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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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39話

 突然始まってしまったデート……? に、私は半分頭をショートさせながら、高坂君のエスコートに従って隣を歩いていた。


「……あ! 星野さん、これ可愛くない?」


 小さな雑貨屋の前を通りかかった時、高坂君が指さしたのは、小さな動物モチーフのキーホルダーだった。


「……うん、可愛いね」


「星野さんは、こういうの好き?」


「……うーん。好きかと言われたら好きかもだけど、こういうの、付けたりした事ないんだよね」


「なるほどなるほど。犬と猫ならどっち派??」


「犬……かな?」


「お、一緒だ!! 可愛いよね! わんこ!」


(わんこがわんこ好き……)


「ふふっ……そう、だね」


「??」


 なんとなく話しながら、買う訳でもないのに全ての棚を眺めて回る。


 ……不思議な感じ。

 ステラの話がないと、私達はこんな風に、ただ他愛のないことを話すんだ。


 なんだか新鮮で。

 でも、ちゃんと楽しいって思える。


「あ、見て見て! シマエナガのマグカップだ!」


「ふふ、ほんとだ」


「……星野さん、鳥と犬だったら!!」


「犬犬!」


「あはっ! だよねー!! 今まで飼ったりとかは??」


「ううん。忙しいから、あんまり構ってあげられないから、可哀そうかなって思って」


「あー……、確かに。 わんこもしょんぼりしちゃうかも……?」



 彼の日常。私の日常。

 ステラの話をしていないのに、会話が途切れない。

 それがなんだか不思議で、これまで知らなかった彼の日常が、少しずつ見えてくる気がした。


「……」

 

 高坂君は、時々こちらを見て何か言いたそうにしているけど、結局何も言わずに、また視線を棚の商品へと向ける。

 ……そんな仕草を何度か繰り返されていると、嫌でも気付いてしまう。

 

(……こっちから声かけてあげた方がいいのかな?)


 意を決して、また彼が私へと視線を向けている時に、こっちから目を合わせにいった。


「ッ……!」


「……高坂君? どうしたの?」


「あ、えーとっ! な、何がかな??」


「さっきからこっち見てる気がしたから……」


「ッ!! いや……!  なんでもない! なんでもないよっ!!」


 慌てたようにブンブンと首を振って否定する彼。

 ……その様子が可笑しくて。


「ふふ、変な高坂君」


「うっ……」


 私が笑うと、高坂君は何故か赤くなって顔を背けてしまう。


 そんな反応に、私までつられて頬が緩んでしまう。


「ふふっ……ふふふ……!」


「ちょ、ちょっと! 笑い過ぎ!!」


「えー? ふふっ!」


 高坂君は顔を赤くしながら、上気した頬を冷ますように手で仰いでいると、ピタリと手を止めた。


「あ……もうこんな時間! 星野さん! そろそろお昼食べよっか?」


「そうだね。良い時間かも」


「ここの近くにイタリアンの美味しいお店があってね、パスタが美味しいんだよ!」


「え、覚えてたんだ」


「もちろん! ちゃんとお店も調べてきたんだ」


 彼は得意げにそう言って、スマホを取り出して地図アプリを開く。


「……わざわざ、調べてくれたんだ」


「うん!  ……その、星野さんと一緒に食べたかったから」


 ……また、心臓が変な跳ね方をする。


(……もう、ずるい。今日何回目だろう、これ……)


