表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/53

33話

 緞帳が降り切って客席と舞台の間を完全に分かつ。

 その瞬間張り詰めていたものが、ふっ……と緩んだ。

 

(……終わったぁ!)

 

 でもたかが緞帳一枚、厚い布の向こう側には、まだお客さんがいる。

 退場が始まったばかりでワイワイガヤガヤと賑やかだが、私達は大きな声は出せない。

 

 だから私達は声をひそめて……。


「……やった、ね!」

 

 抑えきれない喜びを込めて、誰からともなく手を伸ばし合う。

 ぱちん、ぱちん、と。控えめなハイタッチが舞台裏を飛び交う。

 

 言葉にしなくてもみんなの目が輝いている。


 やり切った、という達成感が、声のないガッツポーズと満面の笑みになって溢れ出していた。

 ……本当に、みんなで掴んだ大成功だった。


「理子」


 声に振り返ると、自分のすぐ近くに凛が立っていた。


「……凛」


 一瞬、身体がこわばる。


 ――さっきのキス。あのまなざし。

 あれを、どう受け止めればいいのか。

 どんな顔で凛と向き合えばいいのか。


 そんな私の逡巡もどこふく風か、凛はいつも通りの微かな微笑みを湛えていた。


「お疲れ様、理子。……本当に凄かったよ」

 

 飄々として、少しだけ照れくさそうな。

 ……さっきのあの熱を帯びた瞳なんて、まるで幻だったみたいに。


「三日であそこまでやるなんて。……やっぱり、理子に頼んで正解だった」


「……凛のおかげだよ。凛がいなかったら絶対無理だった」


 自然といつものやり取りがこぼれる。


 ……ああ、そっか。

 やっぱりあれは、舞台の熱に浮かされたアドリブだったのかもしれない。


 凛も、いつも通り。私も、いつも通り。

 何も変わらない。

 ……だったら、それでいい。


「……あのさ、凛」


「ん?」


「最後の……頬のあれって……」

 

 言いかけて、私は少し迷う。

 でも凛は笑いながら、私の言わなかった言葉を拾って続けた。


「……アドリブ。びっくりした?」


 あっさりとそう言ってのけた。


「や、やっぱり??」


「ベルと野獣の、集大成だからさ。……ちょっとくらい、攻めてもいいかなって」


「もう、心臓に悪いよ……!」


「ふふ、ごめんごめん」


 いつも通りに笑い合う。

 ……ほら、やっぱり。

 深い意味なんて、なかったんだ。

 私はほっと胸を撫で下ろした。


 ……その時、ほんの一瞬。

 笑っている凛の目の奥に、何か——寂しさに似た色がよぎった気がした。


 私がそれを確かめる前に、凛はもういつもの顔に戻っていた。



「はい、みんなお疲れー! でも声はまだ抑えておいてね!」


 部長が小声で、でも嬉しそうにみんなをまとめる。


「演者は着替え!  裏方は、お客さん捌けたら、すぐ片付け入るよ! 次のサークルの出番は二時間後だけど、若干押してるからね!」


 その号令で、みんなが慌ただしく動き出す。


「さ、私達も着替えよう。メイク落とすの大変だよ?」


 そう言って凛はくるりと背を向け、先に舞台袖へと歩いて行ってしまった。


「星野さん、いこ??」


「あ、うん!」


 私も他の演者達と一緒に更衣室へと向かった。


 ベルの村娘の簡易なワンピースを脱ぎ、舞台映えするように濃く施していたメイクを丁寧に落とす。

 鏡の中に——いつもの(星野理子)が戻ってくる。


 ……不思議な感覚だった。

 ついさっきまで、あんなに華やかなベルだったのに。

 今はまた、何の変哲もない地味な私。


 でも、それでも。

 あの舞台でベルとして立った時間は私の中に残っている。


(……いけない。着替えたら早く片付け手伝わなきゃ)


 主役だからって後片付けをしないわけにはいかない。


 みんなが必死に準備してくれた大道具。

 最後までみんなと一緒にやり遂げたい。

 

