7話目 右腕
―――非常に座り心地が悪い。
そりゃそうだ。クッションもない全部が金でできた玉座だもの。くつろげるはずもない。そんな成金の鑑のような椅子に『お頭』としての威厳を損なわぬように足を組んで座る。
「なんだかなぁ...」
「ど、どうしました、お頭!? もしかして、風の強さが弱かったですかっ!?」
玉座のすぐ横で、巨大な葉っぱを必死に扇いでいた部下が、顔を真っ青にして仰ぎながら尋ねてきた。
「いや、そうじゃなくて。というか、なんで扇いでるんだ?南国じゃあるまいし。」
部下は扇ぐのを止めないまま心底不思議そうな顔をする。
「……わかった」
過ぎた忠誠心は、ここまで人間の理性を蒸発させるらしい。もう何を言っても無駄だろう。
一明は諦め、部下に葉っぱを扇がせたまま、本題を告げることにした。
(ここがアジトってことは、あいつがいるはず……。ゲーム時代、ユーザー間で超人気NPCで、プレイアブル化の実装が一番望まれていたあのキャラが……!)
「朧を呼べ」
――瞬間。
先ほどまでピュアな目をしていた部下の顔が、一気に恐怖で引き攣った。
「お、朧様ですか……!? い、今は、その、ご都合が悪いかと……!」
「お呼びですか? 我が君」
音もなく。気配もなく。
――そこに、その人物は立っていた。
「ひっ!!」
部下が腰を抜かしてその場にへたり込む。
「...来たか朧」
(こっっっっわ!!でも、さすが人気No.1のNPC。ビジュアルが段違いだ。)
理想的なモデル体型、美しい顔立ちに漆黒の瞳、威圧感のある釣り目に腰まで伸びる黒髪のポニーテール。口にはくのいちの様に鼻まで覆う面皰。
ゲーム時代、この『朧』こそが、ユーザーに「景清をプレイアブルとして選ばせる唯一の理由」とまで言われた隠れ超人気キャラだった。
なんと彼女、ここまで人気でありながら、景清以外のキャラでストーリーを進めると一切出会うことができないのだ。
公式がSNSに設定画像を一枚投稿したことで存在が知れ渡り、そこから爆発的にファンを増やし続けた伝説のNPC。
「朧よ、久しいな。調子はどうだ?」
「――っ、あぁ、我が君に気にかけてもらえるなど、至高の喜び……!」
刹那、朧の黒色の釣り目が潤み、その目の端にじわりと涙が浮かんだ。
鼻まで覆う面皰の奥から漏れるのは、興奮した獣のような恍惚とした吐息。
「この朧……なんという果報者でございましょう。我が君、この朧、いついかなる時でも、我が君の為にこの命を投げ捨てる覚悟にございます……!」
(うんうん、いつ見ても思いなぁこいつの忠誠心。)
いつも通りの湿度の高い返事に頷きながら、本題に入る。
「そうか、元気そうで何よりだ。ここにお前を呼んだのは他でもない。――偵察を頼みたい」
(ここがゲームの中と確定した以上、やっぱり生き残る為には俺以外のプレイアブルキャラの情報を集めるべきだ。)
朧の眉がピクリと跳ねる。
「不躾な質問をお許しください。その偵察の『意味』をお聞かせ願えますか?」
「愚問だな、答えるまでもないだろう?」
(やっべぇ!理由なんて言えるわけないだろ?!プレイアブルキャラの~とか言い出したら完全に頭おかしくなったって思われる!!咄嗟に誤魔化したけど!)
その景清の焦りとは裏腹に、朧は何かに気づいたかの表情を浮かべる。
「……っ!...そういう事なのですね。———やはり、我が君はいつも私のような凡夫の想像を優に超えてくださる...!」
(...へ?)
「そういう事であればこの朧今から動かせていただきます。」
言い終わるや否や朧が影の中へと消えた。
「……連絡手段は、どうするんだ……?」
「そ、それは……朧様が、直接お頭の元へと戻ってお伺いになると……思われます……」
いつの間にか、金ピカの玉座の後ろまで避難してガタガタと震えていた部下が、消え入るような声で告げた。
「朧様……お頭がいない間、ずーーーっと機嫌が悪くて……。近寄ったら殺す、みたいな雰囲気を四方に撒き散らしていらしたので……」
(あー……なるほど。あの怯え方はそういうことか)
一明は深く納得した。
ゲームの画面越しでは分からなかったが、ヤンデレ属性も行き過ぎると、周囲の人間の命に関わるから大変なのだ。
――まぁ、行きすぎなくてもヤンデレは大変だと思うが。
「そうか……。世話を……かけたな」




