8話目 魔女メリア
朝方に起きた、あの怪しい黒装束の男とガンダとのイザコザがようやく落ち着きを見せ、優しい月明かりがギルド併設の酒場を静かに照らし始めた頃。
その喧騒の裏で、また新たな厄介事が産声を上げようとしていた。
朧は――至高の我が君から賜った密命を果たすべく、夜の闇に紛れて酒場の梁の上から聞き耳を立てていた。
情報収集において、酔っ払いたちの口の軽さは何よりも信頼に値する。
今回の標的は、この場にいる者たちの中でも、ひときわ目に付く『強者』たちだ。
戦士ガンダや、商人ラル。
そして……たった今、酒場に入ってきた、金髪ショートカットの魔女風の女、メリア。
我が君の足元にも及ばない。だが、なぜか目に付くような異様な存在感。まるで、この世界の主人公かのような―――
――ザシュッ。
思考の間に痛みを割り込ませるために、自分自身の足をクナイで突き刺す。
声は一切漏らさない。そのような不敬を一瞬でも考えてしまったこと自体が、我が君への侮辱に値するのだ。
朧が梁の上で血を拭うその下では、まるで示し合わせたかのように、三人のプレイアブルキャラが同じ卓についていた。
「……なんだよ、リスの商人。珍しいじゃねぇか、お前が酒場まで来るなんてよ」
「あら? そういうあなたこそ、今日は朝から随分とお飲みになっているようですけれど?」
ラルはいつもの営業スマイルを張り付けたまま、飄々と言葉を返す。
「ふぅん。二人とも、なんだか珍しい行動をしてるのね~」
ワイングラスを優雅に傾け、金髪の魔女メリアが妖艶に微笑む。
「てめぇらには関係ねぇだろ」
ガンダは不機嫌そうに、勢いよく杯をあおる。そのピッチは異常だ。今日はもう、二桁を優に超える数の酒を胃袋に流し込んでいる。
「私も、少し気になることがあって来たのよね~」
メリアはワイングラスを弄びながら、思わせぶりに声を落とす。
「ねえ、二人とも知ってる? ――黒装束の、怪しい仮面男について」
――ぴたり。
その瞬間、戦士と商人の動きが完全に停止した。
語るまでもない。両者の脳裏に浮かんだのは、ただ一つの同じ存在――『景清』の姿だ。
「……あいつのこと、知ってんのか?」
ガンダが杯を置き、低く濁った声でメリアを睨む。
「あら。これは奇遇ですわね。ワタクシもあの方について、ちょうど気になっていたところでしたのよ?」
ラルがいつもの営業スマイルを少しだけ引き攣らせ、くすくすと細い喉を鳴らした。
「あら? その反応……二人はもう、あの男に会っていたみたいね?」
メリアは口元に手を当て、上品に目を細めて笑う。
「笑い事じゃねぇぞ」
ガンダは自身の腹をさすり、忌々しげに顔を歪めた。
「あいつ、腹にデカい風穴を空けたまんま、普通に動き回ってやがった。……化け物だよ。正直、もう二度と関わりたくもねぇ」
「……あ、あら? それならワタクシも見ましたわ。痛がる素振りも見せずに、我が物顔で馬を一頭、買っていかれましたの」
ラルが思い出したように手をポンと叩き、その目をキラーンと輝かせる。
「それも、定価よりも遥かに高く! ――ワタクシ、あの人は怪しいけれど、実はとても話の分かる『良い人』なんじゃないかと思いますの!」
梁の上の朧の額に青筋が浮かび上がる。
「...薄汚い獣人風情が...我が君を評価するなど何様のつもりだ。」
呟きが闇に溶け、クナイを持つ手に自然と力が入る。
(殺すか?ここで全員、いや、だめだ。我が君の命令は偵察。ここで手を下すわけには...)
「お前、金に目がくらんで盲目になってんだよ、あいつは正真正銘化け物だ。今の内に退治した方がいい。」
(よし。殺そう。)
朧がクナイに毒を塗ろうと動きかけた刹那———
「それは止めといたほうがいいんじゃな~い?」
メリアのやけにおっとりとした声が響いた。
「私の見立てによると、彼かなり『やり手』よ~?」
「...お前がそう評価するのは珍しいな」
「同感ですわ。メリア、あなた、めったに人を評価しないじゃありませんか」
朧の手が止まる。
(...もう少しだけ様子を見てやるか、少しは見所のあるゴミムシもいるようだしな。)
「私~あの人どこかで見たことあるのよね。と、いうか。あの人が率いている組織を。確か『笑撃団』だったかしら~?」
「はぁ?なんで突然その名前が出んだよ。ありゃお騒がせ者の窃盗団だろ?」
「ワタクシも知っていますわ!いつもガラクタばかりを狙って盗むチンピラ集団ですわよね!それとあの方にどんな関係が?」
二人の視線がメリアに向けられる。
小さくため息をつき、アリアが答える。
「だっていつも彼らの残していくビラには翁の面が描かれているじゃありませんか」
ガンダとラルが必死にビラを思い出し、そしてあの黒装束の男の面を同時に思い出した。
「「あれか!!!!!!」」




