9話
大学が夏休みに入って、講義が無くなった代わりに稽古に明け暮れる日々を送っていたら、あっという間に八月になった。
SNSでは中学高校の頃の友人達が夏を満喫している写真がチラホラと流れつつあり、今この一瞬を楽しんで生きているんだという気持ちがひしひしと伝わってくる。
それを見て羨ましいと思う事は全くない……とは言わないけども、それでも私は私なりに今の稽古三昧な毎日を楽しく生きている。
私のスケジュール帳の空白はほとんどなかった。
稽古。現場。稽古。稽古。現場。また稽古。
時々大学の演劇サークルでも学祭に向けた練習にも顔を出していて、主役ではないものの、名前付きモブをやらせてもらえる事になった。
題目は『美女と野獣』
オリジナル作品と最後まで票が割れていたが、一般人にもとっつきやすい有名作に軍配が上がった。
凛はというと、女子からの猛プッシュもあり、男子を差し置いて野獣役を得ていた。
野獣……というイメージではないが、後の舞踏会シーンでの映えが間違いないと男子からも賛同の声が上がったのだ。
なので、時々大学にも顔を出しつつ、稽古に打ち込み続け、疲れ切って家に帰ってきて寝る。
気が付けばそれだけで一週間が終わっていた。
秋のライブイベントに向けた稽古も本格的に始まり、ステラ☆フォースのブレイブとして立つための準備も少しずつ積み上がっていく。
疲れない。辛くないと言えば嘘になる。
でも嫌かと言えば、全然そんなことはなかった。
この毎日の身体の重さも、筋の痛みも、筋肉痛も。
全部が全部、明日の自分の為になると信じているから。
……そんな毎日の隙間に、ちょくちょくメッセージが届くのも日課になりつつあった。
送り主はもちろん、高坂君から。
ある日の夜。シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ私は、相変わらず通知の溜まっているメッセージアプリを開き、内容を確認する。
『展示イベント行ってきた!!!』
『ブレイブの展やばすぎて三回往復した!! ぬいとも撮れたし、もう満足!』
『写真送っていい??』
『どうぞ』
既読が付くや否や、連続したバイブの通知と共に送られてきた写真は十七枚もあった。
それも、全部ブレイブばかり。
(一枚も他のキャラいないんだ……)
苦笑しながらスクロールしていくと、等身大パネルの前で控えめにピースをしている自撮り写真があった。
幸せそうな蕩けた笑顔をしていて、ついつい吹き出してしまった。
『楽しめたみたいで良かったですね』
スタンプと共に送ると、デフォルメされたわんこがはしゃいでいるスタンプと共にすぐに返事が来た。
『ほんとに最高だった!! バイトとか友達の誘いが無ければ毎日通うのに……!!』
『それと! キャラクターショーも半端ない! 星野さんも一緒に見て欲しいなぁ……』
「……。ショー……か」
同じブレイブでも、中々他の方がやられているブレイブを見る機会が少ない。
同じ劇団員で、もう一人ブレイブを交代で演じている先輩のカナさんとも、ちょっと違うんだろうな……。
『予定が合えば、ぜひ』
無意識のうちに、そう書いて送信していた。
『ぜひぜひぜひ!!! 毎日やってるみたいだからいつでもチケット取れるよ!!』
『というか、もうフリー入場チケットまとめ買いしてるからそれで行ける!!』
『いつにする??? 今日!? 明日!? いつでも良いよ!!!』
(返事はやっ……!)
1分以内に連打するようにメッセージとスタンプが送られ、思わず引いてしまいそうになる。
でも――
「……ふふっ」
熱意はしっかりと伝わってきた。
本当に、ステラシリーズが……ううん。ステラ・ブレイブが好きなんだなぁ。
パラリとスケジュール帳を開き、他のアクターとの合わせ練習のない、自主練習の稽古時間を見つけ、そこに予定を入れる事にした。
『じゃあ……本当に早いけど、明後日の午後……とか?』
『了解ッ!! 夜まで俺も空いてるから全然大丈夫! 実は明後日も行く予定だったり笑』
『ありがとうございます。では……明後日の14時に、池袋駅で』
『楽しみにしてるね!!』
(……決まってしまった)
ぽふりと枕に顔を埋め、スマホをその辺に伏せて置く。
(男の子と二人で出かけるの、初めて……なんだよね)
そう思うと、突然後悔が襲ってきた。
普段出かけるにしても近所への買い物だったり、時々凛や奈央達の買い物に付き合ってウィンドーショッピングに出かけるくらいしか経験していなかった、この私が?
しかも、あの高坂陽向と……?
「いや待てホシリコ。冷静になるんだ。これはデートに非ず。だって、幼児向け展示会に行くんだよ? 推し活への付き添いだよ!?」
声に出して状況を整理したら、意外と冷静になってきた。
そうだ。これは別にデートとかそういうのですらない。例えるなら……そう。
(ワンコのお散歩……?)
「ぶふっ」
あぁ、落ち着いた。寝よう……。
電気を消して、再びベッドにもぐりこみ、静かに目を閉じた。
* * *
翌日の夜。
稽古から帰宅し、シャワーを浴びてベッドに座っていると、スマホのバイブレーションが己の存在を主張する。
手に取って画面を見ると、グループメッセージの通知だった。
グループ名は……不本意ながらも『ホシリコ親衛隊』となっている。
命名したのは奈央で、却下する間もなかった。
『ねえねえ!! BBQまであと3日だよー!』
『もう3日後かぁ~! 何持ってく〜? 虫除けスプレーいる?』
『いるいる!! BBQコンロ、レンタルであって良かったよねぇ~! 食材だけ持っていけば良いって最高じゃん?」
『ふっふっふ、奈央ちゃんには由美さん特性の焼きトウモロコシをおみまいしよう……!』
『由美ちゃん神!!!』
私はスクロールしながら苦笑した。
ほぼ奈央と由美の会話だけで大量にメッセージが流れている。
『凛はどんな水着持っていくの? 新しいの買った!?』
『……水着にはなれないって言ったはずだけど?』
『えー! でも見たい!!』
『残念でしたー。学園祭終わったらいいよ』
『もうそれ秋じゃんっ!!!』
(……いつものみんなだ)
くすりと笑いながら、私も返信を打つ。
『私もUVカットのラッシュガード着ていくね。着替えと日焼け止め多めに持ってく』
『理子も日焼け対策がっつりじゃん!!リコリンの日陰コンビー!笑」
『ドーモ、リコリンデス』
(凛!? ってまた新しいゆるキャラ作ってるし……)
『凛、リコリンやめ』
『じゃー、私と奈央で海担当するね!! 二人は陸から見ててくれ笑」
しばらく賑やかなやり取りが続いて、少し間が空いた後。
『……今年は凛の誕生日、盛大に祝おうね!』
『そうだよ! 花火もいっぱい持ってくからね!!』
『……ありがとね』
たった一言。
でも凛にしては、珍しいくらい素直な一言だった。
『私も、お祝い出来るの楽しみにしてるよ』
そう送信して、スマホを置く。
空調が効く閉め切った窓の外から、夏の虫の声が鳴いていた。
3日後。
思い出を作れる最後の夏の、一ページ目が始まる。
(……けど、明日はまず高坂君とのお出かけ……か)
考え込む余裕もなく、意識は眠りの深い海へと沈んでいった。




