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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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6/17

5話

 今日は金曜日、同じ学部学科の同期は大体受けているだろう必修科目がある日。

 いつもの教室ではなく、大人数が同時に受けられる大教室に私達は移動していた。


 一コマ前の講義が長引いているのか、チャイムが鳴った後も室内から生徒が出てくる気配がない。

 次第に入れ替わり入室待ちの生徒で大教室前のホールはごった返していた。


「ちょぉーっ! 人多過ぎぃ……」

 

 奈央のげんなりした苦言に私も思わず頷いてしまう。

 6月末のジメジメした空気に人の熱気が合わさり、最強の不快指数を叩き出している。


 喉の保護のために年中マスクをつける私にとって、本当に嫌な季節が来た。

 汗ばむ身体を気にするようにハンディファンを向ける由美と、見るからに嫌そうな表情を浮かべる凛。

 

 心頭滅却すれば火もまた涼し。その一心で考える事をやめた私の視界に、更なる人間を引き付ける陽キャ竜巻(高坂陽向)が襲来したのが見えた。


「うっわぁ、めちゃ暑いじゃんここ……!?」


 いつもニコニコ笑顔を浮かべている整った顔が不快に歪む。

 その姿を見て……蒸し暑いホールが更に熱を増した気がする。



(……もう限界)


「……ごめん奈央、ちょっと冷たい飲み物買って来るね」


「あ、了解―! 理子の学生証預かっとこうか? 出席のピッてやつ、やっとくよ!」


「ん、ありがと。みんなのも何か買ってこようか?」


「いいのー? じゃあ何か適当なジュースで!」

「奈央に同じくー」


 凛へと視線を向け、どうする? と目で聞くと、僅かに微笑みながら首を横へ振った。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」



 人波を縫うようにして自動販売機のある講義棟の外へと抜け出していく途中、視線を感じてみてみると、高坂君がこちらを見て明らかにそわそわしていた。


(……また何かあったんだろうな)


 新グッズか、新情報か。

 何かを話したくてたまらない顔だった。


 でも当然、友人たちがいる前では無理だろうし、諦めてもらうしかない。

 私は目を合わせたまま軽く会釈だけして、そのまま人混みを通り過ぎた。



*   *   *



 講義棟を抜けて、渡り廊下を歩く。

 外の空気は蒸し暑いままだったけれど、人の熱気がない分だけ幾分かましだった。


「ふぅ……」 


 自動販売機は先程までいた大教室のある二号館の隣、三号館の1階に設置されている。

 二台並ぶ自動販売機の前で、財布を取り出しながら何を買うか悩んでいると、後ろから誰かが走って来る足音がした。


「星野さん!」


(……嘘ぉ)


 男子で私を呼ぶ人なんて稀だし、このタイミングで声を掛けて来る人なんて彼しかいない。

 ゆっくりと振り返ると、高坂君が小走りで近づいてくるところだった。


「飲み物買いに来たの?」


「そうですよ」


「俺も。良ければ奢るよ」


「……3人分ですけど?」


「えっ……。お、おうっ! 任せておいて!!」


 そう言いながら並んで自動販売機の前に立つ。

 

「じゃあ……お言葉に甘えて」


 電子決済でテンポよく飲み物を購入し、彼の分を含めた4本分のペットボトルを両腕に抱えて立ち上がった。 


「飲み物、ありがとうございます。高坂君はスポドリでしたよね……?」 


 振り返って彼の分のペットボトルを渡そうとして――周りを軽く見渡すと、近くには誰もいない。

 それに気付いた瞬間、彼の目がぱっとキラキラした瞳に切り替わった。


「どういたしましてー! それより……ね、聞いてくれる?」


(あ……スイッチ入った)


「ど、どうぞ」


「昨日の公式からの告知がっ!! ステラ達の新フォームのシルエット解禁されたんだけど!!」


(……知ってる。先週の打ち合わせで先に知っちゃってるんだよね……)


「へえ、すごいですね」


「すごいじゃなくてっ! もっと……こう、リアクション欲しい!!」


「……すごい、やばい、たまらない」


「棒読み!!」


 鋭いツッコミに私が思わず笑うと、彼も笑った。


「ブレイブがマジで堪らん……! マントもヒーローっぽさが出てて、こうバサッて翻しながら決めポーズ取る姿とかもう尊過ぎて……!!」


「名前通りの勇者っぽさも出ていて、でもちゃんと女の子なんだって所とかも良い……ですよね」


「わかるッ!!!」

 

