↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/60

53話

「ッ……!? 星野さんっ!?」


 陽向君の声を背に受けながら、気付けば私は走り出していた。

 おしゃれするために履いてきた少しヒールのある靴。それでもブレイブのガワを纏っている時のブーツに比べれば十分に動きやすい。

 数メートル程度の距離をあっという間に詰め、母子と男の間に滑り込むようにして、身体を割り込ませた。


「うおっ、なんだお前」


 男が濁った目で訝しげにこちらを睨む。

 それでも、私は一歩も引かなかった。


 二人を庇うように右腕を広げ、左腕は隙のないように胸の前で構えておく。


「——大丈夫。もう、大丈夫だからね」


 背中越しにそう声をかける。

 

「……っ、ぅ……」


「怖かったね。でも、もう平気だよ。……お母さんは、娘さんをしっかり守ってあげてください」


 できるだけ、優しく。

 できるだけ、安心させるように。


「あぁ? なんだお前、関係ねえだろ!」


 男が大声を出しながら一歩詰め寄ってくる。

 声と共に吐き出される息に、強い酒の匂いがむわりと鼻をついた。


 それでも私は一歩も退かなかった。


「関係あります」


 私は、はっきりとそう答えた。


「困っている人がいたら、放っておけません!」


 ……その言葉が自分の口から出た瞬間。私はふと我に返った。


(……これ。……ブレイブの台詞だった)


 何度も何度も。舞台の上で誰にも聞こえないように、スピーカーから聞こえて来るブレイブの声に合わせて、小声で呟いていた台詞。


 目の前にいるのはアクターの怪人でもない、ただの酔っ払いのおじさんなのに。

 今の私はステラ・ブレイブではないのに。


 それでも――身体は、もう動き方を知っていた。


 相手との距離。重心の位置。腕の角度。

 何度も稽古で叩き込まれたものが、頭で考えるより先に、私の身体を動かしていく。


「これ以上近付かないでください。警察を呼びますよ!」


「あぁ!? こっちは被害者なんだぞ?? 調子乗ってんじゃねえぞ!」


 男が酒の缶を地面に叩きつけ、乱暴に手を伸ばしてくる。


 その瞬間、私は半歩だけ身体をずらした。

 掴まれるより早く、相手の手首の外側へ回り込む。

 演技のために習っていた、合気道をはじめとした武術の動きが、自然と身体を動かしてくれる。

 触れるか触れないかくらいの一手で、男の勢いを見当違いな方へと逃がし、その背を押して距離を取った。


「っ、なんだよ……!」


 男がたたらを踏む。

 私はその隙に、母親へ小さく声をかけた。


「今のうちに、少し後ろへ!」


「は、はい……!」


 母親が女の子を抱きしめたまま、一歩、二歩と下がる。


 女の子は泣きそうな顔で、私を見上げていた。

 その手には、まだブレイブのぬいぐるみキーホルダーが握られている。


「……ブレイブ?」


 女の子の震える小さな声が耳に届く。


 違う。

 私は今、ブレイブじゃない。ただの星野理子だ。


 そう思ったのに、ただ……背後の女の子を安心させたくて。辛い顔をさせたくなくて。

 私は舞台の上でブレイブとして何度も子供達に返してきた決めポーズを取って、笑顔を見せる。


「大丈夫だよ。私が……守ってみせる!」


「っ……!」


 女の子が目を大きく開き、はっとしたように私の顔を見上げた。

 今の言葉も、ブレイブが誰かを助ける時によく言うセリフだったから。

 

 同時に、バタバタと背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「星野さん!」


 視線を僅かに向けると、走ってきていたのは、やっぱり陽向君だった。

 彼はスマホを片手に、私の隣に立って足を止める。


「警察呼んだよ! あと近くの店員さんにも声かけたから!」


「ありがとう、陽向君」


 気付けば、私達の周囲を野次馬が取り囲んでいた。

 スマホのカメラを向ける人。半笑いを浮かべながら見物を決め込む人。眉を顰めて不安気に見つめる人。

 それでも誰も止めには入ろうとしてくれなかった。


(……やるしかない……か)


 静かに構えを続行する私を庇うように、陽向君が一歩前へ進み出た。


「星野さんは下がって、ここは俺が」


「で、でも……!」


「星野さんに無茶させる訳にはいかないよ!!」


 陽向君の珍しい大声に、思わず構えを解こうとした時だった。


「ブレイブ……!」


 女の子の小さな声が、背中越しに聞こえた。


「ブレイブ! がんばれー!!」


「っ……!」


 その声に鼓動が早くなり、胸が熱くなっていく。

 アドレナリンが大量に分泌されているのか、なんだか身体の奥から力が湧いてくる。

 

 何度も舞台の上で聞いてきた声だから。

 何度も私を前へ押し出してくれた声だから。


 私も一歩前へ出て、もう一度しっかりとブレイブの戦闘ポーズを取った。

 

「ううん、大丈夫。私……強いから!」


「……え!?」


「うるっせえんだよ! どけやガキ!」 


「ぐっ!?」


 男が酔いで濁った目を血走らせ、今度こそ本気で飛びかかってきた。

 咄嗟に止めようと男へとかかっていった陽向君を突き飛ばし、まっすぐに私へと襲い掛かってくる。


 ……大きい。

 当然だ。相手は大人の男性。私よりずっと背も高く体重もある。


 でも——。


(……見える)


 酔っているせいか、動きが単調だ。

 振り上げた腕の軌道も、踏み込む足の位置も……全部読める。


 私は身体を沈めて、その突進を紙一重でかわした。

 伸びてきた腕を、手のひらで下から軽く支える。力で受け止めるんじゃない。相手の勢いに、少しだけ方向を与えてやるだけ。


「うおっ……!?」


 男の身体が大きく泳いだ。

 

(……よし!このまま崩せば!)


