第15話 貧乏令嬢、胡散臭い男と出会う
翌朝、グローリアはいつもより早く起きて、広間でブラッドリーを待っていた。
(ブラッドリー様、教えてくれるかしら……)
聞いたところで、なにもできないかもしれない。けれど寄り添いたいのだという気持ちは、ちゃんと伝わるだろうか。
緊張して待っていると、ブラッドリーが広間にやってきた。グローリアを見て、不思議そうに首を傾げる。
「今日はやけに朝が早いな。腹が減ったのか」
「違いますわ! ブラッドリー様に、お聞きしたいことがありますの」
「聞きたいこと?」
椅子に腰を下ろすと、ブラッドリーがじっとグローリアを見つめた。
せっかく普通に話せるようになったのに、グローリアの質問で今の関係が変わってしまうかもしれない。
(それでも、聞くって決めたんだもの)
深呼吸をして、グローリアは口を開いた。
「ブラッドリー様の、お兄様についてですわ」
一瞬でブラッドリーが無表情になる。グローリアをぎろりと睨みつけると、不機嫌そうに吐き捨てた。
「お前には関係ない」
「関係ないことは、聞いてはいけませんか? わたくしは、ブラッドリー様のことを知りたいのです」
「……それは」
ブラッドリーの指先が微かに震えている。彼も迷っているのかもしれないと思うと、自然と身体が前のめりになった。
「お願いします。わたくしは、ブラッドリー様のことをもっと知って、共に幸せになりたいのです」
震えるブラッドリーの手をぎゅっと両手で包む。
上目遣いでブラッドリーを見つめつつ、彼が口を開いてくれるのを待った。
――しかし。
「お前は知らなくていいことだ」
「……ブラッドリー様」
「今日はもう出る。この話はもうしないでくれ」
立ち上がると、ブラッドリーは朝食を待たずに出ていってしまった。
◆
「うーん。どうすればよかったのかしら……」
溜息を吐いて、グローリアはグラスに入った果実水を一気に飲み干した。
ブラッドリーの態度に悩んでいたら、気分転換をしてきてはどうか、とテレンスがおでかけを進めてくれたのだ。
このあたりは治安もいいし、グローリアはある程度の護身術も身につけている。
というわけで、軽装に身を包み、街へ繰り出し、とりあえずカフェで休憩しているのであった。
拒まれた以上、もうグローリアから兄の話題を出すべきではないのだろうか。
しかし、ブラッドリーにとっては大きな問題で、兄との問題を解決しない限り、彼は自分が幸せになることを肯定できない気がする。
「どうしよう……」
と、グローリアが呟いたところで、不意に隣の席に誰かが腰を下ろした。
何気なく横を確認すると、紫色の髪をした男と目が合う。
どこからどう見ても美形だ。どこか中性的な色気もある。だがそれ以上に、なんとなく胡散臭さを感じた。
「暗い顔をしてどうしたんだい、お嬢さん?」
「……あの、わたくし既婚者ですので」
すぐに会話を拒もうとしたグローリアを見て、男が声を上げて笑う。
「ナンパじゃない。ただ、悲しそうな顔をしていたから気になっただけさ」
「……そう言われましても」
「悩みがあるなら話を聞く。代わりに、俺の手品に付き合ってくれないか?」
「手品?」
ナンパじゃない、と言いつつナンパであれば、無視をして店を出ようと思っていた。
しかし、『手品』という言葉に引っかかってしまった。
「ああ。俺は旅をしながら、歌を歌ったり、手品を見せて暮らしている。だが、今日は助手が寝込んでいるんだ。一人でも手品はできるが、助手がいた方がいい」
「わたくしに、一時的な助手になれと?」
「ああ」
「それ、給料は出ますの?」
グローリアの質問に、なぜか男が笑った。仕事を受けるのなら、金銭の話をするのは当然だろうに。
「俺が悩みを聞いてやるのが給料……と言いたいところだが、これでどうだ? 手伝うのは一時間だけでいい」
男は懐から銀貨を二枚取り出した。
「助手の仕事は、俺の指示通りに物を動かしたり、観客を集めるだけだ」
「……分かりましたわ」
伯爵夫人になった今、アルバイトをするほど金に困っているわけではない。
だが、貧乏性ゆえに楽な仕事なら受けたくなってしまう。なにより、一人で悶々と考え込むのが嫌になってきたのだ。
人前での手品の手伝いであれば、危険な状況に追い込まれることもないだろう。
「契約成立だな。じゃあまずは、お嬢さんの悩みを聞こうか」
「……そうですわね」
もちろん、ブラッドリーの個人的な事情をぺらぺらと喋るつもりはない。
だが、見たところ彼はブラッドリーと年齢も近いようだし、内容をぼかして意見を聞いてみる価値はある。
「実はわたくしの夫が、兄弟仲が悪いようですの」
「ほう」
「そのことに夫が悩んでいるので、わたくしは仲直りしてほしいんですわ。でも、事情を話してくれないせいで、どうしたらいいのか分かりませんの」
「なるほど」
男は頷くと、手に持っていたワインを口に運び、笑顔で答えた。
「簡単さ。夫じゃなくて、その兄に話をしてみればいい」
「……兄に?」
「夫が貴方と仲直りしたくて悩んでいます、とでも手紙を送ってみたらどうだ?」
「手紙、ですの?」
「返事があれば夫と話すきっかけを作れる。なければ相手には仲直りをするつもりがないんだから、お嬢さんもこの件は忘れればいい」
男が口にした内容を頭の中で整理する。
(悪くない意見な気がするわね……)
パーシヴァルに弟と仲直りをする気があるのなら、グローリアの手紙になんらかの反応をくれるだろう。
返事がなければ、これ以上ブラッドリーを問い詰めることをやめ、兄を忘れさせる方向で動けばいい。
ブラッドリーがパーシヴァルの話をしてくれない以上、この手段をとるのが最適な気がしてきた。
「ありがとうございますわ、参考にいたします」
「そりゃあよかった。じゃあ、俺の仕事に手伝ってもらおうか。そこの噴水前で、手品を披露する予定だ」
男は窓の外の噴水を指出した。人通りはかなり多い。客も集まるだろうし、グローリアとしても安全である。
「分かりましたわ。もしわたくしの助手ぶりがよかったら、給料は上乗せしてくださいね」
「もちろん」
立ち上がると、なんだかわくわくしてきた。実家で暮らしていた頃は気づかなかったが、グローリアは仕事を思っていたよりも楽しんでいたのかもしれない。




