41話
『師走』とはよく言ったものだと、カレンダーを見るたびにため息が出てしまう。
レポートに試験に、大学は大学で冬休みに向けての今年最後の山が襲い掛かって来る。
でも私には、それに加えて年末特有のアクターの忙しさものしかかっている。
クリスマスからお正月にかけては、子供にとって夢のような一週間。
イベント事が目白押しで、私が出演するステラ☆フォースの特別公演も、怒涛の三日連続公演。
その後にも大晦日まで別の戦隊作品のショーも控えていて、目が回りそうな年末年始が待っている。
——でも、手を抜く事は、絶対にしたくない。
私にとっては何度目か分からない舞台でも、見に来てくれた子達の中には、初めて参加してくれる子もいるかもしれない。
だからこそ、一回一回全力で。
最高のブレイブを届けるんだ。
* * *
陽向君との距離が、少し縮まった……と思う、あのデートからあっという間に時間が過ぎ去り、十二月も、半ばに差し掛かった頃。
学食のテーブルには、もう年末ムード全開のポスターが貼られていて、「冬期休業のお知らせ」の文字がやたらと目についた。
「あーもう、実家帰るの楽しみすぎる……!」
奈央がストローでジュースをかき混ぜながら、うっとりと天井を見上げる。
「分かる。お母さんの手料理、恋しいんだよねー」
「由美の実家って、確か新幹線で帰るんだよね?」
「そうそう。奈央は?」
「私は在来線で二時間くらいかな。実家、遠くはないけど近くもない微妙なとこ」
二人でわいわいと帰省の話で盛り上がっている横で、私は静かに温かい紅茶を啜っていた。
「理子は? いつ帰るの?」
ふいに、話が飛んできた。
「……私は、今年は帰らないかな」
「え、なんで?」
「ちょっと、色々忙しくて。……年末年始、稽古とか仕事が立て込んでて」
役者にとって、この時期は書き入れ時だ。
でも、そんなことは言えなくて、私は曖昧に笑って誤魔化した。
「うわぁ、大変そう……。理子、休みなさそうだもんね」
「うん。まあ、こればっかりは仕方ないから」
「凛は? 実家帰らないの?」
由美の視線が、隣の凛に向く。
「帰るけど……しばらくはこっちに残る予定」
「えー! 二人ともすぐに帰らないんだ!? なんかもったいない!」
「そう? 別にいいと思うけど。……大晦日には、さすがに帰るけどね。実家帰っても特にやることないし、ギリギリまでこっちでバイトしてるよ」
「……そう、なんだ」
その言葉に、私はなんとなく肯定するように頷いた。
「……分かる。実家帰っても、暇でごろごろするだけだもんね」
「そうそう」
淡々と、どうでも良さげに大きく伸びをすると、凛はじっと私へ視線を向けた。
「理子」
「……ん?」
「サークルの忘年会、年内最後の活動日にあるんだけど。……出る?」
その言葉に、私は少し考える。
確か最後の活動日は十二月二十四日——クリスマスイブ。
特に、予定はなかったはずだ。
「あ、うん。出れると思うよ。何もなければ」
「……そっか」
凛が、ふっと、小さく笑った。
「もし理子が行かないなら、私も欠席にしようかなって思ってたんだけど」
「え、なんで?」
「別に。……一人で行っても、あんまり面白くないから」
そう言って、凛はお茶を一口。
……なんでもない、いつもの会話のはずなのに。
その口ぶりがいつもより慎重な気がした。
「あ、それ分かるー! 私も一人だと気まずいの多いもん、飲み会とか」
「でしょ?」
「あ、でもリコリンは美女と野獣コンビだもんね! 今年はいなきゃ盛り上がらないでしょ!」
「ゆるキャラ呼びやめい……って、そうだよね。行った方がいいのかなぁ」
「ふふ。きっと部長も喜ぶよ」
凛の言葉に奈央が、うんうんと頷く。
そして話は、あっという間にまた別の方向へと流れていく……。
* * *
学食を出て、次の講義へと向かう途中。
大教室の入り口で、私は思わず足を止めた。
「あ、星野さん……!」
教室の奥から、私を見つけた陽向君が、満面の笑みで大きく手を振ってくる。
