表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/53

35話

 学園祭の熱気も、吹き抜ける秋風と共にどこかへ消え去り、キャンパスはいつも通りの色を取り戻していた。

 

 行き交う学生の顔には、中間試験やレポートの締め切りが近付いているのもあり、浮かない顔をしている人もいれば、冬休みの計画に口元を緩める人など多種多様だった。


 気が付けば街路樹のイチョウも、少しずつ黄色く色付いた葉を落としていて、季節は秋の盛りから、冬の入り口に向かっていた。

 


 街を歩けば、クリスマス一色に染まった街並みが出迎えて来る。……まだ11月なのに。


 ショーウィンドウにはメリークリスマスの文字と、クリスマスリースを思わせる装飾や、LEDのイルミネーションが施され、どこからともなく流れてくるクリスマスソングが、もう冬だぞと言い聞かせてくるようで。


 道行く人の吐く息も、早朝には白くけぶるようになった。



「……早いなぁ」


 マフラーに顔を半分埋めながら、私は時の流れのあまりの速さに、少しだけ驚いていた。


 ついこの間まであんなに暑かったのに。

 時間ってこんなにも、あっという間に過ぎ去ってしまうんだ。



 ただし、私の毎日は季節が変わっても相変わらず慌ただしい。

 ……いや。むしろ前より忙しいくらいだ。

 

 年明けのファイナルイベント。

 ステラ・ブレイブとして立つ、最後の大舞台。

 その稽古は、寒さを消し去るが如く、熱が入っていた。


 劇団の稽古場で、何度も何度も動きを確認する。

 ただ、この時期の稽古は寒さだけが問題じゃなかった。


「ッ……! けほっ!」


 乾燥した稽古場の空気に、喉が少しかすれる。

 

 冬は役者にとって鬼門だ。

 空気が乾けば、簡単に喉をやられる。

 声が出なくなれば、芝居に響く。

 

 そして何より、風邪も恐ろしい。


 だからこの時期は、いつも以上に喉のケアに気を遣う。

 

 常温の水をこまめに飲んで、定期的にうがいを欠かさない。

 外を移動する時はマスクで喉を保湿し、のど飴は鞄に常備しておく。


 一つ一つは地味な対策だけど、身体一つで生きていく役者にとっては、こうした予防も大事な仕事だ。


「理子、無理しないでね。喉乾いたら水飲んでいいからね」


「はい……ありがとうございます、美咲さん」



 そんな毎日を、少しずつ積み上げていた。



 無論、学生の本業たる講義はしっかりと出ているし、レポートも夜な夜な進めている。

 そんな勉強の合間を縫うように、劇団の巡回公演にも立ち続けていた。


 各地のショッピングモールやホールで行われるステラ☆フォースのショー。

 そろそろ冬のイベントシーズン。

 クリスマスに向けて、公演の数もどんどん増えていく。

 

 温かいホールでも、少し肌寒い野外ステージでも、マスクの奥で汗をかきながら、ブレイブを演じた。

 

 そういう公演の時は決まって、私はマスクの狭い視界の中から、こっそりと客席に彼の姿がないか、こっそり探す癖がついてしまっていた。



(……今日も、いるのかな)



 正直、探すまでもないのかもしれない。

 だって彼は、高坂君は筋金入りのステラオタクだ。


 行きやすい関東圏なんて、きっと片っ端から制覇しているに違いない。


 ……現に、この前もメッセージアプリで彼からの報告が届いていた。


『次の週末のモール公演、行ってくる!! 星野さんもどう??』


『群馬の公演も、もちろん参戦してくるよ! レビュー送るね!』

 


 最早私は、彼の追っかけスケジュールを把握しつつある。


(……それ、全部私が出る現場なんだけどなぁ)


 そう思うと、なんだか可笑しくて。

 同時に、そこまでブレイブを追いかけてくれていることが……嬉しくも、あった。




 今日の公演でも案の定。私は客席に彼の姿を見つけていた。


(……あ、いた)