 ステラブレイブの話をしている時の高坂君の顔は……少年のようで、どこまでも楽しそうで……。



「……ねえ星野さん?」


「っ……! ごめんなさい、ぼんやりしてました……何でしょう?」


「連絡先、教えてくれない?」


 

 ド直球だった。それも剛速球。

 思わずキャッチしそびれて思考が停止するくらいに。


「ほら、こういう新情報っていつ来るか分からないじゃん? その度に話したくても偶然会うの待ってたら絶対間に合わないし」


(……動機がシンプルすぎる)


 彼のその言葉には、ただ純粋に情報を共有する相手が欲しいという強い期待が籠っており、ドキドキワクワクとキラキラした視線を私へと向けていた。


「……まあ、それくらいなら構いませんけど」


「やった!!」


 彼がスマホを向けてくる速度が早すぎる。

 私が「まあ」って言った時にはもう既に友達追加のQRコードを表示していた気がする。


(……まぁ、いいか。飲み物もご馳走になっちゃったし)


 私もSNSのアプリを開き、彼のQRコードを読み取り友達追加ボタンを押した。

 

 ――数秒後。

 ブブッと通知のバイブが震えた。


『これからよろしくね!!』


 アイコンにはしれっとブレイブの決めポーズを決めた後ろ姿の彼の写真。

 やる人によって一見ブレイブだと分からなくなるのが格差社会というべきだろうか。


『よろしくお願いします』


 少し硬いかもしれないが、しっかり返事を送る。

 ——すぐにステラシリーズのスタンプが送られてきて、それにスタンプで返事をする。


 お互いに目の前に立っているのに、何故かメッセージでやり取りをしている……。


「ふふっ……!」

「ははっ……!」


 同時に、おかしくなって笑いあう。

 何だか不思議な気分で、悪い気はしなかった。

 

「……あ、そろそろ戻らないと」


「だね! 行こうか」


 チャイムまであと数分。

 

 二人で並んで歩き、大教室の入り口が見えてきたところで自然と歩調が別れた。 


「じゃ、また!」


「はい……。また」 


 特に示し合わせたわけでもなく、なんとなく彼が先に人波に溶け込んでいく。私はそれに少し遅れて大教室へと入室した。




 大教室の中はまだざわついていたが、どうにか席の方向は見えていた。


 奈央が大きく手を振っている。


「おかえり理子ー! こっちこっち!」


「お待たせ。席取りと出席確認ありがと」


 抱えていたペットボトルを奈央と由美にそれぞれ手渡す。

 それと交換で、奈央に預けておいた学生証を受け取った。


「ありがとー!」

「ありがとう、理子」

 

 二人の軽いお礼に、私はそっと奈央の耳元に顔を寄せた。


「……それ、高坂くんの奢りだから」

「……え?」

 

 沈黙一拍。


「え"っ!!!!!」


「し、静かに!!」


 奈央が口を押さえる。目が皿のようになっていた。

 由美も気配を察してこちらに身を乗り出してくる。


「ちょ、ちょっと! どういうこと!? 高坂くんが!? 奢り!?」

「え、まって! どういう事!?」


 予想通りの反応に、私はちょっぴりいたずらっぽく笑みを浮かべて続けた。


「偶然自販機前で会ったから、奢ってくれたの」


「偶然!? それだけで奢ってくれるの!?」


「そういう人みたい。だから人気なのかもね」

 

 努めて淡々と答える私に、奈央と由美は顔を見合わせて何かを言いたそうにしている。

 その様子を横から見ていた凛が、ぽつりと言った。


「……良かったじゃん」


「……まあ、うん」


 私は自分の飲み物のキャップを開けながら頷いた。

 そこで前方からチャイムが鳴り響いて、ざわついていた教室が静まっていく。


『続き後で聞かせてよ!!』と口パクで訴えてくる奈央を視界の端に捉えながら、私はノートを開いた。

 


*   *   *


 教授が壇上でスクリーンに映る資料を基に講義を進める中、ポケットにしまっていたスマホが振動した。


「……?」


『さっきのステラ関係の記事、送っておくね! 夏休みのイベントも指定日チケット要チェック!!』


(……講義中なのに)


 返信は後にしよう。

 そう思いながら、こっそり笑った。

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