38話
夜、入浴や歯磨き等諸々と済ませてベッドに倒れ込んだ私は、流れるようにスマホを手に取っていた。
未読通知が溜まったメッセージアプリを開き、高坂君からのメッセージを確認する。
『星野さん、今日もお疲れ様! 今度の週末、ステラの新作グッズの先行販売あるんだけど、一緒に行かない??』
……いつもの誘い。
出会った頃から変わらない、ステラの話。
私は少し迷いつつも、せっかくの彼からの誘いを断る事もないと、すぐに返信を打った。
『いいですよ。楽しみにしてます』
さすがにもう遅い時間。明日の朝には返事が来るだろうと、机の上にスマホを置いた瞬間——ブルルッと音と振動を立てて、メッセージの着信を知らせてきた。
まさかと思ってすぐにスマホを取りあげると、高坂君からの返事がもう来ていた。
『やった!! じゃあまた池袋で待ち合わせで!! 星野さんの都合の良い時間、聞いても良い?』
(早っ……!)
慌ててスケジュール帳をめくり、夕方まで自主練の時間だったのを確認して、彼へと返事をする。
『午前中から、夕方くらいまでなら……! でも高坂君もグッズ買うなら、早い方が良いよね……?』
……すぐに既読が付く。
せっかくなので、アプリを閉じずにトーク画面を開いたまま待っていると、案の定すぐに返事が届いた。
『そんな早くなくても大丈夫だと思う!! じゃあ……11時くらいにしておこうか! 星野さんって、好きな料理とかってある??』
(好きな料理……か。どうしよう……無難にイタリアンとか言った方がいいかな? 少し寒いし温かい物だし、いいよね……?)
『11時了解です! 結構何でも食べますけど、イタリアンとかも好きですよ』
『なるほど……! OK!! じゃあまた明日大学で! 遅い時間にごめんね、お休み!』
メッセージの後に、わんこが眠っているスタンプが送られてくる。
それを見て……私はくすっと笑って、ゆっくりと返事を打った。
『こちらこそ、遅い時間に返事してごめんなさい。お休みなさい、また明日……!』
私も、バクが枕を持って手を振っているスタンプを送り、今度こそスマホを机へと置いた。
* * *
そうして、あっという間に当日を迎えてしまった。
待ち合わせ時間よりも余裕をもって、十五分早く到着した私は、折り畳みの手鏡で何度も髪と化粧に崩れが無いか確認していた。
こういう時に、奈央や由美がいてくれると心強かったが、さすがに言い出せず……。過去に教えてもらったナチュラルメイクを必死に思い出しながら施して、待ち合わせ場所のフクロウの銅像前へと足早に歩いていた。
「あれ……?」
もう既に待ち合わせ場所に立っていた高坂君は、いつもの高坂君ではなかった。
いや、顔は同じだ。
あの爽やかな笑顔も、少し眩しいくらいの雰囲気も、ちゃんと高坂君だ。
でも。
いつものブレイブのフルグラTシャツも、タオルも、痛バッグもない。
黒のコートに、白いニット。首元には落ち着いた色のマフラー。
鞄に小さなブレイブのキーホルダーが揺れているのだけが、かろうじていつもの彼らしかった。
(……え。普通に、かっこいい)
そう思った瞬間、私は慌てて視線を逸らした。
(馬鹿。何浮かれてるんだ私。今日も彼の推し活のお供でしょ?)
そう分かっていても、心と裏腹に高鳴ってしまう胸を、深呼吸して落ち着かせて、ゆっくりと彼へと歩み寄っていく。
その途中で、スマホを見ていた高坂君が私に気付き、笑顔を浮かべた。
「っ……! 星野さん、おはよう! 駅の中は温かいけど、外寒かったね……!」
「お、おはよう……高坂君。……今日は、なんか」
「えっ、変!?」
「変じゃないけど……いつもと違うなって」
「あー……その。今日は、外歩くし?」
「あ、ああ!! それで今日も偽装してるの? ほら、その下にブレイブのシャツ着てたりとか」
「……ううん。今日は、してないんだ」
高坂君は照れたように頬をかいて、少しだけ目を逸らした。
「せっかく星野さんと出かけるんだし、普通の格好にしてみた」
「……そっか」
普通の格好。
ただそれだけのはずなのに、心臓が変な音を立てる。
(……だめだ。今日の私、本当にだめだ)
せっかく落ち着かせたはずの心臓が、またうるさいくらいに暴れだしてしまった。
顔が赤くなっていくのを感じ、慌ててマフラーに顔を埋めるようにして、そっと顔を隠した
「じゃあ……行こうか?」
「う、うん!」
彼が歩き出して、私も彼の隣を歩く。
前は大型犬の散歩でもしているかのような、彼の早足に私が付いていっていた。
でも今日は……時々彼が私を見て、私の歩幅に合わせて歩いてくれている。
その小さな優しさにすら、私は心のどこかで喜んでしまっていた。
* * *
やってきたのは、有名なアニメグッズショップ。
駅からこの店へ向かう間に、いつの間にか周囲を歩く人の服装も、纏う雰囲気もガラリと変わっていた。
私……ではなく、高坂君へ熱い視線を送る女の子が多い事多い事。
その視線が、隣を歩く私へ降りてくる度に、冷たい射殺すような光を宿しているのは言うまでもない。
(……分かってるよ、私じゃ高坂君と釣り合ってないって。でも……夢ぐらいみてもいいじゃん……)
「……星野さん?」
「えっあっ!? な、何かな?」
「いや、何か沈んだ顔してたから……。大丈夫?」
(しまった。顔に出てた……!?)
無理やりにぎこちない笑みを浮かべて、咳払いをする。
「ううん。なんでもないから、大丈夫。……それより! グッズの先行販売って——」
「あー、うん! それは、その……」
高坂君がなぜかそわそわと視線を泳がせる。
「……実はもう、朝イチで並んで買っちゃってて」
「え……?」
「だから、今日は……その……。普通に! 星野さんと、遊びたいなって、思って」
歯切れの悪い彼の言葉を、しっかり聞いていたはずだった。
なのに、何故か頭に入ってこない。
理解するまでに、何テンポか遅れてしまう。
「え、えっと……つまり?」
「つまり——今日はステラ関係なく。……その、二人で、出かけたいなって」
……それって。
(……あれ? あれれ??)
まさか、それって。
(……あれえええ!?)
……デート、では!?
これって、デートってことでは!?
頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。
目の前の高坂君はそんな私の大混乱も気付かないまま、とても真剣な顔をしていた。
「……だめ、かな?」
「……っ、だ、だめじゃないです! 全然だめじゃない!!」
慌てて首を振ると、高坂君の顔がぱあっと明るくなった。
「よかった!! じゃあ、行こっか!」
「う、うん!」
……こうして。
私はまったく心の準備のないまま、理解の追いつかないまま。
高坂君の推し活付き添いのはずが、いつの間にか——普通のデートに連れて行かれることになったのだった。




