表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

10話

 午前中の稽古が終わったのは、十二時を少し過ぎた頃だった。

 思ったよりも長引いてしまって、急いで着替えて更衣室を飛び出す。


「理子ちゃんお疲れ様でしたー!」

「お疲れ様です! 失礼します!!」

 

 スタジオを出るまでにすれ違う団員それぞれにしっかり挨拶して、最寄り駅まで早足で歩きながら、スマホで時間を確認する。


 14時に池袋。今から一回家に帰ると……ギリギリだ。

 

 ホームに滑り込んできた電車に飛び乗って、空いていた座席に座る。

 稽古の疲れで身体が重い。それに……外の暑さもあって、ちょっと汗が心配。

 

 でも今日ばかりはそれを言っていられない。帰ったらすぐシャワーを浴びて、着替えて、また出るのだ。


(着替え……)


 ふと気づいた。

 今日、何を着ていくか、全然考えていなかった。


(別に普通でいいんだけど)


 普通、とは。

 記憶頼りに脳内クローゼットを開いてみると、動きやすい服と稽古着がほとんどを占めていた気がする。


(……問題ない、はず)


 これはデートではない。推し活の付き添いなんだから。

 そう自分に言い聞かせながら、電車の揺れに身を任せた。

 少しでも疲れがこの揺れで落とされるように。




*   *   *




 家に着いて真っ先にシャワーを浴びて、濡れた髪をタオルで拭きながらクローゼットを開ける。


「……うん」


 やっぱり、オシャレな服はなかった。

 シンプルな白いTシャツと、淡いベージュのワイドパンツ。

 ……夏だし、涼しげだし、それでいいか。


 髪を乾かして、後ろで一本に結ぼうとして……少し止まった。

 


(……今日くらいは、下ろしてもいいか)

 

 珍しい事を考えた自分に気付いて、少し驚いた。


(いや、稽古ないんだから、普通に下ろすだけで)


 言い訳をしながら、ドライヤーをかけ直す。

 肩につく程度の黒髪が、綺麗に乾いた。


 続けて慌てず的確にメイクをしていく。普段より……ほんの少ししっかりめに。


「……よし」


 最後にリップグロスを塗り、鏡の中の自分の顔を眺める。


(……まあ、たまには悪くない、かな?)


 自分でそう思えたのも、久し振りかもしれなかった。



*   *   *



 あまり来ない池袋まで電車に揺られ、ホームへ到着したのは待ち合わせの二十分前。

 いくつかある改札を人の流れに従って出るも、待ち合わせをしていたフクロウの像はどこにも見えない。


(えっ……ここ中央改札だよね……? あれ、フクロウってどこにあるんだっけ)


 夏休み真っ最中の今、駅構内を足早に行き交う人々は、ビジネスマンよりも遊びに来た学生の姿の方が多い。

 皆慣れたようにすいすいと人混みを避けて目的の出口へと歩いていく。

 

「えっと……えっと……」


 スマホに表示される案内を辿って行こうにも、同じ北出口でも西と東が分かれていて……JRと私鉄改札の改札口もあって訳が分からない。


 直感に従って適当に歩く事十分程度。

 ようやく見つかったフクロウの銅像……の周辺に人集りが出来ていた。それも若い女の子ばかり……。


「……まさか?」


 騒めく人混みを抜けると、フクロウの像近くの柱に彼が立っていた。

 ……まだ、待ち合わせの十分前なのに。


「お! 星野さーん!」

 

 大勢の人の中からすぐに私を見つけ、手を振る高坂君の今日の格好は、首元までボタンを留めたゆったりした半袖シャツとデニム。そして……大量のブレイブのグッズが付けられた大きな痛バッグ。


(おぉう……)


 服装は普通なのに、装備品がブレイブ一色で何故か少し安心してしまう私がいた。


「すいません、お待たせしました」


「全然! 俺が早く来すぎただけ! ていうか……星野さん、何かいつもと雰囲気違う?」


「え」


「髪、下ろしてるからかな? なんか新鮮だ!」


(気付いてくれるんだ……)


