35話
学園祭の熱気も、吹き抜ける秋風と共にどこかへ消え去り、キャンパスはいつも通りの色を取り戻していた。
行き交う学生の顔には、中間試験やレポートの締め切りが近付いているのもあり、浮かない顔をしている人もいれば、冬休みの計画に口元を緩める人など多種多様だった。
気が付けば街路樹のイチョウも、少しずつ黄色く色付いた葉を落としていて、季節は秋の盛りから、冬の入り口に向かっていた。
街を歩けば、クリスマス一色に染まった街並みが出迎えて来る。……まだ11月なのに。
ショーウィンドウにはメリークリスマスの文字と、クリスマスリースを思わせる装飾や、LEDのイルミネーションが施され、どこからともなく流れてくるクリスマスソングが、もう冬だぞと言い聞かせてくるようで。
道行く人の吐く息も、早朝には白くけぶるようになった。
「……早いなぁ」
マフラーに顔を半分埋めながら、私は時の流れのあまりの速さに、少しだけ驚いていた。
ついこの間まであんなに暑かったのに。
時間ってこんなにも、あっという間に過ぎ去ってしまうんだ。
ただし、私の毎日は季節が変わっても相変わらず慌ただしい。
……いや。むしろ前より忙しいくらいだ。
年明けのファイナルイベント。
ステラ・ブレイブとして立つ、最後の大舞台。
その稽古は、寒さを消し去るが如く、熱が入っていた。
劇団の稽古場で、何度も何度も動きを確認する。
ただ、この時期の稽古は寒さだけが問題じゃなかった。
「ッ……! けほっ!」
乾燥した稽古場の空気に、喉が少しかすれる。
冬は役者にとって鬼門だ。
空気が乾けば、簡単に喉をやられる。
声が出なくなれば、芝居に響く。
そして何より、風邪も恐ろしい。
だからこの時期は、いつも以上に喉のケアに気を遣う。
常温の水をこまめに飲んで、定期的にうがいを欠かさない。
外を移動する時はマスクで喉を保湿し、のど飴は鞄に常備しておく。
一つ一つは地味な対策だけど、身体一つで生きていく役者にとっては、こうした予防も大事な仕事だ。
「理子、無理しないでね。喉乾いたら水飲んでいいからね」
「はい……ありがとうございます、美咲さん」
そんな毎日を、少しずつ積み上げていた。
無論、学生の本業たる講義はしっかりと出ているし、レポートも夜な夜な進めている。
そんな勉強の合間を縫うように、劇団の巡回公演にも立ち続けていた。
各地のショッピングモールやホールで行われるステラ☆フォースのショー。
そろそろ冬のイベントシーズン。
クリスマスに向けて、公演の数もどんどん増えていく。
温かいホールでも、少し肌寒い野外ステージでも、マスクの奥で汗をかきながら、ブレイブを演じた。
そういう公演の時は決まって、私はマスクの狭い視界の中から、こっそりと客席に彼の姿がないか、こっそり探す癖がついてしまっていた。
(……今日も、いるのかな)
正直、探すまでもないのかもしれない。
だって彼は、高坂君は筋金入りのステラオタクだ。
行きやすい関東圏なんて、きっと片っ端から制覇しているに違いない。
……現に、この前もメッセージアプリで彼からの報告が届いていた。
『次の週末のモール公演、行ってくる!! 星野さんもどう??』
『群馬の公演も、もちろん参戦してくるよ! レビュー送るね!』
最早私は、彼の追っかけスケジュールを把握しつつある。
(……それ、全部私が出る現場なんだけどなぁ)
そう思うと、なんだか可笑しくて。
同時に、そこまでブレイブを追いかけてくれていることが……嬉しくも、あった。
今日の公演でも案の定。私は客席に彼の姿を見つけていた。
(……あ、いた)
いつもの赤いブレイブのタオルと、フルグラTシャツ。
ファンサを求めるうちわにペンライト。
舞台に見えるように抱えて持つ痛バとブレイブのぬいぐるみ。
目を輝かせてステージを見上げている高坂君。
分かってた。分かってたはずなのに。
彼の姿を見つけた瞬間、トクンと胸が鳴るのを感じてしまった。
……もう。
これじゃ、まるで私が……。
彼が来るのを楽しみにしてるみたいじゃないか。
(……ううん、違う。これは、その……)
誰に向けてなのか分からない言い訳を、どうにか探そうとして。
……でも、うまく……見つからなくて。
「っ……」
……彼が、見ている。
だったら——最高のブレイブを見せるだけだ。
『絶対、みんなは私が守るからっ!!』
何度も練習した動き。
現れたクライゾーへ、私は挑みかかっていった。
* * *
ショーが終わり、恒例のお見送りハイタッチ会が始まる。
スタッフさんの後に続いて帰り道の通路へやってきた私達ステラ☆フォースは、次々にハイタッチをして来場してくれたお友達を見送っていく。
「ぶれいぶ! かっこよかった!!」
(ありがとう……!)
声には出せないけど、その代わりしっかり子供達と同じ高さまでしゃがんで、両手でハイタッチをしていく。
自分よりも小さな手が、白手越しにふんわり触れて離れていく。
「ばいばい! ぶれいぶ!!」
(来てくれてありがとう!)
子供達に混じって、大きなお友達もやってくる。
そんなお友達にも、しっかりとファンサも交えてハイタッチをしていく。
「ブレイブだいすきー!」
(ありがと! 私も大好きだよー!)
しゃがんだまま女の子を見送り、次の人へと視線を向けると、待っていたのは大人のお友達だった。
立ち上がって視線を合わせる――。
(こ、高坂君だ)
差し出した私の両手に、彼の手がぽふんと触れていく。
一瞬の接触でも、彼は感極まったように目をうるうるさせて、声にならない声で「ありがとう」と、口を動かしていた。
(……どういたしまして)
マスクの奥で、私はそっと微笑みながら、ブレイブの決めポーズを軽く取ってみせる。
高坂君はスマホのカメラを向けたまま、最高の笑顔を見せてくれた。
(……さて、次々!)
呆けてもいけないし、彼の方にだけ視線を追っても行けない。
だって、私はブレイブなんだから。
「わーい!! ブレイブだー!!」
(来てくれてありがとう!)
すぐに気持ちを切り替えて、次の小さなお友達の方へと向き直った。
* * *
その夜。
案の定、高坂君から怒涛のメッセージが届いた。
『今日のブレイブも、最高だったーーっ!!!』
『ハイタッチしてもらった!! しかもさ!! めっちゃファンサ……っ!! ああああ。もう動画もブレッブレになっちゃって!!』
『動画が送信されました』
『やっぱり、ブレイブはいいなぁ……!』
メッセージやスタンプ。動画でトーク画面がいっぱいになるほど、彼の興奮は続いていた。
その一つ一つを読みながら。
彼の動画で自分自身の動きを振り返りながら。
私は、ついつい笑ってしまう。
(ブレイブ関係になると、やっぱり相変わらずだなぁ)
『よかったね。そんなに楽しめたなら、何よりだよ』
『うん! 本当に!! 星野さんにも見せたかったくらい、今日のブレイブ最高だったよ!』
「っ……」
彼にそう言って貰えて、純粋に嬉しいのと、恥ずかしいのと……申し訳ない気持ちで、思わず返事を打つ指がピタリと止まる。
『次のショーも、素敵なブレイブに会えるといいね。客席からいつか見てみたいな』
そう返信を打ってから、私はスマホを枕元に置いた。




