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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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49話

「ありがとうございましたー!」


 店員の見送りの言葉を背に、私達は階段を登り、元の地下通路へと戻ってきた。


「美味しかったねー!! やっぱりお店で食べると違うんだなぁ~!」


「うん、とっても美味しかった……! でも……本当にご馳走になっちゃって良かったの……?」


「もっちろん! 今日星野さんそのまま財布出すの禁止ね!」


「ちょ、それは流石に!」


「いいのいいの!」


「でも……」


「星野さんは、今日は大切なゲストなんだから! ベルみたいにね?」


 いたずらっぽく片目を閉じて、しれっと言ってのけた陽向君に、私は思わず言葉に詰まってしまう。


「……じゃあせめて。飲み物くらいは出させて?」


「んー……。じゃあ、それだけね!」


「うん。それだけは私も譲らないから」


 私がきっぱり言うと、彼は困ったように笑った。


「星野さんも、案外頑固だよね」


「そう?」


「うん。でも……そういうとこ、いいと思う」


 さらりとそう言って、彼は前を向いて歩き出す。


「……もう」


 いちいち、心臓に悪い。

 私は火照る頬をマフラーに埋めながら、その背中を追いかけ、隣に並んで歩く。


「この後はどうするの?」


 通路を歩きながら尋ねると、彼は指を一本立てた。


「まずは、腹ごなしの散歩!」


「散歩」


「うん。せっかく新宿来てるんだし、ちょっとぶらぶらしようかなって」


「なるほど」


「そのあとに、ちょっと面白いところ行こうと思ってるんだ!」


「……何だろう?」


「ふっふっふ。それは、着いてからのお楽しみ! きっと楽しいと思うよ!」


 もったいぶってそう言う彼に、私は首を傾げる。


 面白いところ。

 彼の言う『面白い』って、なんだろう。


(……まさか、また予想外の場所じゃないよね?)


 でも——嬉しそうに前を歩く彼の背中を見ていると、まあどこでもいいか、なんて思ってしまう自分がいた。


*   *   *


「第二目的地到着~!」


「……ここって」


 人の流れから抜け出て、一歩壁に寄って立ち止まったのは、言わずと知れた有名デパートの地下入口前。

 ひっきりなしに人が出入りしていて、デパートオリジナルデザインの大きな紙袋や、有名な洋菓子屋の袋を手に歩く人が目についた。


「ウインドーショッピングなんて、どうかなって」


「……ふふっ。買わないんだ?」


「ん~……いつか買う為の下見だから!」


「……そっか。じゃあ私も下見しておこうっと」



 足を踏み入れた地下の食品フロアは、年末の熱気で溢れかえっていた。


「うわ、すごい人……!」


 思わずそんな声が漏れる。

 正月用の食材を求める人、老舗の和菓子を買い求める人、贈答用の詰め合わせを選ぶ人。

 どこの店舗も、長い列ができていた。


「ひゃー……。桁が違うなぁ」


 陽向君は感慨深そうに呟きながら、あちらこちらへと視線を飛ばしていた。


 華やかなショーケースの中には、色とりどりのお惣菜が並んでいる。

 ローストビーフに、キッシュ、色鮮やかなサラダ。

 どれも普段買うようなものとは、明らかに値段の桁が違う。


「お、この栗きんとんすっごい綺麗!」


「ほんとだ。……というか、これ一箱でいくらするんだろう」


 こっそり値札を覗いて——二人して固まった。


「……」


「……見なかったことにしようか」


「そうしよう」


 小声でそう囁き合って、そそくさとその場を離れる。


「でも、いつか買えるようになりたいよね」


「そうだね。……社会人になったら、かな」


「よし、じゃあ将来の目標にしよう!」


「ね。頑張らなきゃ」


 一際賑わう企画展コーナーの前を通りかかった時だった。


「よかったら、どうぞー!」


 店員さんに声をかけられて、私達は足を止めた。

 小さなカップに入った、あたたかいスープの試食。


「え、いいんですか?」


「どうぞどうぞ!」


 遠慮がちに一つずつ受け取って口に運ぶ。


「……あ、美味しい」


「ほんと? どれどれ……。うわ、ほんとだ!」


 濃厚なポタージュの味に、二人で目を丸くする。


「これ、いくらだろう」


「……さっきの学習を活かして、値札は見ないでおこう」


「賢明だね」


 真顔でそう返すと、彼は吹き出して笑っていた。



 

