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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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36話

 ある日の大学での昼休み。

 学食のテーブルで、私達はいつものように四人でお昼を食べている時だった。


「ねえねえ! みんなってクリスマス、何か予定あるの?」


 ふいに奈央がそんな話題を切り出してきた。

 意外にもすぐに反応したのは凛だった。


「んー、私はまだ何も。奈央は?」


「私も未定なんだよねー。でもさ、やっぱ気になる人と過ごせたら、最高じゃない?」


 奈央がきゃっきゃとはしゃぎながら続けた。


「で、で!! ……由美は、いるの? そういう人!」


「えっ!? わ、私!?」

 

 急に振られて、由美が顔を赤くしながら視線を彷徨わせた。


「い、いるっていうか……ちょっと、いいなって思う人は……」


「えーっ! なになに! 誰!?」


「言わない!! 奈央口軽いしっ!! 絶対言わないから!!」


 きゃあきゃあと弾けるように盛り上がる二人。


 ……私は、そんな二人を微笑ましく眺めてながら、うどんを啜っていた。

 隣に座る凛も、静かにお茶を飲みながら、賑やかな会話を聞くともなしに聞いている。


「じゃあじゃあ、理子は!?」


「……え?」


 いつか来るとは思っていたが、案外すぐ飛び火してきた。


「理子はいないの?  気になる人!」


 その問いかけに、私は答えに詰まってしまった。


「……いないよ、そんなの」

 

 反射的にそう答える。

 

 ……そう口にした後で、なぜか——高坂君の笑顔がふっと脳裏をよぎってしまった。


(……え)


 自分でも驚いて、思わず口を噤んでしまう。


「えー? 理子、この前のベルで人気絶対出たでしょ?? 私なら理子を放っておかないね」


「分かるー! 理子ベル可愛かったし美人だったもんねー!!」


「タコベルみたいに言うな」


「ぷふっ」


「ベル……! この奈央王子と結婚してくれるかい?」


「……奈央、私を貰ってくれるんだ?」


「ああ、愛してるよ……ベル……!」


「だめだッ!!」


 突然、凛の声が飛んだ。

 びりっと空気が震えるくらいの鋭い声だった。

 きゃあきゃあとはしゃいでいた奈央と由美がぴたりと動きを止める。


「……り、凛?」


 由美が戸惑ったように瞬きをする。

 それぐらい、凛の声には冗談じゃ済まない何か……切実な響きがあった。


 私も思わず凛の方を見る。

 凛は一瞬、何かをこらえるように口を結び――


「——ベルは、私のものだ」


 ぐいっと凛の腕が、私の肩を引き寄せた。


「わっ……!?」


 あの、低い声。

 舞台の上でも、空き教室での練習でも、何度も聞いた野獣の——凛の声。


「……渡しはしない。誰にも、な」


 凛が私を腕の中に抱いたまま。

 奈央をじろりと睨みつける。

 ……そのあまりにも堂に入った野獣っぷりに。


「——きゃあああーっ!! 出た!! 野獣!!」


「凛かっこいい!! やばい!!  惚れるぅ!!」


 奈央と由美が一斉に沸き立った。


「くっ……! ベルを、返せ、化け物めっ!」


「ふん。……身の程を知れ、人間……!」


「うわーっ! 悔しいっ! ベル、待っててね!!」


 二人共テンションが上がり切って、もう大騒ぎだ。

 さっきの張り詰めた空気なんてどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 

 一方で私は、未だ凛の腕の中でぱちぱちと目を瞬かせていた。

 頭の上から聞こえて来る凛の野獣の声に学園祭を思い出し、思わず笑みが零れてしまう。


「……凛、ノリノリだね?」


 そう笑って、凛の胸へとそのまま体重を預ける。

 凛はほんの一瞬、私を抱く腕の力を強くした。


 「……ふふ。まあね」

 

