出した黒いマントを羽織り、黒いハットをかぶって、手品師らしい格好になっている。
まず寄ってきたのは、彼の華やかな容姿に惹かれた若い女性達。
次に、グローリアの呼びかけにつられ、若い男性や子供達が近寄ってくる。
(こういう仕事、実は結構得意なのよね!)
力仕事も得意だが、人を相手にする仕事も得意なのだ。
さすがに手品師の助手を務めたことはないが、花屋で働いたり、レストランで働いたりと、客商売の経験はかなりある。
「手品? なにをするの?」
「早くみたーい!」
「……彼、すごく格好いいわよね」
集まってきた人達が、期待に満ちた眼差しを男へ向ける。
ざわめきが大きくなると、さらに人が集まってきた。いい調子だ。
「それではお願いします!」
グローリアが笑顔で叫ぶと、男は胸元から長いステッキを取り出した。これほど大きなステッキが入り込む余地など、彼の服にはなさそうなのに。
「えっ、どこから出たの?」
「すごっ!」
人々が騒ぎ出す。すると男はハットを外し、笑顔で喋り出した。
「皆様! これからご覧に入れますのは、世界中をめぐって身につけた古今東西の手品にございます! 驚いた方、楽しんでくれた方、そして俺に惚れた方は、このハットにおめぐみを!」
最後に男はウインクまでしてみせた。キザな言動だが、全く嫌味がない。
まだ本格的に手品は始まっていないのに、観客の何人かがハットの中に硬貨を投げ入れてくれた。
「さあさあ、いきますよ!」
男がマントを脱ぎ、空中でマントを揺らす。するとその中から、鳩が五羽も飛び出てきた。
(すごい。本当に、どういう仕組みなのかしら……!?)
「お次はこの玉を浮かせてみせましょう」
男は鞄から大きな白い玉を二つ取り出した。何の変哲もない、ただの玉のように見える。
しかし男が上空に向かって玉を投げると、玉は空中で固定される。
「そして……こうすると」
男は右手を高くあげ、大きく指を鳴らした。その瞬間、空中に玉が二つ増える。
「えっ!?」
「どういうこと!?」
混乱する客を見て、男は再び指を鳴らす。すると、今度は玉が三つ増えた。
(すごい……!)
思わずグローリアも見惚れてしまう。
「どうですか、皆様。お楽しみいただけているでしょうか?」
歓声と共に、硬貨がハットの中に飛び込んでくる。そのほとんどが銅貨だが、中には光り輝く銀貨もあった。
「では今から、少し危険な手品をお見せしましょう」
玉が地面に落ちる。グローリアは慌てて玉を回収し、彼の鞄の中へ戻しておいた。
「ご覧ください」
男が両手を同時に鳴らすと、いきなり巨大なライオンが現れた。
ライオンが大きく吠える。
(えっ!? ど、どういうことなの、本当に……!)
悲鳴に近い歓声が上がる中、男が再び指を鳴らす。すると、火の輪が空中に出現した。
「今からこのライオンが芸を披露します。この火の輪をくぐってみせますので、上手くできたら拍手してあげてくださいね」
ライオンがぴょん、と跳ねて火の輪をくぐる。それを何度か繰り返した後、男が指を鳴らしたのと同時にライオンは消えた。
「以上で、手品は終わりです。お楽しみいただけたでしょうか」
割れるほどの拍手と歓声が、周囲を包み込んだ。
◆
「場所を変えてやれば、もう一儲けできますわよ!」
「……お嬢さん、本当に商魂たくましいな」
噴水前での披露が終わった後、場所を何度か変えて手品を披露した。
気づけば日が沈み、夕焼けが周囲を照らしている。
とはいえ、あと一度くらいならできるだろう。
(仕事を終えた人がそろそろ帰ってくる時間だもの。今までで一番の儲けになるかもしれないわ)
「貴方も、お金が必要なのよね? だったら稼げる時に稼いでおくべきよ、絶対!」
「確かに金は必要だ。お嬢さんの言う通り、もう一度やるか」
「ええ! わたくしも、最高に盛り上げてみせますわっ!」
◆
「ではでは! 盛大な拍手と、お気持ちをお願いいたします!」
手品が終わり、グローリアの声かけと共にハットの中へ大量の硬貨が投げ込まれる。
見物客が完全にいなくなる頃には、ハットから硬貨がこぼれ落ちそうになっていた。
(これなら、わたくしの給料も追加でもらえるはずよね!)
久しぶりに、自分自身で稼いだ金だ。記念になにか買って帰ろうか、とグローリアが考えた時、背後から低い声で名前を呼ばれた。
「なにをしているんだ」
「……へっ?」
ブラッドリーだった。彼の眼差しはグローリアではなく、隣に立つ手品師へ真っ直ぐ向けられている。
「えっ? あ、えーっと、その、仕事を……」
「必要ないだろう」
仕事をしているうちにすっかり気分が変わり忘れかけていたが、ブラッドリーと険悪な雰囲気になっていたことを思い出す。
(まだ怒っているのかしら……)
どうしたものか、とグローリアが悩んでいると、手品師の男が口を開いた。
「じゃあお嬢さん、また今度」
「えっ? あのっ、追加のお給料は――」
「もう渡しておいた。じゃあ」
男の姿が忽然と消える。同時に、グローリアの手の中に銀貨が五枚入っていた。
(これも、手品なの……?)
グローリアが呆然としていると、ブラッドリーに手首を掴まれる。
「……ブラッドリー様?」
「また今度、とはどういうことだ?」
「え?」
「先程の手品では、ずいぶんと親しそうに喋っていたな」
「……見ていらしたのですか?」
回を重ねるにつれ、助手をやることに慣れ、彼との距離感も縮まっていた気がする。
だから先程の回では、確かに親しげに見えたのかもしれない。
「答えろ、グローリア。あいつは誰で、どんな関係なんだ」
グローリアを見つめるブラッドリーの瞳は、間違いなく怒りを孕んでいた。




