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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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40話

 昼食を終えたあと、私達はそのままカラオケにゲームセンターと、目についた楽しそうなところへと乗り込んでいた。

 

「不肖、高坂陽向!! 僭越ながら、ステラ☆フォースのOPとEDを歌わせて頂きますっ!!」


「わー、ぱちぱちぱち~」


 マイクを握った高坂君は、手慣れた指捌きでカラオケ機器を操作し、あっという間に予約完了する。

 すぐに始まるOP曲のイントロに、もうテンションが爆上がりになっていた彼は、勢いよく立ち上がり歌い始めた。


(——へぇ)


 高坂君の歌声を聞いて、ついつい目が鋭くなってしまう。

 彼の声はどちらかというと高めで爽やか系だとは思っていたが、思っている以上に高音域のノビが良い。

 それでいて本家の歌手の癖もばっちりコピーしていて……なかなかどうして、クオリティが高い。


「ありがとー……うぇっ!? 星野さん、目が怖っ!?」


「ん!? あ、ごめん!! 高坂君の歌が上手くて、つい真剣に聞きすぎちゃった」


「え、そうかな~?? ありがと、実はちょっと自信あった」


「うんうん、自信持っていい実力だと思う。……うん、本当に」


「そこまで言われると照れちゃうな……。普段友達とだと、流行りのポップスとかしか歌えないから、今日は気持ちよくステラが歌えて嬉しいよ!」


「ふふ、思う存分歌ってくださいな」


「じゃあ続けてEDも歌っちゃいます!!」


 その後も過去のステラシリーズの曲をそれぞれ交代で歌い続け、あっという間に時間を知らせる電話が鳴ってしまった。


「あっという間過ぎない!? でも楽しかったぁー!!」


「ほんと、楽しかった……! カラオケ来るの久し振りだったし、ありがとう、高坂君」


「いえいえー! どういたしまして!」


 満足気に笑顔を浮かべる高坂君を見て、自然と私も口元が緩んでしまった。

  


*   *   *



 カラオケを出た後は、近くのゲームセンターに寄って、二人でUFOキャッチャーの景品を眺めながら店内を歩いていると、高坂君がピタリと立ち止まった。


「……ねぇ、星野さん……この子可愛くない?」


「うん? わぁ、ネコちゃん」


 デフォルメされたネコが、うつ伏せに伸びている抱き枕。

 何とも言えない顔が……ちょっと可愛いと思った。


「……高坂君、欲しいの? これ」


「う、うん。変かな……?」


 ちょっぴり照れたように頬を掻く彼の顔を見て、ついつい吹き出してしまいそうになるのを堪え、無言で100円を投入口に入れた。


「え、星野さん……?」


「任せておいて」


 アームの動きをじっと見つめながら、コントローラーを操作する。


「……あ、惜しい!」


 一回目。

 狙い通りにアームが降りるも、ツメの力が弱いのか掴みきれずに落ちてしまった。


「まだまだ。もう一回」


 二回目。今度は角度を調整して、慎重に狙う。


「……くっ」


 少し持ち上がるも、ずるりと抜け落ちて転がってしまう。


「星野さん、なんか悔しそう」


「悔しいよ。でも……大丈夫!」


 次の100円を入れようとした時、おもむろに高坂君が財布を取り出した。


「……こっちは任せておいて」


「え、高坂君?」


「……いいから。二人で挑もう」


 真剣な顔でそう言う彼に、私は思わずふっと笑ってしまった。


「……じゃあ、三回目、いくよ」


「うん! 頑張って! 星野さん!」


 四回目も、惜しいところで爪から抱き枕がすり抜けた。


「……次で決める」


「いけるいける!」


 ……そして、五回目。


「……ここ!」


 慎重にアームの位置を調整して、ボタンを離す。


 ゆっくりと、降りていく、アーム。

 抱き枕を、ぐっと、挟んで——持ち上がった。


「っ……!」


 そのままゆっくりと、落下口の方へ移動していく。


 そして——。



 ゴトンッと音を立てて抱き枕が無事に落下口へ落ちた。


「「やったーーっ!!」」


 喜びの声が重なり、思わずハイタッチを交わす。


 パチンッと軽快な音を立てて、一瞬彼との手が重なって離れていく。


(あっ……)


 ハイタッチを終えてから、ふと気付いてしまった。

 高坂君とは何度もハイタッチを交わしているけど……それは白手越しの、ブレイブとして。


 モフッと柔らかな感触とは違う、温かな張りのある大きな手を、ほんのわずかな間だけど感じてしまった。


 固まっている私に気付かない高坂君は、景品口に手を入れて抱き枕を引っ張り出していた。


「凄い、取れた!やった!! 星野さん神??」


「あ、あはは……! 良かった良かった! 大事にしてあげてね、その子」


「もちろんっ! 星野さんだと思って大事にするっ!」


「えっ」


「あっ」


 互いに黙ってしまって、クレーンゲームや他のゲームの音が、いやに大きく鼓膜を揺らしていた。


「と、とにかくありがとうっ!! 星野さんと一緒にやれてよかった!!」


「う、うん! 私も、取れて良かった!」


 二人で顔を見合わせて、もう一度笑い合う。

 そうやって、他愛のないことで笑い合いながら、午後はあっという間に過ぎていった。


*   *   *


 ゲームセンターを出る頃には、外はすっかり夕方になっていた。

 