 そう思って手首を返そうとし――


「っ……!」


 ぐん、と。思った以上の力で、腕を引き戻されてしまった。


(……重い!)


 酔っていても、相手は男性だ。それに理性のない力任せの抵抗。

 舞台や組手の相手役とは違う。息を合わせてくれる相手じゃない。

 

 ――技が、きれいに決まらない。


「このアマぁ……!!」


 男が腕を振り回すようにして無茶苦茶に拳を降らせてくるも、素早く身を引いてやり過ごした――その瞬間だった。


「——っ、そこまでだ!!」


 突き飛ばされていた陽向君が、背後から男の身体に組み付いた。


「なっ……!」

 

 ブンブンと振り回される両腕を、後ろから抱え込むようにして羽交い締めにする。


「星野さん、下がって!!」


「陽向君っ!!」


「いいから!!」


「離せっ、この……!!」


 男が激しく身をよじって暴れ、陽向君の身体が大きく揺さぶられ、振り回される。


「っ、く……!」


 だめ……押さえきれない!

 彼は決して細身じゃないけれど、相手は自棄になった大人の男だ。


「陽向君……!」


 思わず私が駆け寄ろうとした、その時。


「——おい! なにやってんだ!!」


 陽向君でも、酔った男でもない。別の男性の声が通りに響いた。

 振り返るとスーツ姿の男性が、野次馬の輪の中からこちらへ走ってくるのが見えた。


「大丈夫か!?」


「手伝います!!」


 続いて、若い男性が二人。

 さらに近くの店から飛び出してきたらしい店員と、続々と人が集まっていく。


「くそっ、暴れんなって!」


「地面に押し倒せ! 酔っ払いだから無茶苦茶に動きやがる!」


 あっという間に数人の男性が男を取り囲み、それだけの人数に押さえ込まれては、男も抵抗しきれない。


「離せ! 離せやこらぁ!!」


「じっとしてろって!」


 地面に組み伏せられてもなお、男が口汚く喚き散らす。

 だが、彼に出来る事はそれまでだった。


「警察、もう呼んであるって!」


「救急も念のため呼んでおくか?」


「お子さん、大丈夫ですか!?」


 野次馬の中から口々に声が上がっていく。


 ……さっきまで、誰も足を止めなかったのに。

 誰もが、視線を逸らして通り過ぎていたのに。


(……そっか)


 ふと、思った。

 きっと皆、どうしていいか分からなかっただけなんだ。


 誰かが動けば。誰か一人が、最初の一歩を踏み出せば……勇気は広がっていくんだ。

 多くの人々が、自分ではない誰かの為に動いてくれる。


 ……ステラの物語みたいに。


「……っ、はぁ……」


 緊張の糸が切れて、私はその場に立ち尽くした。

 今更になって、膝が少しずつ震え出していく。


 ……怖くなかったと言えば、嘘になる。


 当たり前だ。

 舞台の上とは違う。

 台本もなければ、段取りもない。

 相手役でもない、本気で殴りかかってくる人間。


 ……本当は、ずっと、怖かった。


(……ブレイブも、こうだったのかな)


 ふと、そんなことを思った。


 いつも堂々としていて、真っ先に飛び出していく彼女も……本当はこんな風に震えていたのかもしれない。


「……星野さん!」


 声をかけられて、私は顔を上げた。

 男から離れた陽向君が、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「大丈夫!?  怪我とかしてない!?」


「……うん。大丈夫」


「ほんとに!? どこも痛くない!?」


 彼は私の腕やら肩やらを、確かめるように何度も見回している。

 ……その必死さが、なんだかおかしく感じてきてしまって……私はついつい、吹き出してしまった。


「ふふ、本当に平気だよ。……陽向君こそ大丈夫?」


「俺は全然! ちょっと揉みくちゃにされただけだから」


 そう言って彼は、少し乱れた髪や服を直しながら笑った。


(……よかった)



「あ、あの……!」


 ホッとしたのもつかの間、背後から震える声が聞こえた。


 振り返ると、男に絡まれていた母親が、女の子を抱きしめたまま、深々と頭を下げていた。


「本当に、ありがとうございました……!」


「い、いえ! そんな……!」


 慌てて私も頭を下げ返した。


「私、どうしていいか分からなくて……。この子を守らなきゃって思うのに、身体が動かなくて……。本当に、助かりました……!」


「……無事で良かったです」


 私はそう答えながら、少しだけ膝を折る。

 私の事をじっと見つめたままの女の子と、目線を合わせるために。


「怖かったね。……もう大丈夫だよ」


 女の子は母親の腕の中でまだ震えていたが、その手にはまだブレイブのぬいぐるみキーホルダーがしっかりと握りしめられていた。


「……お姉ちゃん」


「うん?」


「ホンモノの……ブレイブみたいだった! カッコ良かった……!」


「……。 ありがと! 君の応援で、私も勇気を出せたよ!」


 これも、ブレイブの言葉。

 

 今の姿はブレイブではなくても、今はこの子にとってのブレイブであればいい。

 そう思って、しっかりと決めポーズも取ってみせた。


「うんっ!」


 やっと、女の子が笑顔を見せてくれた。

 ホッとして立ち上がった私を、陽向君がじっと見つめていた。


「……陽向君?」


「……今の」


「え?」


「今の星野さん、ほんとに……」


 そこまで言って、彼は言葉を止めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。