 その後、エスカレーターで一階へ。


 地下の賑わいから一転して、少し緊張感のある空間だった。

 ずらりと並ぶ化粧品のカウンター。


 照明はきらきらと明るく、空気には様々な香りが混ざり合っている。

 白衣や制服を着た美容部員さん達が、皆姿勢よく立っていた。


「……なんか、場違いな気がしてきた」


 小声でそう呟くと、隣の陽向君も同じように身を縮めている。


「わかる。俺……こういうとこ入ったことない」


「私も、正直あんまり……」


 私が普段使っているのはドラッグストアで買える手頃なものばかりで、こういう場所で買い物をしたことは……実は無い。


 ショーケースの中に並ぶ美しい小瓶やコンパクト。

 どれも宝石みたいに輝いて見える。


「星野さん、こういうの興味ある?」


「あはは……。実はあんまり、詳しくないんだ」


「そうなの? この前のベルの時とか、すごく綺麗だったのに」


「あれは、部員の子がやってくれたから」


 あの日の舞台メイク。

 私一人では、絶対にあそこまでできない。


「そっかぁ。……でも、今日も可愛いよ?」


「……っ」


 突然の一言に、私は思わず足がもつれそうになった。


「な、ななっ!? なに、急に!?」


「え? 本当のことだし」


 彼は、きょとんとした顔でそう言う。

 かぁっと顔が赤くなるのを感じるが、それと同時に胸にチクりと針で刺されたような痛みが走る。

 

(……言い慣れてるのかな)


「……ありがとう」


 複雑な気持ちを押しとどめ、なんとか小さい声でそれだけ返して、私は早足でその場を通り過ぎた。


「あ、あれ……星野さん??」 


 慌てた様子で陽向君が追いついてきて、また隣を歩きだした。



*   *   *



 またいくつか上のフロアへ上がると、今度は雑貨売り場だった。


 キッチン用品、インテリア小物。大きな家具類まで。

 可愛らしいものからオシャレなものまで所狭しと並んでいて、見ているだけで楽しい。


「あ、これ見て!」


 陽向君が指差したのは、動物型のマグカップだった。


「わ、可愛い」


「でしょ! ……あ、こっちには猫のもある」


「ほんとだ」


 棚に並んだ小物を二人でひとつずつ眺めていく。

 特に買うわけでもないのに、これがなんだか楽しかったりする。


「星野さん、こういうの好きなんだね」


「え?」


「さっきから、目がキラキラしてる」


「……っ、そんなことないよ」


「あるある。すごい分かりやすい」


 からかうようにそう言われて、私はむっとしてしまう。


「……陽向君だって、さっきのぬいぐるみコーナーから離れなかったくせに」


「うっ……!」


「ちゃんと見てたよー?」


「……お互い様ってことで!」


「ふふ、そうだね」


 二人で顔を見合わせて、くすくすと笑いあった。



 続いてやってきた文房具のコーナーで、私はふと足を止めた。

 並んでいたのは、色とりどりのブックカバー。


「……あ」


 その中の一つに、目が留まる。

 革製で深い紺色の、シンプルなデザイン。

 ……台本を挟むのに、ちょうどいいかもしれない。


「気になるの?」


「……ううん、なんでもない」


 値札を見て、そっと手を引っ込める。

 ……今の私には、まだ贅沢だ。


「いつか、かな」


「え?」


「ううん。こっちの話」


 私は首を振って、その場を離れた。


 ……いつか。

 もっと仕事が増えて、ちゃんと自分で稼げるようになったら。

 その時は、こういうものを、自分へのご褒美にしよう。


 そんなことをこっそり心に決めながら、もう一度だけ品物を見て売り場を離れる。


「じゃあ、そろそろ行こっか!」


 ひとしきり店内を回ったところで、陽向君がそう言った。


「うん。……そういえば、次はどこ行くの?」


「ふっふっふ。それは、着いてからのお楽しみ~!」


「まだ言わないんだ」


「もちろん! 楽しみは取っておかないと!」


 得意げにそう言って、彼は歩き出す。

 その後を追いながら、私は少しだけわくわくしていた。


 今日は、知らない世界を歩いてばかりだ。



*   *   *



「もうすぐ着くよ!」


 彼に連れられてきたのは、歌舞伎町。

 テレビではよく見るギラギラした世界。自分には最も遠いはずの場所に、私は足を踏み入れていた。


 そして——最初に私を出迎えたのは、巨大な顔だった。 


「……見られてる」


「ん? ああ、映画館のアレね。時間によっては吠えたり煙吐いたりするんだって」


「動くの!?」


「そうそう! 面白いよね!」


 見上げた先にあるのは、ビルの上から顔を出す巨大な怪獣の頭。

 テレビや写真で見たことはあった。それでも実物を目の前にすると、想像以上の迫力だった。

 