その素直な喜びっぷりに、私も自然と笑顔で手を振り返していた。
「……あれ、あの子ってベルやってた人じゃない?」
「ん……? あ、ホントだ!」
陽向君の周りにいた友人の一人が、私を見てそう呟いた。
「え、陽向、ベルと知り合いなの!?」
「ひゅー。さすが陽向。顔が広いねぇ」
友人達からの冷やかしめいたざわめきに、陽向君が照れくさそうに頬を掻いた。
「ま、まぁね? ちょっとごめん!」
陽向君はそう友人達へと断りを入れて、わざわざ私のところまで駆け寄ってきた。
「やっほ、星野さん! レポートもう書けた?」
「ううん、まだ。陽向君は?」
「もうちょい! でも今日明日で速攻で終わらせるつもり!」
「へえ、頑張るんだ」
「だって、これから、ステッ……ほら、イベントいっぱいあるし??」
ステラと言いかけて、慌てて言い直した彼に、私は思わずくすりと笑ってしまった。
……相変わらず、隠しきれてない。
変なところで不器用だ。
「……ちょっと待って」
その様子を見ていた奈央が、私の腕をぐいっと引っ張った。
「理子……。今、陽向君って呼んだ?」
「え……あ」
言われてようやく気付いた。
みんなの前で、彼を名前で呼ぶのって……これが初めてかもしれない。
「り、理子……いつの間に下の名前呼びに!?」
由美も目をキラキラさせて詰め寄ってくる。
「い、いつの間にって言われても……」
「これ絶対、なんかあったよね!?」
「な、なにもないよ! ただ、その……」
しどろもどろになる私を見て、陽向君がなぜか得意げに胸を張った。
「俺がお願いしたんだ。名前で呼んでほしいって」
「陽向君っ!?」
思わず名前を呼んで止めようとしたが……もう遅い。
「「ええええーーーっ!?」」
奈央と由美の絶叫が教室に響き渡った。
「な、なんでそこ言っちゃうの……!」
思わず顔を両手で覆って天を仰ぐ私に相反して、陽向君はあっけらかんと笑っていた。
「だって、本当のことだし!」
「もうっ……!」
ただでさえ目立つ陽向君なのに、奈央と由美の声で周りの視線が一気に私達へと集まってくる。
……その中に、陽向君の友人達の視線ももちろん含まれていた。
「え、なに、めっちゃ仲良さそうじゃん」
「陽向ー! いつの間に、そんな仲になってたんだよ~?」
からかうような視線と声。
でも——不快な感じはまったくしなくて。
むしろどこか、微笑ましそうな……温かさが籠っていた。
「あの舞台、俺も見に行ったんだよね。星野さん……だっけ? めちゃくちゃ良かったよ」
「あ……ありがとう、ございます」
思わぬところから褒め言葉が飛んできて、少し驚きながらも、私はペコリと頭を下げる。
……まさかこんな風に、陽向君の友人達にまで演技を覚えてもらえていたとは思っていなくて、素直に嬉しかった。
「ちょいちょいちょーいっ!! 理子ぉ!! 事情聴取ッ!!!」
「かつ丼! かつ丼持ってこなきゃ!!」
「由美さんや、さっきお昼食べたばかりでしょ」
「あ、そっかぁ~! って違うっ! 騙されないからね理子っ!!」
わいわいと質問攻めが続く中。
私は必死に誤魔化しの言葉を探しながら、陽向君の方を見た。
彼もちょっと困ったように笑いながら、それでも嬉しそうにこちらを見返してくる。
……その視線の交わし方すら、なんだか恥ずかしい。
賑やかな声に包まれながら、右に左に視線を泳がせていると、ふと視界の隅に凛の姿が映った。
奈央達追及組の輪から、少しだけ離れたところで、凛は何も言わずに、ただ静かに私と陽向君のやり取りを見つめていた。
その表情は、いつもと変わらないはずなのに……。
「……」
笑っているようで、笑っていないような、そんな不思議な色を湛えていた。
「……凛?」
名前を呼ぶと、凛はハッとしたように、いつもの表情に戻った。
「……ううん、何でもない。……理子、モテるんだね」
そう言って笑った凛の横顔が、今はなぜか少し遠く見えた。




