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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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7/14

6話

 七月になった。

 梅雨が明けたと思ったら、容赦のない夏がやってきた。

 それでも私の日常は特に変わることなく……いや、変わったのかもしれない。


 日曜日の朝9時になると、ほぼ必ずSNSの通知が鳴る。


『おはよ! 今日の見た!? マジでブレイブヤバすぎて朝から号泣してる……』



(……良かったね)


 未読のまま、メッセージを開く事無く鞄にスマホをしまう。

 日曜日は講義が無い代わりに朝から劇団員の仕事や稽古がある。


 その後夕方からは演劇サークルの方の稽古もあって、実質お休みがないのが私の毎日だ。



 あの自動販売機の前での連絡先交換から、約一ヶ月。

 高坂君からのメッセージは、いつの間にか私の日常の一部になっていた。


 だからといって、彼との距離や接し方が変わるわけではないけど……ちょっとした刺激にはなっていた。



 電車の吊革を掴みながら、私は今朝の現場で使うMCの台本を読み返していた。

 

 今日は巨大ショッピングモールの特設ステージで行われる戦隊ヒーローショーのMCだ。ステラ☆フォースとは別の仕事。でも同じくらい、気が抜けない。


 MCは舞台の顔だ。会場を盛り上げて、子供達を引っ張って、テンポを作る。

 セリフを指でなぞりながら、頭の中でリズムを確認する。


(……ここの間、もう少し短くした方がいいかな)


 余白にシャープペンシルで書き込みを入れていると、またスマホが振動した。

 鞄のポケットから取り出してスマホを開けば、高坂君からの通知は3件に増えていた。

 ある程度私が返事をしないと、しょげたワンコのスタンプを送って来るのがお決まりになってきている。


(ごめんね)


 心の中で詫びながら、そのままアプリのスケジュール帳を開いて来月の予定を確認する。

 ——既に予定がびっしりと埋まっている。


 無理もない、世間は夏休み。

 夏休みという事は、子供達のイベントが目白押しにあるという事なのだ。


 ショー出演、サークル稽古、劇団稽古、ショー出演、また稽古——


(……まあ、自分で望んだ事だし)


 嫌というわけじゃない。むしろ充実していると思う。

 ただ、正直に言えば……たまには思いっきり眠りたい日もある。



 でも、それは今じゃない。


 

(気合い入れろ、私……!)


 きゅっと口元を結び、自分に喝を入れるとスマホを鞄へ戻した。



*   *   *



「おはようございます! 本日はよろしくお願いします!!」


 ショッピングモールの特設ステージは、吹き抜けの一階フロアに設置されていた。

 バックヤードの臨時控室に入ったのは開演一時間半前。

 

 スタッフさんに挨拶を済ませて、衣装に着替える。MCの衣装はスーツアクターと違って、顔も声も出す。

 鏡の前で髪を整えて、いつもより丁寧にメイクを直す。……仕事の時だけは、手を抜けない。



「星野さん、今日よろしくお願いします!」


「こちらこそよろしくお願いします。ヒーローの登場タイミング、もう一度確認させてください」


 それぞれ着替えを終えたスーツアクターと怪人役。音響スタッフさんと段取りを合わせながら、頭の中でセリフの流れをなぞる。

 

 今日のアクターさんは皆ベテランで、今までも何度か顔を合わせた事がある。初対面ではない事もあって、落ち着いて確認が出来ていた。

 今日は午前中と午後の二回。ショーの後は握手会もある。最後まで気は抜けない。





 ――開演十五分前。

 フロアに敷かれたマットに座る子供達と保護者。そしてその後ろに立つ大きなお友達で広場が埋まっていた。


 小さな子供達が、ステージに飾られた看板を指差して騒いでいる。


「ヒーローくるー!!」

「まだー!?」


 時間が近付くにつれて、ステージを囲む人の輪は大きく太くなっていく。

 それに子供達の期待に満ちた弾んだ声が、ステージ裏の仮設テントの中まで届いていた。


(……ヒーロー、来るよ。もう少し待っててね)


 心の中で答えながら、私はマイクをしっかりと握り締めた。



 ——そして、開演時刻。


 スタッフさんのGOサインを受け、口角をきゅっと上げながら、マイクを手にテントを飛び出した。


 一斉に自分に注がれる視線。カメラのレンズ。

 やっぱりまだどこか緊張してしまい、背中に力が入りかけるが、笑顔を振りまきながら所定の場所まで走っていく。


「みんなー! こんにちは~!! 今日は、ヒーロー達に会いに来てくれて、ありがとうー!!」


「「こんにちはーっ!!」」


 マイクを通した自分の声と、元気な子供達の声がフロアに大きく響いていく。


「はーい! 元気な挨拶ありがとうっ! 狩猟戦隊ハントレンジャーのヒーローショーへようこそ~!!  