 未だ浮かれ、沸き立ちながらのんびり着替えて会話を楽しむ女子部員の影で、私は手早く私服に着替えて更衣室を後にした。




 舞台裏に戻ると、裏方の部員達がテキパキと片付けを進めていた。

 階段などの大型な大道具を解体して運び出し、小道具をまとめ、配線類を巻いて片付けている。


 指示を出しながら自身も率先して動いていた部長に声を掛ける。


「部長! お疲れさまでした! 私も手伝います!」


 私の声に部長が振り返り、ふっと笑った。


「いやいや! 星野さんはいいって!  今日の主役を無理に頑張ってくれたんだから!」


「でも……!」


「……それにね」


 部長が軍手を付けたままの手でホールの方を指差した。


「美月さんがロビーで待ってるって。……わざわざ松葉杖で来てくれたんだ。先に顔出してきなよ」


「……美月先輩が」


「うん。片付けはこっちでやっとくからさ。ほら、行った行った!」


 部長がしっしっと、手を振る。

 ……その気遣いがあたたかくて。


「……ありがとうございます! すぐ、戻ってきますね!」


 私はぺこりと頭を下げて、美月先輩の待つロビーへと足を向けた。




*   *   *


 

 まだ大勢の観客達がロビーに留まっていて、ざわざわと興奮冷めやらぬ口調で感想を言い合っていた。その人混みを縫うように歩き、美月先輩の姿を探していると――。



「理子ーっ!!」

 


 私の姿を見つけた奈央と由美が、勢いよく駆け寄ってきた


「めっちゃくちゃ良かったよぉーっ!! 感動したよぉー!!」


「理子、本当に緊急代役なの!? あんなにすごいなんて……! 私、泣いちゃった……!」


 二人共目元を泣き腫らして真っ赤にしている。


「二人共ありがとう……! 来てくれて、嬉しい!」


 感極まってしまって、思わず二人を抱き締める。

 

「うんうん! さっすが理子だね! 生で見れてよかったよ~!」


 二人もそれに応え、優しく抱き留めてくれる。

 そこへ、松葉杖をついた美月先輩もやってきた。


「あ、いたいた! 理子ちゃん!」


「美月先輩……!」


 慌てて二人との抱擁を終えて、美月先輩の元へと歩み寄る。

 先輩は微笑みながら、手を差し出してきた。

 その手を握り、しっかりと握手をして離す。


「しっかり見させてもらったよ。理子ちゃんのベル」


「……どう、でしたか?」


 少し緊張しながらも尋ねる。

 

 自分に出来る限りの、私のベルを演じた。

 先輩の目に、それがどう映ったのか。

 ……自然と脈が速くなった。


「……最高だった!」


 先輩は迷いなくそう言うと、ニッコリと笑みを見せてくれた。


「私のベルとは違う。理子ちゃんのベルだった。……でもそれが凄く良かった!」


「……っ、ありがとう、ございます……!」


 その言葉に、こらえていたものが溢れそうになる。

 それでも胸を張って、しっかりと先輩の目を見つめた。


「一番大きな拍手、送ったからね。……聞こえたかな?」


 いたずらっぽく笑う先輩に、私も笑って頷いた。


「……はい。ちゃんと聞こえてました! 届いてました!!」


「そっか、良かった……!」


 美月先輩がほっとしたように、目を細める。

 その時、彼女も部長に送り出されたのか、私服に着替えた凛がこちらへ歩いてきた。


「お、揃ってるね」


「凛ーっ!!」


 凛の姿を見つけるなり、奈央がぱっと顔を輝かせて、駆け寄っていく。


「野獣、めっっちゃカッコよかった!! あの低い声、反則だってー!!」


「ふふ、ありがと」


「ってか凛、あんな声出るの!? ぞくぞくしたんだけど……!!」


「役作りだよ、役作り」


 飄々と受け流す凛に、由美も興奮した様子で加わる。


「二人のダンスも、やばかったよね!  もう、本物のプリンセスと王子様だった!」


「わかる!! 理子、あんなに綺麗だったっけ!?」


「ちょいちょい。由美ぃー……それ地味に失礼じゃない……?」


「いやほんとに!  いつもの理子と、別人だったって!」


 きゃあきゃあと、話が盛り上がっていく。


 美月先輩まで、「あのダンス、私も見惚れちゃった」なんて言うものだから、みんなの注目が、どんどん、凛へと集まっていった。


「凛のエスコート、完璧だったよね! どこで練習したの!?」


「野獣のメイクも、すごい作り込みだったし!」


 みんなに囲まれて、凛が質問攻めにあっている。


(……こういう時、凛って意外とちゃんと相手するんだ)


 面倒くさそうにしながらも、一つ一つ答えてあげている。

 その様子を、少し離れて微笑ましく眺めていた——その時。


(……ん?)


