第13話 貧乏令嬢、王宮へ行く
「うわあ……」
パーティー会場となる広間に足を踏み入れた瞬間、グローリアは感動で立ち止まってしまった。
天井からぶら下がったいくつもの豪華なシャンデリア、壁際に配置されたテーブルの上に並んだ豪勢な料理。
そして、会場内にいる人は皆、派手に着飾っている。
(いけない、いけない……。伯爵夫人として、落ち着かないと)
深呼吸をしていると、ブラッドリーに手を差し出された。
「……え?」
「夫は妻をエスコートするものだろう」
「あ、ありがとうございますわ……」
そっと手を重ねる。周りの目を気にしての行動だとしても、ブラッドリーがエスコートしようとしてくれたことが嬉しい。
パーティー会場へは順次招待客が入ってくるようで、最後に登場するのが国王陛下らしい。
国王陛下が入ってくるまでは食事や酒に手をつけるのはマナー違反である。
緊張していると、ハワードとアイリーンが近づいてきてくれた。
「グローリア様! お久しぶりです!」
淡い黄色のドレスに身を包んだアイリーンは、花の精霊のように可憐だった。華奢で小柄で、守ってやりたくなるような愛らしさがある。
「お久しぶりですわ、アイリーン殿」
「今日はグローリア様がいらっしゃると聞いて、楽しみにしていたんです」
「まあ! 久しぶりに会えたんですもの! たくさん話しましょう!」
はしゃいだグローリアがブラッドリーの手を放し、アイリーンの手を両手で握る。
すると後ろで、ハワードがそっとブラッドリーの肩に手を置いた。
「気にするな。アイリーンが愛らしすぎるだけだ。お前が悪いわけじゃない」
「……いい加減にしろ」
「怖い顔をするなよ。今日のパーティーは実質、お前達が主役だ。陛下も、『軍神伯爵』ブラッドリーの妻を見たがっていたからな」
二人の会話が聞こえてきて、グローリアは振り向いた。
「そうなんですの?」
「ブラッドリーから聞いてませんか?」
「ええ」
お前なあ、とハワードは笑うと、グローリアに事情を説明してくれた。
「こいつは昔から陛下のお気に入りなんだ。で、陛下はずっとこいつに結婚を勧めてたんだが、なかなかこいつが結婚しようとしなくてな。こんな顔だから、令嬢達も結婚を申し込んではこないし」
「……こんな顔とはなんだ」
ふくれっ面になったブラッドリーの頬を、笑いながらハワードがつつく。
団長と副団長という立場以上に、友人としていい関係を築けているのだろう、ということが伝わってくる。
(なるほど。ブラッドリー様は陛下にも結婚を勧められていたのね。でも、それは最近のことじゃないとしたら、ブラッドリー様が結婚を決めた理由はなんなのかしら?)
しつこく勧められるから、ということだろうか。
だが、国王も本気で誰かと結婚させたいのであれば、どうにかして相手を探すだろう。
ブラッドリーは『軍神伯爵』として恐れられているとはいえ、若く、国王の覚えもめでたい貴族なのだ。相手はいくらでもいるはずである。
「俺は嬉しいですよ。ブラッドリーの結婚相手が、グローリア様のように素晴らしい方で」
「そんな……! わたくしこそ、ブラッドリー様のように素敵な方と結婚できて幸せですわ」
「……お前。グローリア様を一生大事にしろよ」
真剣な顔になって、ハワードがブラッドリーに念押しする。ブラッドリーが頷いたところで、国王陛下が会場に入ってきた。
◆
「グローリア。陛下のところへ挨拶に行く。ついてきてくれ」
「かしこまりました」
パーティーが始まってすぐ、国王への挨拶を希望する者達の列ができた。
ダンスも食事も、まずは陛下への挨拶を済ませてからだ。
(緊張してきたわね……)
実家には家庭教師を雇う金銭的余裕などなかったから、グローリアは十分な淑女教育を受けているとは言い難い。
母親からある程度のマナーは教わっているものの、国王陛下に通用するようなものではないだろう。
「……大丈夫だ」
「え?」
なにも言っていないのに、ブラッドリーが耳元で囁いた。
「挨拶だけをして、あとは黙っていても構わない。陛下は俺を気に入ってくれている。グローリアを責めるようなことはない」
「……ブラッドリー様」
「安心したか?」
「……ええ、とても」
国王とブラッドリーの関係を聞いたからではない。
ブラッドリーがグローリアを心配し、言葉をかけてくれた。その事実が、グローリアに勇気と安心をくれたのだ。
◆
「ブラッドリー! お前の妻に会える日を楽しみにしていたぞ!」
国王は、グローリアの想像の10倍は明るい声で二人を迎えてくれた。
年齢は確か、34歳。民衆からの支持も厚い国王である。
「陛下。私の妻、グローリアでございます」
ブラッドリーに紹介され、グローリアは精一杯の優雅さを発揮しながら頭を下げた。
「グローリアと申します、陛下」
「今日はよくきてくれた。ブラッドリーには前々から家庭を持ってほしいと思っていたんだ。見た目は怖いが、優しい奴だろう?」
「ええ。わたくし、すっかりブラッドリー様が大好きになってしまいました」
笑顔で答えると、陛下は声を上げて笑ってくれた。
「それはよかった。見る目のない令嬢ばかりでな、ブラッドリーが一生結婚できなかったらどうしようかと思っていたものだ」
「まあ! それは幸運でしたわ。神様が、わたくしのために運命の相手をとっておいてくれたのかもしれません」
「そうに違いない。なあ、ブラッドリー」
緊張していたものの、話してしまえばたいしたことはない。
グローリアが安心してブラッドリーへ視線を向けると、ブラッドリーは照れたような顔で頷いていた。
「……はい、陛下」
「仕事も大事だが、家庭も大事にするように」
「ご配慮、ありがとうございます」
「本当にめでたい。きっと、パーシヴァルも喜ぶだろう」
国王がその名前を出した瞬間、ほんの一瞬だけブラッドリーの顔がかたまった。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに微笑みを浮かべ、ブラッドリーが頭を下げる。
国王との挨拶が終わると、ブラッドリーの顔が再び暗くなった。
(聞きたい。知りたい。でも……)
「グローリア」
「はっ、はい」
「一曲、踊ってくれるか?」
表情を切り替えたブラッドリーに手を差し出される。頷いて、グローリアは彼の手に自らの手を重ねた。