 いつもの飄々とした顔でそう囁いて、ぱっと私を離した。


(……もう、役者ってほんと。こういうところずるいよなぁ)


 なんて、ぼんやりと思いながら。

 私はまだ少しドキドキしている胸を、こっそりと押さえた。



*   *   *



 夕方。

 大学からそのまま稽古場へ直行した私は、今日も稽古で汗を流していた。


「——はい、もう一回! 頭から!!」


「はいっ!」


 クリスマスに向けた演目の稽古が終わった後は、自主的にファイナルイベントの稽古を続けている。

 それに付き合ってくれる美咲さんには、感謝してもしきれない……。


 もう既に、ブレイブの動きは自分自身の動きといっても過言ではないくらい、身体に染みついてきている。

 でも、まだまだ……。こんなところで満足してしまってはいけない。


 だって、最後のブレイブの晴れ舞台なんだ。

 悔いなんて、一つも残したくない。


 だから私は何度でも繰り返す。

 殺陣も、ダンスも。

 もっともっと、身体の芯まで染み込むように。



「理子、いい感じだったよ! ……あ、でも水分ちゃんと取ってね。この時期、乾燥やばいから」


「はい……っ、ありがとうございます」


 美咲さんに言われ、思ったより喉が渇いていた私は、水筒から麦茶をぐびぐびと飲んでいく。

 カランッと筒内から氷がぶつかる音がする。麦茶は程よく冷えていて、火照った身体を冷ますのに丁度良かった。



 暖房の効いた稽古場は、思ったより乾燥していて、壁際に置かれた加湿器からは白い靄が吐き出されては消えて行く。


 喉を労わりながらも、身体は追い込んでいく。

 ……冬の稽古は、本当に……難しい。



*   *   *



「お疲れ様でした!!」


 稽古を終えて稽古場を出ると、外はもうすっかり夜だった。

 冷たい冬の風がサラサラと髪を揺らし、耳をじわじわと冷やしていく。


 私は荷物を背負い直すと、駅へと続く道を歩き出した。

 

 人通りの少ない道。

 何となく取り出したスマホの電源を入れると、高坂君からのメッセージの通知が山のように溜まっていた。


『速報!! 次のステラ、めっちゃ神回っぽい!!』

『公式が意味深なツイートしてるんだけど!! 見た!?』

『これ絶対、ブレイブ回だって!! 絶対!!』

『あー、日曜が待ち遠しすぎる……!』


 ……彼は相変わらずだ。

 ふふ、と自然に口元が綻んでしまう。


(……本当に、ブレイブのことが、好きなんだなぁ)


 スクロールしながら、一つ一つ読んでいく。

 そして——最後の一行にたどり着いた、その時。


『最近めっちゃ冷えるけど、風邪とか引いてない?』

『星野さん、忙しそうだしさ。……無理しないで、あったかくしてね!』

 

 ――足がぴたりと止まってしまった。


 ……。

 ……なんでだろう。

 その、たった二行のメッセージに、胸がじんわりと熱くなった。

 

 ……いや、分かってる。

 こんなの、きっとただの社交辞令だ。

 

 だって、あの高坂君だ。

 誰にでも優しくて。誰にでも……こういうことが言えて。

 きっと、他の友達にも同じ言葉を送ってる。


 ……深い意味なんて、あるはずないのに。

 


 ……それなのに。

 どうして、こんなに……嬉しいんだろう。




 返信を打とうとして……指が止まる。


(なんて返そう?)