 ふと、視界の隅。

 賑わうロビーの少し向こうの柱のそばに……高坂君がいた。


 私達を——いや、私の方をチラチラと見ている。

 目が合うと、彼はびくっと肩を跳ねさせ、何か言いたそうにそわそわと視線を泳がせていた。


(……高坂君?)


 まさか今ブレイブの話をする訳がない……はず。……うん、ないない。


 いつもの彼なら、爽やかスマイルを浮かべつつ――『星野さんお疲れ様ーっ! 良かったよー!』なんて言いながら入って来るはず。

 なのに何故か、今日はやってこない。


(……たまには、こっちから行ってみようかな)



 私はちらりとみんなの方をうかがう。


「——でさ、あの殺陣のシーン! 凛めっちゃ野獣だったよね!」


「ねー! 敢えて喋らないで吠える所とかさ! 鳥肌立った!!」


 話題はまだまだ凛で持ちきりだ。

 みんなの視線は、すっかり凛に釘付けになっている。

 ……今なら。


「……ちょっと、お手洗い行ってくるね」


 誰にともなくそう呟いて、私はそっと輪から外れた。

 その時、凛と一瞬だけ目が合った気がした。

 けれど凛は何も言わず、一度だけ静かに目を伏せた。



 賑やかな声を背中に受けながら。

 凛がみんなに囲まれている、その隙に。

 

 私は、柱の傍で佇む彼の元へと歩み寄っていった。





 私が近付いていくと、高坂君は待ちきれなかったように、ぴょこっと柱の陰から出てきた。


「星野さん……! お疲れ様!」


「高坂君。……見に来てくれて、ありがとう」


「あー、うん! こちらこそ、教えてくれてありがとう!! 本当に来てよかったというか……その、えっと……」


 高坂君は、なぜかそわそわしていて、私とまともに目を合わせようとしない。


「舞台、その……凄く良かった。……ッて、そうだよ!! 主役じゃん! ベルやるなら教えてよ!?」


「ふふっ、実はあのベルも急に決まった代役だったから。本当に最初は村娘役だったんだよ?」


「そ、そうなの? ……星野さんがあんなに芝居できるなんて、思わなくて……その、びっくりして……」


 言葉の歯切れが悪い。

 いつもの、ステラのことをマシンガンみたいに語るあの高坂君らしくない。


「……ベルの、星野さん……さ」


 そこで、高坂君は一度言葉を切って。

 ぐっと何かを飲み込むように息を吸って。


「……凄く、綺麗だった」


 その一言を、絞り出すように言った。

 そして、みるみるうちに耳まで真っ赤にして俯いてしまう。


(……え?)


 今度は——私の方が、ドキッとしてしまった。

 

 ……舞台の上から見た、ぽかんと惚けていた彼の顔。

 そして、今。耳まで赤くして、俯いている彼。


 ……なんだろう、これ。

 何だか——凛とのダンスの時に感じたくすぐったさが、また胸の奥でふわりと広がっていく。


「……ふふ。そっか、ありがとう。高坂君」



 私がそう微笑むと。

 高坂君は、ますます赤くなって視線を泳がせていく。


「い、いや! ほんとに! 凄かったからさ!!  心の底から、そう思ったんだ!! ……あーもう、語彙力ッ!!」


 ブンブンと頭を振って呻く慌てぶりが、本当に可笑しくて。


「ふふっ……あはははっ!」


 私はつい声を上げて笑ってしまった。

 こんな彼の一面を見るのは初めてだったし、彼に自分のベルを、演技を見て貰えた。その喜びもあったから。



 

 胸に灯った温かさと、この胸のざわめきの正体に、私はまだ——気付かないフリをしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