45話
十二月二十六日。
クリスマスが過ぎ去って、街は一気に年末の空気へと切り替わっていた。
木々を彩るイルミネーションはまだ灯っているけれど、流れる曲はクリスマスソングから普通のポップスに戻り、行き交う人たちの手には、大きな買い物袋が増えている。
昨日までは『メリークリスマス』と書かれていた垂れ幕やポスターも、一晩のうちに『謹賀新年』へと張り替えられていて、日本特有の商魂逞しさを感じていた。
そんな中で、私の年末は——朝から晩まで、現場だった。
「みなさ~んっ! こーんにーちはー!!! ステラ☆フォースのスペシャルステージへようこそ~!!」
MCのお姉さんの声が、スピーカーを通じてステージに響き渡る。
子供たちの元気な声援と挨拶の声を聞きながら、舞台袖で出番を待つ私は、マスクの中で深く息を吸い込んで、自分自身へブレイブを下ろしていく。
昨日から始まった、三日連続一日三回公演の、合計九回のステージ。
……正直、二日目の二回目を迎えた今の段階で、体力的にはかなりきつい。
外はコートなしでは歩きたくないくらい寒いのに、このホールの中は……。ううん、ブレイブを纏っていると、とても暑い。
この寒暖差に加え、変身後のブレイブの出番は前半後半共に多く、何より後半の早着替え――という名の、衝立と共に走って変身前の『ゆき』と交代するシーンは、何度やっても肝が冷える。
——それでも。
「ブレイブー!!」
「ドリームー!!」
「ホープぅー!!!」
ステージいっぱいに響き渡る子供たちの声。
その声の一つ一つが、疲れた身体を、また前へと押し出してくれる。
(……よし、いこう!)
BGMが切り替わり、暗転していた舞台に光が差す。
私は、隣に立つドリームとホープと共に、花道を駆け抜けて舞台中央へと躍り出た。
『どんな時でも、誰かの笑顔のために! 守り抜く勇気の星! ステラ・ブレイブ!』
『あなたの夢が、私の力! 彩る夢の星! ステラ・ドリーム!』
『信じる力は闇夜を照らす! 導く希望の星! ステラ・ホープ!』
『『『きらめく星の輝きをあなたへ! ステラ☆フォース!!』』』
「「「わあぁぁぁーっ!!!」」」
客席から、割れんばかりの歓声が上がる。
劇団のホームである、この専用シアター。
段差のついた客席は、最前列から最後列まで、びっしりと埋まっていた。
チケットを取って、わざわざこの場所まで足を運んでくれた人たち。
その一人ひとりに届けるために、私は全力で、ブレイブとして手を振った。
* * *
物語が進む。
暗黒星雲団の怪人が現れ、子供たちの悲鳴が上がり、そして——戦闘が始まる。
専用シアターだからこそできる、大掛かりな演出。
舞台上部から降り注ぐ照明、スモークの演出、迫り上がるセリ。
仮設ステージでは決してできない、フルスケールの舞台装置。
だからこそ、動きも大きく取れる。
私は思い切り跳んで、回って、拳を振り抜いた。
「ブレイブ、あぶないー!!」
最前列の男の子が、身を乗り出して叫ぶ。
(大丈夫だよ! 見ててね!)
声には出せないから、その子の方を向いて、ぐっと親指を立てる。
男の子が、ぱあっと顔を輝かせた。
……この瞬間が、たまらない。
* * *
途中小休憩を挟んで、後半。
いよいよ例の早着替えのシーンがやってくる。
強化された怪人の攻撃を受けたステラ達が、変身を解かれてしまう。
舞台が暗転し、点滅するライトとスモークに隠れるようにして、『ゆき』とバトンタッチをする。
舞台袖に戻ってきた私は肩で息をしながらも、次の変身シーンに向けて自分の定位置へとつく。
「……ブレイブ、大丈夫?」
「……!」
衝立を押して一緒に走る裏方の佐藤さんが、小声で声を掛けて来る。
声を出せない私は、彼女の肩へ手を置いて、コクコクと頷いた。
「いつも通りのタイミングでいきますからね」
(よろしくお願いします!)
