第14話 貧乏令嬢、踊る
音楽に合わせ、身体を動かす。練習した通りに、優雅に、柔らかく。
細かいステップを間違えたとしても問題はない。
大事なのは、間違えたという顔をしないこと。周囲に悟られないこと。
(大丈夫、できているわ……!)
練習の甲斐あって、グローリアは無事に一曲踊ることができた。気づくと、周囲からじっと見つめられている。
「……ブラッドリー様。わたくし達、見られていません?」
「ああ。みんな、俺が結婚できたことが不思議なんだろう」
「そんなはずありませんわ。きっと、皆様ブラッドリー様に見惚れていらっしゃるのでしょう。わたくしの旦那様ですけれど」
にっこりと笑って、今度はグローリアから手を差し出す。
「もう一曲、踊ってくれますか?」
「……大丈夫なのか?」
「せっかく練習したんですもの。一曲で終わらせるなんてもったいないですわ」
一時期は寝る間を惜しんでまで練習したのだ。もっと踊らなくては、損をしたような気分になる。
「分かった。もう一曲踊ろう、グローリア」
「ええ!」
◆
「グローリア。さすがにもう、踊るのはやめにしないか?」
食事のための休憩を一度だけ挟み、かれこれ踊ること20曲目。
ブラッドリーは、疲れきった顔でそう言った。
広間では常に楽団が演奏を続けており、踊りたい時に踊れるようになっている。
しかし、グローリア達ほど踊り続けている客はいない。
「かしこまりましたわ。では、最後にもう一曲だけいかがでしょう?」
毎日の練習も終わってしまったし、なにより、パーティー会場で着飾って踊るのは特別だ。
やっているうちに楽しくなってきたグローリアとしては、本当はまだまだ踊っていたい。
(とはいえ、社交の場では、他の方との会話だって大事ですものね)
「……分かった。グローリアは本当に体力があるな」
「体力なんて、ブラッドリー様はもっとあるでしょう?」
「俺のは戦闘専門の体力だ。踊るのは向いていない」
なんて言いながらも、ブラッドリーは最後に一曲、ちゃんと付き合ってくれたのだった。
◆
パーティーが終わると、グローリアはブラッドリーと馬車に乗り込んだ。
「今日のパーティー、とっても楽しかったですわ!」
「それはよかった」
「もし今度パーティーがあったら、次はもっと上手く踊れると思いますの」
失敗はしなかったが、完璧でもなかった。だからこそ、今日の反省を活かして次のパーティーに臨みたい。
「……グローリアは、なんでも楽しそうにするな」
「え?」
「ダンスは苦手だったんだろう? なのに、今日はずいぶんと楽しそうだった」
「練習をしているうちに楽しくなりましたの。それに、なんでも楽しくやった方がいいじゃありませんか」
家事も仕事も雑用も、嫌だと思いながらやるより、楽しいと思いながらやった方がいいに決まっている。
もちろん全てのことを楽しいと思えるわけではないけれど、楽しいと思えるよう努力する、というのはグローリアの習性の一つかもしれない。
「……ああ、そうだな」
頷いて、ブラッドリーが微笑む。彼の笑顔にも、最近はかなり見慣れてきた。
(わたくし達の距離は、ちゃんと縮まっているわよね)
少し身体を近づけ、ブラッドリーの手に自分の手を重ねてみる。
ブラッドリーは拒まなかった。
(でも、もっと近づきたい)
そのために必要なのは、やはり、ブラッドリーを知ることだろう。
(ブラッドリー様の大事なこと。……きっと、お兄様のことを)
幸せになるべきではない、という思い込みが兄との関係によるものなら、避けて通れない問題だ。
なにより、ブラッドリーのことを好きになればなるほど、兄との確執について知りたくなってしまう。
(好きな人の重荷を、一緒に背負ってあげたいもの)
ブラッドリー様、と口を開きかけてやめたのは、横から寝息が聞こえてきたからだ。
疲れていたのか、馬車の壁にもたれかかって、ブラッドリーが眠ってしまった。
今日、パーティーでは多くの人の注目を浴びた。日頃とは違うことをして疲れたのかもしれない。
「……おやすみなさい、ブラッドリー様」
せっかく眠っている彼を起こすべきじゃない。代わりに、グローリアは決めた。
――明日の朝、ブラッドリーに改めて話を聞こう、と。