 みんなの大好きな、ハントレンジャー達が、今日はこのショッピングモールに駆け付けてくれました~!!」


 手を振りながら、キラキラした目で私を見つめる子供達に笑顔を返していく。


「ではではー? ヒーローに会いたい人ー!!」


「「「はーい!!!」」」


 子供達の声が一斉に上がる。

 

 この瞬間が、好きだった。スーツの中にいる時とは違う。顔も見える、声も出せる。

 でも根っこは同じ。……目の前の子どもたちを、思いっきり楽しませたい!

 

「じゃあみんなで大きな声で呼んでみよう! せーのっ!」


「「ハントレンジャーっ!!」」


「んんーっ! もう一回! 元気な声でー!! せーのっ!!」



「「「ハントレンジャーっ!!!」」」



『みんなの声、聞こえてるぜっ!! それじゃあみんな、いくぞっ!!』



 スピーカーからヒーローの俳優の声が響き、変身バンクのBGMが流れ始める。

 私は邪魔にならないように舞台端へとはけておき、舞台へと視線を向けておく。


 まもなく変身バンクも終わりに近付き、テントから五人のヒーローが舞台へと駆け上がってきた。


 それぞれの名乗りとキメポーズを終え、最後に全体のキメポーズを取る。


『狩猟戦隊ッ! ハントレンジャーッ!!』



「ヒーロー達に拍手ーっ!!」


「「「わぁぁぁぁーっ!!!」」」




*   *   *




 ショーは大体三十分。

 ヒーローが登場してからMCの回しで簡単なクイズを楽しんだ後、突然会場を襲ってきた怪人と戦って、無事にやっつける。

  

 フィナーレ後、握手会で子供達が満面の笑みでヒーローに駆け寄っていく姿を見守りながら、ほっとマイクを下ろした。

 あとMCがやらなければならないのは、列に並ぶ子供達が立ち止まってしまわないように、軽く促す事……だけでなく、大きなお友達の剥がしもある。

  

 時々、女性レンジャーのアクターに抱き着いたり無理に握手の手を捻る人もいる。

 私だけでは非力なので、男性スタッフにも手伝って貰う事があるけど……ブレイブの時にやられたら、うまく対処できるだろうか。 



 つい思慮に更けてしまった私のスカートを、小さな手がくいくいと引く。

 

「おねぇちゃん! たのしかった!! ありがと!!」


「……っ! 良かったぁ~! また遊びに来てね!!」


「うんっ!!」


(いけない。今は集中しなきゃ)

 

 並んでいた最後の一人まで捌き切り、スタッフの合図を受けて私は再びマイクを構えた。


「みんな~!! ハントレンジャーと楽しい時間、過ごせたかなー??」


「「はーいっ!!」」


「元気なお返事、お姉さんも嬉しくなっちゃいそう!! 楽しい思い出、いっぱいできたね!! ……でも、そろそろ名残惜しいけど狩りの時間が来ちゃったみたい! みんな、ハントレンジャーに元気に『ばいばい!』いえるかな~??」


「「はーいっ!!」」


「いいお返事っ! では……お姉さんと一緒に、せーので言おっか!! せーのっ!!」


「「「ばいばーい!!」」」


 子供達と大人達の声援に見送られ、レンジャー達は最後にポーズを決めてテントへと走って戻っていく。

 いつまでも笑顔で手を振り続ける子供達へと向き直ると、私も笑みを浮かべてもう一度マイクを口元へ持ち上げた。


「ハントレンジャー達は、次の冒険に出発しました! みんなもこれから、素敵な冒険を続けて下さいねー!! それじゃあ、お姉さんもばいばーいっ!!」


 レンジャー達よりも控え目な拍手を背に受けながら、テントへと駆け込んでいく。

 

「ふぅ……」


 じわりと汗が滲む。七月の空調が効いた屋内でのMCですらこれだ。


(八月の野外ショー……本当に死なないようにしなきゃ)


 凛との会話を思い出して、思わず苦笑した。




 テントではアクターさん達がスーツを脱いで思い思いに休憩していた。

 冷やしたおしぼりで顔を覆っていたレッド役のベテランさん――石井さんが私に気付き、軽く手を上げて小声で声をかけてくれた。


「星野さん、お疲れさん! MCテンポ良かったよ〜」


「ありがとうございます! 石井さんの今日の殺陣、勉強になりました!」


「はは、星野さんは勉強家だねー」


 昼休憩は一時間。

 

 先輩女性アクターの着替えを手伝った後、控室に戻って軽く食事をしながら午後の段取りを確認しておく。

 午後公演まであと三十分。

 控室のパイプ椅子に一人で座って、ようやくスマホを手に取った。

 電源を入れると、メッセージの通知が目立つように表示されていた。

 その通知の数字は8。

 


 ……全部、高坂君からだった。





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