もう一度軽く頷いて、一度深呼吸をする。
舞台では過去のステラシリーズの先輩が、ステラ☆フォースのピンチに駆けつけている場面。
出番まで、もう間もなくだ。
『……ありがとう! 私達の他にもステラがいたなんて……!』
『もう大丈夫! 一緒に頑張ろう??』
客席からの声援と歓声も、一段と熱が籠ってくる。
先輩ステラによってアンコクダーが押し返されたところで、ゆき・ゆめ・のぞむの三人がゆっくりと立ち上がる。
『ゆめちゃん、のぞむちゃん! もう一度……! 私達の……輝きを、届けよう!』
『『うんっ!!』』
それぞれが変身アイテムを掲げた瞬間――舞台が暗転する。
それと同時に衝立が動き出し、その陰に隠れながら私は舞台へと全力で駆け出した。
暗がりの中。一度も止まらずに滑っていく衝立からはみ出さぬように、変身前の『ゆき』役の子と、ポーズも立ち位置も変わらずに入れ替わる。
この間、わずか一秒。
照明が一斉に戻ると、舞台の上には——変身を終えたステラ☆フォースの三人が立っていた。
「「「わあぁぁぁーっ!!」」」
客席が、爆発したように沸いた。
ミスなく完璧にこなせると、まさしく魔法のように、一瞬で変身しているように見えるからだ。
子供たちの歓声。大人たちの拍手。
その全部を背中に受けながら、私は拳を握りしめて決めポーズを取る。
『いくよ、みんな!』
『『うんっ!!』』
先輩ステラたちと肩を並べて、私たちは怪人へと向かっていく。
舞台を大きく使った、最後の総力戦。
スモークが焚かれ、レーザーが交差し、照明が目まぐるしく色を変える。
その中で、私は跳んだ。
踏み込みを深く。指先まで神経を通して。
重ねてきた稽古の全部を、この一瞬に注ぎ込む。
……疲れなんて、もう感じていなかった。
いや、正確には——感じている余裕が、なかった。
今……私は、ステラ・ブレイブだ。
それ以外の何者でもないからだ。
『——ステラ・トリニティ・バースト!!』
必殺技が炸裂する。
スモークと閃光の中、怪人が舞台袖へと吹き飛ばされていく。
その瞬間、客席から響いた歓声は、この日一番の大きさだった。
物語は、大団円へ。
子供たちと一緒に踊るダンスコーナー。
小さな身体を精一杯動かして、振り付けについてこようとする子。
保護者に抱かれながら、手だけをぱたぱたと振っている子。
舞台の上から、その全部が見える。
(……ああ)
この光景を見るたびに、思う。
私は、なんて幸せな仕事をしているんだろう。
最後の決めポーズ。
三人並んで、客席に向かって手を振る。
『それじゃあみんな!! また会おうねー!!』
「またねー!!」
「ブレイブ、ばいばーい!!」
「ばいばーい!!! ステラぁー!!」
降りていく緞帳の向こうから、無数の声が届いてくる。
その最後の一瞬まで、私は手を振り続けた。
……幕が、完全に降りきる。
「……っ、はぁ……」
その瞬間、抑えていた息が、一気に漏れた。
全身が重い。膝が笑っている。
でも——やり切った。
この回も、ちゃんと、届けられた。
「お疲れ様でしたー!」
スタッフさんの声に、私は無言で頭を下げる。
まだ、マスクは外せない。
この後には——お見送りのハイタッチ会が、待っているのだから。
* * *
スタッフさんの先導で、ロビーへ続く通路までやってくる。
劇場の出口へ向かうお客さんを、一人ひとり見送るための、恒例のハイタッチお見送り会。
一番近くで、お客さんの笑顔を貰える瞬間だ。
「はーい、順番にお進みくださいねー! ステラたちが待ってますよー!」
スタッフさんの誘導の声が響く。
やがて、扉が開いて——子供たちが、駆け出してきた。
「ブレイブだーっ!!」
「わあああっ!!」
小さな身体が、一直線にこちらへ向かってくる。
私はすぐにしゃがんで、目線の高さを合わせた。
「ぶれいぶ、かっこよかった!」
(ありがとう! 来てくれてありがとう!)
声は出せない代わりに、思い切り頷いて、両手でハイタッチをする。
小さな手が、白手袋越しにぺちんと当たって、離れていく。
「またあいたい!」
(うん、また会おうね!)
ぶんぶんと手を振ると、その子は嬉しそうに何度も振り返りながら、お母さんに手を引かれて去っていった。
次の子。また次の子。
途切れることなく、子供たちが流れてくる。
「ブレイブ、へんしんすごかった!」
(ふふ、ありがとう!)
……あの一秒の入れ替わり。
ちゃんと、魔法として届いていたらしい。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
子供たちの列に、時々大人のお客さんも混ざって来る。
深々と頭を下げてくれる人。感極まった顔で手を差し出す人。
一人ひとりに、丁寧に応えていく。
そして——。
「……っ、今日も、最高でした!」
聞き覚えのある声に、私は思わずピクリと身体を強張らせてしまった。
次のお客さんは、陽向君だった。
いつもの赤いタオル。ブレイブのフルグラフィックTシャツ。
そして、痛バッグを大事そうに抱えて、空いた手でスマホを構えている。
(気付かなかった……)
舞台の上では、客席を探す余裕なんて、まったくなかったから。
(……来て、くれてたんだ)
胸の奥が、じわりと熱くなる。
差し出された手に、私はぽふん、と両手を合わせた。
白手袋越しに伝わる、彼の体温。
……ふと、思い出してしまった。
この前、ゲームセンターでハイタッチをした時のこと。
あの時感じた、温かくて、張りのある大きな手。
今触れているのは、同じ手のはずなのに……全然、違う。
「ブレイブ、本当にありがとう……!」
彼が、そう言って、深く頭を下げる。
(……こちらこそ)
マスクの奥で、私はそっと微笑んだ。
……ありがとう、陽向君。
あなたが見に来てくれることが、私の力になってるんだよ。
……なんて。もちろん、伝えられるはずもなくて。
私はブレイブとして、彼に決めポーズを返した。
「っ……!!」
彼が、感極まったように口元を覆う。
その反応が、あまりにもいつも通りで。
……なんだか、笑ってしまいそうになった。
「はーい、次の方どうぞー!」
スタッフさんの声に促されて、彼が名残惜しそうに列を進んでいく。
その背中を、ほんの一瞬だけ見送って。
私はすぐに、次のお客さんへと向き直った。
……今の私は、ブレイブなんだから。
誰か一人だけを、特別扱いすることはできない。
でも。
(……また、明後日ね)
心の中だけで、そっと呟いた。