 いつもの赤いブレイブのタオルと、フルグラTシャツ。

 ファンサを求めるうちわにペンライト。 

 舞台に見えるように抱えて持つ痛バとブレイブのぬいぐるみ。


 目を輝かせてステージを見上げている高坂君。

 

 分かってた。分かってたはずなのに。

 彼の姿を見つけた瞬間、トクンと胸が鳴るのを感じてしまった。


 ……もう。

 これじゃ、まるで私が……。

 彼が来るのを楽しみにしてるみたいじゃないか。



(……ううん、違う。これは、その……)


 誰に向けてなのか分からない言い訳を、どうにか探そうとして。

 ……でも、うまく……見つからなくて。


「っ……」


 ……彼が、見ている。

 だったら——最高のブレイブを見せるだけだ。


『絶対、みんなは私が守るからっ!!』


 何度も練習した動き。

 現れたクライゾーへ、私は挑みかかっていった。



*   *   *



 ショーが終わり、恒例のお見送りハイタッチ会が始まる。


 スタッフさんの後に続いて帰り道の通路へやってきた私達ステラ☆フォースは、次々にハイタッチをして来場してくれたお友達を見送っていく。


「ぶれいぶ! かっこよかった!!」


(ありがとう……!)


 声には出せないけど、その代わりしっかり子供達と同じ高さまでしゃがんで、両手でハイタッチをしていく。

 自分よりも小さな手が、白手越しにふんわり触れて離れていく。


「ばいばい! ぶれいぶ!!」


(来てくれてありがとう!)



 子供達に混じって、大きなお友達もやってくる。

 そんなお友達にも、しっかりとファンサも交えてハイタッチをしていく。



「ブレイブだいすきー!」


(ありがと! 私も大好きだよー!)


 しゃがんだまま女の子を見送り、次の人へと視線を向けると、待っていたのは大人のお友達だった。

 立ち上がって視線を合わせる――。


(こ、高坂君だ)


 差し出した私の両手に、彼の手がぽふんと触れていく。

 一瞬の接触でも、彼は感極まったように目をうるうるさせて、声にならない声で「ありがとう」と、口を動かしていた。


(……どういたしまして)


 マスクの奥で、私はそっと微笑みながら、ブレイブの決めポーズを軽く取ってみせる。

 高坂君はスマホのカメラを向けたまま、最高の笑顔を見せてくれた。

 


(……さて、次々!)


 呆けてもいけないし、彼の方にだけ視線を追っても行けない。

 だって、私はブレイブなんだから。


「わーい!! ブレイブだー!!」


(来てくれてありがとう!)


 すぐに気持ちを切り替えて、次の小さなお友達の方へと向き直った。



*   *   *



 その夜。

 案の定、高坂君から怒涛のメッセージが届いた。


『今日のブレイブも、最高だったーーっ!!!』

『ハイタッチしてもらった!! しかもさ!! めっちゃファンサ……っ!! ああああ。もう動画もブレッブレになっちゃって!!』


『動画が送信されました』


『やっぱり、ブレイブはいいなぁ……!』


 メッセージやスタンプ。動画でトーク画面がいっぱいになるほど、彼の興奮は続いていた。

 その一つ一つを読みながら。

 彼の動画で自分自身の動きを振り返りながら。


 私は、ついつい笑ってしまう。


(ブレイブ関係になると、やっぱり相変わらずだなぁ)



『よかったね。そんなに楽しめたなら、何よりだよ』

 

『うん! 本当に!! 星野さんにも見せたかったくらい、今日のブレイブ最高だったよ!』


「っ……」


 彼にそう言って貰えて、純粋に嬉しいのと、恥ずかしいのと……申し訳ない気持ちで、思わず返事を打つ指がピタリと止まる。


『次のショーも、素敵なブレイブに会えるといいね。客席からいつか見てみたいな』



 そう返信を打ってから、私はスマホを枕元に置いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