 ちょっとだけ恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。


「……稽古ない日は、こうしてますよ」


「そうなんだ! いいね。そっちの星野さんも似合ってるよ! ……じゃ、早速行こうか!!」


 さらっと言って、彼は歩き始めた。

 私も置いていかれないように、少し早足な彼に歩幅を合わせて歩き出した。


「ちょっぴり駅から歩くけど、大丈夫? 外暑いから上出たらゆっくり歩こうか?」


「ううん、じっくり焦げるよりもさっと通り抜けた方がいいから」


「はは、そうだよね。じゃあ無理しない程度に!」


 道案内するように人混みを掻き分けながら、少し前を歩く高坂君の後ろへピッタリとついて歩く。

 くねくねした地下通路を通り抜け、人で詰まったエスカレーターを登ると一気に夏の熱気と蝉の鳴き声が私を包み込んだ。



「う……」


 すぐに日傘を差して日光を遮るも、ジリジリと傘の表面が焼かれているのを熱で感じる。


 高坂君の歩調は速い。それでも人混みを器用に避けながら、こちらを置いていかないように時々振り返る。


「こっちこっち! 慣れてないと迷うよね、池袋」


「……正直、かなり迷いました」


「フクロウ、わかりにくいよね。ごめんごめん。 俺も最初全然見つけられなかったもん」


 嘘をついている顔ではなかった。でも今はまるで地元民のように、迷いなく歩いていく。


(何回来てるんだろう……)


 大勢の人が信号待ちをする横断歩道を越え、道の左右にゲームセンターやファンシーショップが立ち並ぶ大通りへと差し掛かる。

 どこを見ても人、人、人だ。



「この道まっすぐ行けばもうすぐだよ!」

 

 言われた通り、大通りを歩いていく。

 日傘を差していても、アスファルトの照り返しが足元から上がってきて、むわりと熱気が纏わりついてくるようだった。


「いやぁ……暑いねぇ~!」


「……夏ですからね。仕方ないかなって」


「ほんとに。……でも星野さんの日傘、ナイス判断だね!」


「日焼けはちょっと……困るので」


「あー、わかる。俺も今日は日焼け止め塗ってきた! やっぱり気になるしね!」


 横目でチラリと彼へ視線を送る。

 半袖から覗く彼の腕はほんのりと赤くなっているものの、こんがり色よりは白っぽい。

 

(ちゃんと気を付けてるんだ。さすが高坂君……)


 思わず半笑いになっていると、彼の目が、一段階輝いた。


「お、見えてきた!! あそこから屋根あるからね!」



 見れば大通りの先に、複合施設へ続く地下通路がある建物が姿を見せていた。


「……毎回こうなるの?」


「ん~?」


「現場近くに来ると、目の色が変わるの」


 高坂君がきょとんとした後、少し照れたように笑った。


「……バレてた?」


「うん、凄い分かりやすい」


「うわ恥ずかし!」


 そう口では言いつつも、彼はどこか楽しげに笑みを浮かべていた。

 


*   *   *



 地下通路を通り、目的の複合商業施設へと足を踏み入れると、空調の涼やかな空気が夏を追い出してくれていた。


「はぁ~! やっぱり屋内はいいね!」


「ですね……ちょっと生き返った気がします」



 アパレルショップが並ぶ通路はどこも人で賑わい、少し進んだ先にある吹き抜けの噴水広場前では、ちょっとした催し物が開かれていた。


 わいわいとワークショップで有名版権キャラクターの缶バッチを作る子供達の笑顔に、思わず私までほっこり笑みを浮かべてしまっていた。


「星野さん! もう会場着くからね! あのエスカレーターで上まで上がったら、もうすぐだよ!」


「あ……うん! 楽しみだね」


 すぐ隣にいる、子供達に負けず劣らずなキラキラした笑みを浮かべて歩幅が大きくなる大きなお友達に置いていかれないように、私も歩幅を大きくして合わせる。


「やば、ドキドキしてきた……! 今日もブレイブに会える……!!」


 両手を握り締め、もう待ちきれないと言わんばかりにテンションを上げる彼の姿に、私はどこか犬耳と尻尾の幻覚が見えていた。


(やっぱりワンコだ……。大型犬のお散歩してる気分かも)



「ふふっ……」


「……え、なに? なんか面白いことあった?」


 振り返った陽向くんが、不思議そうに首を傾げる。


「なんでもないです」


「なんでもないって顔じゃないけど……」


「なんでもないです!」


「……? まあ、いっか!」


 彼はあっさり引いて、またエスカレーターの方へ向き直った。



 エスカレーターを上がり切った先に、すぐにカラフルな看板が見えてきた。

 ステラ☆フォースのキャラクター達が、こちらに向かって手を振っているイラストと、『ステラ☆フォース 夏のとびっきり! キラキラフェスタ☆』の文字。

 

 展示ホールの入り口付近は親子連れや大きな痛バッグを肩から下げて写真を撮りまくる大人の姿でごった返していた。


「着いたー!!」


 高坂君が小声で叫んだ。

 入口に続く列に並びながら、私はブレイブのイラストを見上げた。


(……久しぶりに、外から見るな)

 

 スーツの中からではなく、お客さんとして。

 

 何だか……不思議な気分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