表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/15

8話

 大学のキャンパスに、どこからとなくぴりぴりとした空気が漂い始めたのは七月の中旬のことだった。

 

 期末試験とレポートの提出期限。

 毎年この時期になると、普段は陽気な学生達が一様に疲れた顔をして歩いている。

 去年の私は、上京して浮かれていた事と、まだ慣れぬ劇団と演劇サークルの掛け持ちで体力が底をついてゾンビのようになっていた。


 でも今年は問題ない。しっかりと計画を立てて準備をしてきた――のだけど。


「無理無理無理無理……! 理子ぉ……助けてぇ……!! ノート見せてぇ~!!」


 講義が始まる前、奈央が私に泣きついてきたのは試験一週間前のことだった。


「……はい、コピー取るなら取って良いよ」


 ぱらぱらとページをめくって、ある程度纏めていたノートを見せる。

 私も私で、体力が限界に近い時は板書も荒くなっているけど……そこはご愛嬌で。


「ほんとに!? 神!! 理子神様!!」


「理子神様のありがたいノートはこちらですか!」


「由美ぃ……って、由美は普通にノート取ってたでしょ??」


「……えーと」


 視線を逸らしながら由美が見せてきたノートは……とても簡潔だった。


「はぁぁ……もう、由美もコピーしてきたら??」


「ラッキー! さっすがホシリコ!」


「ゆるキャラ読みやめい」


「ホシリコー、あたしも貰うね」


「ホシリコやめ……って凛、お前もか……!」


「あは、あたしブルータスになっちゃった」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいると、講義開始のチャイムが鳴り響き、私達はピタリと動きを止めた。


「……じゃあ、後で三人分コピーしておくから。今回の講義はちゃんと聞きなよ?」


「「「はーいっ!」」」


「もー。返事だけは良いんだから」




 それから数日間、四人で勉強する日々が続いた。

 奈央が泣き言を言う度に由美がなだめて、凛が的確に要点を絞って、私が解説する。

 気が付けば自然に役割が出来上がっていて、何となく可笑しかった。


「……私達、いいチームだね」


 ぽつりと言うと、凛が小さく笑った。


「ほんと」




 そして。

 レポートも無事提出し、最後の一コマの試験を終え、大学に入ってから二度目の夏休みがやってきた。


 苦行から開放されたからか、大教室を出た後の奈央のテンションがいつもより三割増しに高く、キャンパスを出る前からウキウキ気分が見て取れた。




「ねえねえ! 夏休みの予定! 決めようよ!!」


 打ち上げを兼ね、大学内にあるカフェでケーキを食べている時、奈央がスマホを取り出した。


「由美ちゃんはもう二十歳でしょ! 五月に一回お祝いしたけど、夏にも改めてお祝いしながらどこか行きたい!!」


「え、嬉しい~!! いいのー??」


 由美は五月の連休明けに二十歳を迎えていた。この四人グループで唯一成人なのは彼女だけで、奈央は3月。私は11月。そして――


「それと……凛の誕生日! もうすぐじゃん!」


 奈央が凛をびしっと指差した。


「んー? ……そうだっけ?」


「そうだよ!! 去年だってしれっと夏休み終わってから言うんだから! 今年こそちゃんとお祝いしたい!! ので!! どこか行きたいとこある?」

 

凛はしばらく考えてから、ぼそりと言った。


「別にどこでも」


「それが一番困るやつっ!!」


 奈央と由美がわいわいと旅行先の候補を出し合い始める。

 私はスケジュール帳を開いて、八月のページを確認するも……予定がびっしりだった。


(どこなら空いてるかな)


 ショー出演、稽古、サークル、ショー出演、また稽古——

 指で日付を辿りながら、何とか空白を探す。


「理子はどこがいい?」


 奈央に聞かれて、顔を上げた。


「う~ん……どこでも合わせるよ。ただ、スケジュール次第かな」


「またそれ~? 理子もちゃんと希望言ってよ!!」


「じゃあ……涼しいとこで」


「それだけ!?」


 由美が吹き出し、凛が静かに笑っているのが横目に見えた。


「私はねー、海行きたい!! 海でバーベキューしたい!! だって夏だよ!?」


 奈央が身を乗り出してまくし立てる。


「涼しいとこって言ったのに」


「海の中は涼しいよー?」


「いやいや、私泳がないよ?」


「えっ、泳がないの!?」


「あんまり日焼けしちゃうと不味いから。日陰からBBQの準備しながら見てるよ」


「えー。理子の日陰干し―」


「なにそれ!?」


 私達のやり取りを見て由美がくすくす笑いながら頷く。


「でも海、いいよね! バーベキューも花火もできるし!」


「でしょー? 凛はどう?」


 奈央が凛に向き直る。

 凛はしばらく何かを考えるように宙を見てから、ぼそりと言った。


「……うん。海、好きだよ。ただ理子と同じ理由で水着にはなれないけどね」


「じゃあ決まりっ!!」

 