 気を取り直して視線を正面へ戻し、人通りの多い通りを再び進んでいく。


 ……正直、歌舞伎町と聞いて少し緊張していた。

 昼間だからそれほどでもないけれど、それでも独特の空気がある。


 少し視線を上げれば目に入る派手なホストの看板。今は眠っているギラギラした夜の世界の住人の頂点を飾る人達。

 多少加工は入っているのだろうけど、やはり整った顔の人が多い。


「っ……」


 ……それと、スカウトの人が多い。さっきから多くの人からの視線を感じる。

 少しでも陽向君から離れたら、駅の時みたいに声を掛けられそうで……。

 

「星野さん? 大丈夫?」


「え、うん! 大丈夫!」


 そう答えるも、彼は黙って少しだけ私の側に寄って歩いてくれた。

 人混みから、そっと守るように。


(……あ)


 陽向君のさり気ない気遣いに、また心臓が跳ねる。

 そして同時に、頼りになる男の子なんだなって、また一つ良いところを見つけてしまった。



 ――やがて、たどり着いたのは一つのビルだった。

 その入り口に掲げられた看板を見て、私は目を丸くする。


「……脱出ゲーム?」


「そう! ここね、リアル脱出ゲームができるんだ!」


 得意げに彼が説明を始める。


「制限時間内に、部屋の中の謎を解いて、脱出するっていうやつ! 二人でも参加できるコースがあってさ、ちょっと前に凄い話題になってて、まだ星野さんも来た事無かったら、どうかなって!」


「へえ……! 面白そう!」


 テレビやSNSで名前は聞いたことがある。でも、実際にやったことはなかった。


「星野さん、こういうの好きかなって思って」


「……どうして?」


「んー、なんとなく? 星野さん頭使うの得意そうだから!」


「……そんな事はないと思うけど……、でも興味ある!」


「よっしゃ! じゃあ、いこうか!」


*   *   *


 受付を済ませて、私達は指定された部屋——牢屋へと入室する。


 看守に扮し、口調もなりきったスタッフさんから、簡単なルール説明を受ける。

 制限時間は五十分。

 部屋の中にある手がかりを集めて謎を解き、牢屋の扉を開ければクリアだそう。


「処刑執行は五十分後だ! 脱獄しようだなんて思うなよ? 定期的に見回りに来るからな!!」


 それぞれの牢屋の扉の鍵が閉められ、スタッフが去っていく。

 薄暗い部屋の中に、二人だけが取り残された。


「……よし! 絶対脱出して生還しようね!!」


「うん……! 冤罪で死刑は嫌だからね」


 陽向君が意気込んで部屋を見回す。

 私も、まずは全体を把握することから始めた。


 壁に貼られたポスター。棚に並ぶ本。机の上の紙。鍵のかかった引き出し。

 ……なるほど、情報はあちこちに散らばっている。


「星野さん、これ見て! なんか暗号っぽいよ」


 彼が指差した紙には、意味の分からない記号が並んでいた。


「……これ、どこかに対応表があるんじゃない?」


「対応表?」


「うん。この記号を、文字に変換するための何か」


 言いながら、私は部屋の中をもう一度見回す。

 ……こういう時は、全体を俯瞰するのが大事だ。


 舞台の演出を考える時と……同じ。


「……あ、あれ」


 棚の一番上に、色褪せた本が一冊。

 背表紙に、さっきの記号と同じものが描かれている。


「陽向君、あの本取れる?」


「え? ……あ、ほんとだ! 待ってて!」


 背伸びをして、彼が本を取る。

 開いてみると——中には、記号と文字の対応表が書かれていた。


「うわ、当たりだ! 星野さんすごい! 偉い!」


「いやぁ、たまたまだよ」


 陽向君からはしゃぎながら褒められて、少しだけ照れくさくなって頬を掻いた。


 そこからは、二人で手分けして進めた。

 私が全体の構造を組み立てて、彼が細かい情報を拾っていく。


 ……というより。


「あ、これさっきのポスターに書いてあった数字と同じだ」


「え、そんなの書いてあった?」


「うん! この左下のところに、小さく……ほら!」


 ……彼の記憶力が、想像以上にすごかった。

 一度見たものを、しっかり覚えている。


「よく覚えてるね……」


「まぁね! こういうのは得意なんだ」


 ……なるほど。

 ステラの設定を、あれだけ細かく暗記している人だ。

 情報を記憶することに関しては恐らく人並み以上なんだろう。


 私が構造を見て、彼が細部を覚えている。

 ……意外といいコンビかもしれない。




 あっという間に、残り時間は十五分。

 私達は、最後の謎の前で立ち止まっていた。


「うーん……これってどういうことだろう……」


 最後の最後、牢屋の錠前を開ける肝心な鍵のありかが分からない。

 これまでに集めたヒントを並べても、答えが見えてこない。 


 ぼんやりと光る液晶のモニターには『鍵はこの中にある』とだけ書かれていて、それ以上のヒントも手掛かりも無かった。


「うーん。鍵はこの中にある……か」


「この中……コの中? 子の中……?」


 二人で唸りながら、これまで集めたキーワードを見直していく。

 どれも一度使用した物で、使っていない暗号も、未使用の答えもない。

 クロスワードもアナグラムも関係ない。

 ただ時間だけが刻々と過ぎていく……。

 