 冬の空は暮れるのが早い。

 ビルの隙間を抜ける風が、昼間よりもずっと冷たくなっていて、私は思わずマフラーに顔を埋めた。


「そろそろ、帰ろっか」


「うん。今日は色々遊んだね」


「ほんとに。星野さん、付き合ってくれてありが——」


「……くしゅっ」


 高坂君の言葉の途中で、小さなくしゃみが出た。

 慌てて口元を押さえると、高坂君が心配そうにこちらを覗き込む。


「星野さん、大丈夫? 寒い?」


「ううん、大丈夫。ちょっと風が冷たかっただけ」


「でも、身体冷えたよね。……帰る前に、温かいものだけ飲んでいかない?」


「……うん」


 そうして私達は、駅へ向かう道の途中にあった、小さな喫茶店に入ることにした。


*   *   *


 案内された席は、店の奥にある二人掛けのテーブルだった。


 外の冷たい空気とは違って、店内はほんのり暖かい。

 コーヒーの香りと、どこか懐かしい静かな音楽が流れていて、さっきまでの賑やかなゲームセンターとは別世界みたいだった。


「星野さん、何飲む?」


「んー……ホットココアにしようかな」


「いいね。俺はカフェオレにしよ」


 注文を終えて、運ばれてきたカップを両手で包む。

 じんわりと手のひらに熱が広がって、冷えていた指先が少しずつほどけていく。


「……あったかい」


「よかった!」


 高坂君は、自分が温めたわけでもないのに、ほっとしたように笑った。


 その顔を見ていると、胸の奥まで少し暖かくなる気がした。


「今日は、ありがとう」


「え?」


「誘ってくれて。……すごく楽しかった」


 そう言うと、高坂君は一瞬だけ目を丸くして。

 それから、照れたようにカップへ視線を落とした。


「……俺も! すごく楽しかった! ……でも正直、誘う時めちゃくちゃ緊張したよ~」


「……そうなの?」


「そりゃそうだよ! グッズ販売を口実にしたけど……今日は、その」


 高坂君はそこで言葉を切って、カフェオレの表面を見つめる。


「星野さんと、普通に遊びたかったからさ。だから良かったな~って」


「……っ」


 まただ。

 今日の高坂君は、どうしてこんなに心臓に悪いことを言うんだろう。


 困る。

 ……本当に困る。


「……私も」


「うん?」


「今日、高坂君と普通に遊べて……嬉しかった」


「……っ、そっか」


 高坂君は分かりやすく耳を赤くして、カップを両手で持ったまま、少しだけ俯いた。


 しばらく、二人とも何も言わなかった。


 でもその沈黙は、気まずいものじゃなかった。

 ココアの湯気がゆっくり揺れて、外を歩く人達の影が窓の向こうを流れていく。


 今日一日を、ゆっくり思い返すみたいな時間だった。


「……あのさ、星野さん」


「うん?」


 高坂君が、少しだけ姿勢を正した。


 その顔が、どこか真剣で。

 私は思わず、カップを持つ手に力を込める。


「俺の仲いい友達ってさ、だいたい俺のこと、陽向って呼ぶんだ」


「……うん」


「だから、その……」


 高坂君は一度言葉を飲み込んでから、少し照れたように笑った。


「星野さんにも、そう呼んでもらえたら嬉しいなって」


「……え」


 思わず、固まってしまった。

 高坂君じゃなくて、陽向。


 たったそれだけのことなのに、口に出そうとしただけで、胸が変なふうに跳ねる。


「い、嫌だったら全然いいよ!? 無理にとかじゃなくて!」


「嫌じゃないよっ!」


 自分でも驚くくらい、すぐに大きな声が出てしまった。

 高坂君も驚いたように瞬きをしている。


「あ……えっと。嫌じゃ、ないよ」


「……ほんと?」


「うん」


 喉の奥が、少しだけ熱い。


 私は小さく息を吸って。

 カップをテーブルに置いて。

 それから、少しだけ視線を上げた。


「……陽向、君」


「……っ」


 そう呼んだ瞬間、高坂君——ううん。

 陽向君は、ぱちぱちと瞬きをした。


「……やば」


「え?」


「いや……思ったより、すごかった」


「すごかった?」


「破壊力が」


「破壊力」


 思わず聞き返すと、陽向君は口元を押さえたまま、耳まで真っ赤にしていた。


 その反応が可笑しくて。

 でも、私まで恥ずかしくなって。


 二人して、しばらくまともに目を合わせられなかった。


「……じゃあ」


「うん?」


「これから、そう呼ぶね。……陽向君」


「……うん。ありがとう、星野さん」


 彼はまだ、私のことを星野さんと呼ぶ。


 それが少しだけ寂しいような。

 でも、今の私にはそれくらいがちょうどいいような。


 そんな、不思議な気持ちだった。


 それでも……。

 

 陽向君。

 胸の中でそう呼び直すだけで、今日という一日が、また少し特別なものに変わった気がした。



*   *   *


 夜、稽古場に入ると、いつも通り、ストレッチから始める。


 今日は不思議と身体が軽かった。


「理子、今日いい感じじゃない?」


 休憩中に水分補給をしながら、美咲さんがふと声をかけてきた。


「え、そうですか?」


「うん。動き、キレてたよ。なんかあった?」


「な、何もないですよ! ……ただの、気のせいだと思います」


 慌てて誤魔化しながら、水を一口。

 だけど……口元だけは、どうしても緩んでしまう。

 

 その様子を見た美咲さんは、にやりと笑った。


「ふーん? まあ、いいことがあったなら、それでよし! 良かったね~!」


「そ、そういうんじゃなくてですね……!?」


「はいはい!」


 からかうような視線から逃げるように、私はもう一度稽古場の真ん中へと戻った。


 ……今日という一日を、まだ整理しきれずに胸の中に抱えたまま。

 私は次の一歩を踏み出した。

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