奈央がスマホを取り出して、勢いよく検索を始める。


「日帰りにする? 泊まりにする?」


「泊まりたい!!」


「凛は?」


「どっちでも」


「理子は!?」


 私はスケジュール帳をもう一度確認した。

 一泊二日なら……なんとか入りそうな隙間が、一か所だけある。


「……ギリギリ一か所だけ空いてるとこあった。凛の誕生日前後はどう?」


「わあ!! 誕生日旅行じゃん最高!!」


 奈央が凛の肩をばんばん叩く。

 凛は少し困ったように、でもどこか嬉しそうに眉を下げた。


「……大げさだよ」


「大げさじゃないっ!! 決まりね!!」


 由美が歓声を上げて、スマホで宿を調べ始める。

 私はスケジュール帳に鉛筆で丸をつけながら、横目で凛を見た。

 困ったような顔をしているのに、口元が少し緩んでいた。


(……良かった)


 そう思ったのは、きっと私だけじゃないと思う。

 みんなと遊びに行けるのは多分……今年で最後だから。

 

 来年からは、いよいよ就活も始まる。だからこそ……思い出を作れる最後の夏。

 この時間を……大切にしたい。


「凛」


「ん」


「楽しもうね」


「……うん」



 スマホで宿を調べる由美と、ひたすらバーベキューの食材を提案し続ける奈央。そんな二人を眺めながら、私はケーキの最後のひとくちを口に運んだ。



 その時。

 カフェの入口の方が、にわかに騒がしくなった。

 何かと視線を送ると——陽キャの太陽(高坂陽向)が、数人の友人を連れてカフェへ入ってくるところだった。

 

 試験が終わったばかりの解放感もあるだろうけど、あの人だけ空気が違う。

 周りの友人達も明るいのに、彼だけさらに一段明るい。

 

 やっぱり不思議な人だな、と思った瞬間。こちらに気付いた彼の目が、ぱっと輝いた——が、すぐにいつもの柔らかい笑顔に切り替え、ブンブンと手を振った。


「ま、待って……高坂君こっち見てない!?」

「~~っ!! え、笑って……尊……っ!」


 すぐに奈央由美が反応し、黄色い声を上げる。


「星野さーん! 試験終わり? お疲れー!」


(……表モードだ)


 それでも隠し切れないワンコ感はあるけども。



「お疲れ様です」


 軽く手を振って応える。すると高坂君は周囲の友人達に何かを囁き、足早に私達の座るテーブル席へと駆け寄ってきた。


「いやぁ、試験大変だったねぇ……。それはさておいて、星野さんは夏休みどうするの?」


「まあ、色々と」


「そっかそっか! ……あ、そうだ。休みの間に海とか行こうかなって話になってるんだけど、星野さんもどう??」


「え……いや、もう海は先約が入ってて」


 目で奈央達と約束があると訴えかけると、高坂君は私と同席に座る奈央や由美達へと視線を向けた。


「こんにちは、お疲れ様! 高坂陽向です!」


 にこやかに会釈する彼に、奈央と由美が若干パニック気味に挨拶を返す。


「は、はじめまして! 大野奈央です!」

「白石由美です……!!」

 

 凛は静かに会釈だけした。


「みんなで試験打ち上げ? いいねー! これから夏休みだし!」


「いいですよねー! あ、あはは!!」

「た、楽しくやってます!!」


 ガチガチになりながらも返事をする奈央達に、高坂君は満足そうに笑って、私を一瞬だけ目を細めて見た。


(……後でね)


 そう言いたげな目だった。


「あ、ごめんね! せっかく楽しく話していたのに! ……じゃあ、邪魔しちゃ悪いし! またね、星野さん!」


「はい、またどこかで」


 颯爽と友人達の輪に戻っていく。

 テーブルに静寂が落ちた。

 一拍おいて。


「「きゃーーーっ!!」」


「……声」


 私が呆れると、奈央と由美は口を押さえながら顔を見合わせた。


「認知された……!! 高坂くんに認知された……!!」

「理子のおかげじゃん……!!」


「私は何もしてないよ」

 

 キャーキャー騒ぐ二人を横目に、凛がぼそりと言った。


「……海、行くんだね」


「友達と行くって言ってたね」


「うん」


 それだけ言って、凛はケーキの残りをそっと口に運んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