 自分でも呆れてしまう。

 だとしても、止められるものでもない。


「……ありがとう。楽しみ」


 私がそう笑うと、高坂君も嬉しそうに笑い返してくれた。


*   *   *


 高坂君に連れられてやってきた、こじんまりとしたイタリア料理店。

 お昼時という事もあって、近くの会社員や学生で席はそれなりに埋まっていた。


 店員に案内され、窓際の二人席に向かい合って座る。


「なに頼む?」


「んー……。これ、美味しそうかも」


 メニューをそれぞれ覗き込みながら、二人であれこれ悩んで。

 結局それぞれ違うパスタを頼んでシェアすることになった。


 店員が注文を取り終えて厨房へと戻っていったのを見送り、手持ち無沙汰になってしまった私は、手元の冷たいお冷に手を伸ばし、唇を濡らす。


 そのまま料理が運ばれてくるのを静かに待っていると、高坂君がまっすぐに私へ視線を向けて来た。


「……星野さんって、演劇サークルに入ってるんだよね?」


「……? う、うん。学園祭の時は、見に来てくれてありがとう。……改めて、嬉しかった、です」


「こ、こちらこそ!!! 星野さんすっごい綺麗だった!! あのベル……写真撮っておけばよかったってずっと悔やんでて……」


「あはは……ありがとう。……これ、終わった後でみんなで撮った写真だけど」


「え、いいの!? 見せて見せて!!」


 画面に大きく写真を映し出し、彼に見えやすいように机の真ん中に置く。


「こっちが凛……野獣で、こっちが私のベル」


「うわっ、野獣すごい! 舞台も暗かったのと距離があったから分からなかったけど、けっこうモフモフ……?」


「そうなの! 小道具とメイク担当してくれた部員さんの腕が凄くて、本当に野獣だったの!」


「うわぁ……! そ、それに……星野さんのベルも、凄い……綺麗だね」


「っ……あ、ありがとう。……今見ても、私じゃないみたい」


「そんな事ないよ! 星野さんだから、こんなに」


「え……?」


「あああっ!? えっと、違う、いや違わないんだけど!?」


 高坂君は慌てたように水をぐいっと飲み干し――冷たそうに顔を顰めた。


「ふぅ……。星野さんだから、こんなに……その、ベルが本当にいるみたいに見えたっていうか」


「……ベルが?」


「うん。衣装とかメイクもすごかったけど、それだけじゃなくて。声とか、表情とか、立ち方とか……。全部ちゃんとベルだった」


「……」


「だから、写真を見ても思うんだ。やっぱり綺麗だったなって。あの舞台の星野さん」


(……高坂君は、ちゃんと私を見てくれていたんだ)


 思わず、私は黙ってしまう。

 今日ずっとうるさいままだった心臓が、また違う跳ね方をした。

 

 彼が私を目で追ってくれていた嬉しさはもちろんある。

 でも、何より私の胸を打ったのは――役者としての自分を、褒めてもらえた事だった。


「次、星野さんの舞台があったら見に行ってもいい?」


「……え?」


「星野さんが出る舞台、また見たいんだ」


 胸の奥が、じんわりとポカポカしてくる。


 私が出る舞台を見たい。

 彼は今、そう言ってくれた。


 役者として、何より嬉しい言葉……。


「……うん、もちろん! 来てくれたら……嬉しい」


「っ……! 教えてね!! 絶対に見に行くから!! 次の演劇サークルの発表っていつだろう……!」


「えーと……来年の春くらいかな。 新入生向けに短めの演目をやる予定だよ」


「来年かぁ……! まだまだ遠いなぁ」


 ――ズキリ。


 残念がる高坂君を見て、胸の奥に痛みが走る。

 本当は――もっとあなたと会ってるんだよ。

 本当は、ずっと私の舞台を見てるんだよ。


 ……でも、それは伝えたら……彼の夢を壊してしまうから……言えない。



「お待たせしました。こちら、きのことベーコンのクリームパスタと、トマトとモッツァレラのパスタです」


「「っ……!」」


 絶妙なタイミングで店員さんが料理を運んできて、私達は同時に背筋を伸ばした。


 ……た、助かった。


 いや、助かったって何だろう。

 別に何も変な話はしていない。していないはずなのに。


「こちら取り皿になります。ごゆっくりどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 店員さんが去っていくと、テーブルの上には湯気を立てる二皿のパスタが残された。