 考えて打って、消して。

 また打って……また、消して。


(……もう。何やってるんだろう、私)


 さんざん悩んで、迷って、考えて。

 結局私は――


『ありがとう。高坂君も、風邪引かないようにね』


 ……そんな当たり障りも可愛げもない一言を送って、スマホをポケットにしまった。

 

 いつも通りの彼からの推し活報告と、ちょっとした世間話。

 本当に、ただそれだけのやり取りなのに。



 駅までの道を歩きながら、私の口元は――ずっと緩んだままだった。


(……何でなんだろう)


 吐く白い息が、夜の空へと溶けていく。

 

(……ちょっと変だ。今日の私)

 

 ……きっと寒いからだ。

 寒くて、身体が変な感じになってるだけ。


 何度も自分に言い聞かせて。

 私は少しだけ歩く足を速めた。



*   *   *



 夜。

 お風呂に入って、髪を乾かして。

 ドサっとベッドに倒れ込んだ、その時。

 ……ふと、昼間のことを思い出した。


『理子はいないの? 気になる人!』


 奈央からの問いかけに……いないって答えた。

 反射的に。当たり前みたいに。


 でも——あの時、無意識のうちに考えていたのは、彼の笑顔だった。


(……高坂君)


 ごろりと寝返りをして、天井を見上げながら、私はゆっくりと考えてみる。


 ……ずっと、蓋をしてきた。

 考えないようにしてきた。

 

 でも——もうそろそろ、ちゃんと向き合わなきゃいけない気がした。

 この気持ちの正体に。



 ……思い返せば、いつからだろう。


 会場で彼とハイタッチを交わした、あの時?

 

 伊豆旅行の朝の海。誰もいない砂浜で、彼と二人きりで話したあの時?


 ……分からない。いつ、どうして、どこでそうなったのか、今でも分からない。

 それでも、いつの間にか……私の中で、何かが始まっていたのかもしれない。


 ブレイブとして舞台に立った時、彼を客席で見つけた時の胸の高鳴り。

 学園祭で、彼が真っ赤になって「綺麗だった」と言ってくれた時の、くすぐったさ。


 学園祭二日目に、彼の隣に知らない女の子がいた時の——あの、棘がささったような痛み。

 

 そして、今日。

 「気になる人」と聞かれて、浮かんだ彼の笑顔。

 

 ……全部。

 全部、繋がっている。

 一つの間違いようのない答えに。



(……私、高坂君の事)


 その先を言葉にしようとして――胸がドクンッと大きく鳴った。


 ……ああ、そっか。

 私、高坂君のこと——好き、なのかもしれない。


 一度そう認めてしまうと、何故かすとんと腑に落ちて。


 ……同時に頬がじわりと熱くなった。




 ……でも。その認めたばかりの気持ちのすぐ隣に、一つの大きな影が差していた。


 ……彼に伝えられない秘密だ。

 

 私が、ステラ・ブレイブの中の人だという秘密。


 もし——もし、この気持ちを前に進めたいなら。

 いつか、私は彼に秘密を打ち明けなきゃいけないんじゃないだろうか。


 彼が、あんなにも愛しているブレイブ。

 その中身が私だと知ったら、彼はどう思うんだろう。


 喜んで、くれる?

 それとも——夢を壊されたと、幻滅する?

 

 考えれば考えるほど答えは出なくて。


(……ずるいなぁ、私)


 好きだって認めたそばから、もう逃げ道を探してる。


(……ううん)


 私は枕を胸元でぎゅっと抱きしめ、目をつぶる。


 ……逃げるのは、やめよう。

 秘密のことは——まだ答えが出せない。

 

 それは、そう。すぐには無理だ。

 


 だとしても、この気持ちからは……もう目を逸らさない。

 

 ちゃんと、向き合う。

 ……それだけは誓おう。

 まずは、そこから始めよう。



 ――その時。

 なぜか……凛の顔が浮かんだ。

 

 彼女のよく浮かべてる切なげな笑み。

 苦しみと悲しみが入り混じったような眼差し。


 凛も、もしかして誰かを想っているのかな。

 言えない気持ちを、抱えているのかな。


 ……私が今感じている、この胸が締めつけられるような苦しさを。

 凛も——どこかで、感じているんだろうか。

 

「……やめよう」


 ……今はまだ、自分のことで精一杯だ。


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