 ――その時だった。


「……あ!」


 脳裏に電流が走ったような感覚と共に、ふと答えが閃いた。


「どうしたの?」


「間違ってたらお店に怒られるかもだけど、もしかしたら……こういう事かもしれない!」


 私は液晶画面を取り外せないか、埋め込まれている液晶画面周辺を探ってみるが、特に取り外せそうなネジや仕掛けはついていない。

 

「……なるほど! そういう事か!!」


 私の意図に気付いた陽向君も、手伝うように液晶画面周辺に手掛かりはないか指先で慎重に探る。

 

「陽向君、ここ! ここだけ、他より少し浮いてる気がする!」


「え、どこどこ?」


 私が指差したのは、液晶画面の左上の角。

 他の部分と比べて、わずかに——本当にわずかに、隙間が広い気がした。


「……ちょっと、押してみてもいい?」


「うん! やってみようよ」


 私はその角に指を当てて、ゆっくりと力を込めた。


「……っ」


 ……動かない。


(……いや、待って)


 力の入れ方が違うのかもしれない。

 次は手のひら全体を液晶画面に当てて、真ん中をぐっと押し込んだ。

 

 ――その瞬間。ガコンッと音を立てて液晶画面が倒れる。


「っ……!」 


 そして外れたパネルの小さな空洞の中に手を伸ばしてみると——。


「……何かある!」


 摘まんで取り出してみると、間違いなく小さな銀色の鍵だった。


「星野さん凄い!! なんで分かったの!?」


「……いや、たまたまだよ」


 私は鍵を手に取りながら、外れたパネルを見つめる。


「『鍵はこの中にある』って書いてあったけど。それって、この部屋の中って意味だと思わせるひっかけだったんだね」


 私がそう言うと、陽向君は感嘆したように唸った。


「うわぁ……! やられたなぁ! 完全に部屋の中を探してた!」


「私も、ずっとそう思ってたよ。……でも、他に探すところがなくなっちゃったから」


 行き詰まった時こそ、前提を疑う。

 これも、舞台の稽古で学んだことだ。

 うまくいかない時は、大抵どこかで変な思い込みをしている。

 初心に帰る。柔軟に考える。これが鉄則だ。


「じゃあ、早く脱出しよう?」


「うん!」


 格子の隙間から手を伸ばし、開閉金具につけられた南京錠へと鍵を差し込む。


 ……しっかりと奥まで沈み込んでいく。ピッタリの鍵だ。

 そのままゆっくりと回すと、重い金属音と共に、錠前が外れた。


「「やった!!」」


 二人の声が同時に上がり、思わず力強くハイタッチを交わしていた。

 パンッ、と乾いた音が、狭い牢屋に響く。


「開いた! 開いたよ星野さん!」


「うん! ……よかった、間に合った!」


 扉を押し開けると、外には——待ち構えていたスタッフさんが立っていた。


「……ほう。脱獄を果たしたか」


 看守の役に扮したままそう言って、それからようやく、にっと笑った。


「おめでとうございます! 見事、脱出成功です! こちら脱出記念のシールです!」


「「ありがとうございます!!」」


 残り時間は、四分。

 結構ぎりぎりだったけれど、なんとかクリアする事ができた。




「いやー!!楽しかったー!!」


 ビルを出るなり、陽向君が両手を上げて伸びをした。


「初見でほんとに脱出できるとは思わなかった!」


「私も。最後、けっこう焦ったよ」


「星野さんのおかげだよ! あの最後の閃き、まじですごかった!」


「……ううん。陽向君が細かいところ全部覚えててくれたから、ここまで来れたんだよ」


 私がそう言うと、彼は照れたように頬を掻いた。


「そうかな?」


「うん。私一人だったら絶対無理だった」


 ……これは、本心だ。

 私は全体を見るのは得意だけれど、細部の記憶は彼に敵わない。

 二人だったから、解けた謎だった。


「はぁ~!! 頭使ったから、次は甘いもの食べなきゃね!」


 彼が当然のように言って、ニッと明るく笑って見せる。

 ……そういえば確かに、脳をフル回転させたせいか、無性に甘いものが欲しくなっていた。


「賛成!」


「よーし! じゃあ次のお店へ出発~!!」


「おー!」



 こうして、私達は歌舞伎町を後にした。

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