 クリームソースの優しい香りと、トマトソースの甘酸っぱい匂い。

 さっきまで妙に熱を帯びていた空気が、少しだけ日常へ戻っていく。


「……お、美味しそうだね」


「うん。すごく」


 高坂君が、どこか照れ隠しのようにフォークを手に取る。


「えっと、取り分ける?」


「あ、うん。お願いしてもいい?」


「もちろん!」


 高坂君は張り切って取り皿を手に取った。


 ……のだけど。


「あっ」


 フォークに巻き取ろうとしたパスタが、つるんと逃げる。

 もう一度挑戦するけれど、今度は思ったより多く絡まって、山みたいな量になってしまった。


「……高坂君、もしかして取り分け苦手?」


「い、いや! これはその、パスタが元気すぎるだけで!」


「パスタが元気」


「そう。今日のパスタは活きがいい」


「ふふっ、何それ」


 思わず笑ってしまうと、高坂君も少し照れたように笑った。


「ごめん、ちょっと変な量になった」


「大丈夫。私、結構食べるから」


「え、そうなの?」


「動く仕事してると、お腹すくんだよ」


「ああ、そっか。星野さん、この後も仕事だっていってたもんね」


「……うん。だから、ちゃんと食べとこうって」


「いいね。じゃあ、こっちもいっぱい食べて」


「高坂君、自分の分なくならない?」


「大丈夫大丈夫! 今度はうまくやるから!」


「ふふ、頑張れ~」


 そんな他愛もない話をしながら、二人でパスタを取り分ける。


 フォークでくるくる巻いて、ソースが飛ばないように一口食べると、クリームソースの濃厚な味が口いっぱいに広がった。


「……おいしい」


「ほんと? よかった!」


 高坂君が、自分が作ったわけでもないのに嬉しそうに笑う。


 その顔を見ていると、私まで少し嬉しくなる。


「高坂君、こういうお店よく来るの?」


「うーん、たまにかな。池袋に来ると、いつもはイベントとかショップ優先だから、ちゃんとご飯食べる場所はあんまり詳しくなくて」


「そうなんだ」


「でも今日は……ちゃんと調べた」


「……うん。さっき聞いた」


「あ、そっか」


 高坂君は照れたように笑って、水のグラスを指先で軽く回した。


「その、星野さんがイタリアン好きって言ってたから。せっかくなら、美味しいところがいいなって思って」


「……ありがとう」


 まただ。

 今日の高坂君は、さっきからずっと、私の心臓に悪い。


「……高坂君って」


「うん?」


「ちゃんと、こういうの考えてくれるんだね」


「えっ、俺そんな考えてなさそうに見える!?」


「ううん。そうじゃなくて」


 私はフォークを置いて、少しだけ視線を落とした。


「嬉しいなって、思っただけ」


「……っ」


 今度は高坂君が黙った。

 顔を上げると、彼は分かりやすく耳まで赤くして、口元を片手で隠していた。


「……高坂君?」


「いや、ちょっと待って。今のは、俺が悪い」


「何が?」


「……なんでもないです」


 なぜか敬語になった高坂君がおかしくて、私はまた笑ってしまう。


 ステラの話をしていない。

 ブレイブの話もしていない。


 それなのに、会話が途切れない。

 それなのに、ちゃんと楽しい。


 こんな時間があるなんて、少し前の私は知らなかった。


 彼と一緒にいる理由は、ステラだけじゃなかったんだ。

 そんな当たり前みたいで、でも私にとっては新しい事実が、湯気の向こう側でゆっくりと輪郭を持っていく。


「……星野さん」


「ん?」


「今日、誘ってよかった」


 高坂君が、小さくそう言った。


 真っ直ぐで、少し照れたような声。


 私は一瞬、返事に迷って。


 それから、素直に笑った。


「……私も。来てよかった」


 そう言うと、高坂君は本当に嬉しそうに、くしゃっと笑った。


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