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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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26/53

25話

 ――夜公演の客席は、昼とは空気がまるで違った。

 子供達の甲高い歓声の代わりに、地鳴りのような大人の歓声と熱気で満たされ、開演の時を今か今かと待ち受けている。

 

 子供向けの光る玩具とは異なる、ライブ用の公式ペンライトがそれぞれのキャラクターカラーに光って、客席が星空みたいに揺れている。


 夜の部は、ダンスこそ禁止だが声出しは解禁。大きなお友達達が、本気でステラ☆フォースを応援しに来る回だ。



(……すごい熱気)


 モニター越しに見る客席に、思わず気圧されそうになる。

 あの光の海の、三列目。

 そのどこかに——高坂君が、いる。


 ……大丈夫。昼を、やりきったんだ。今更何を緊張する事があるんだ、私。



「——スタンバイ、お願いします!」


 スタッフの声に、私はマスクの奥で、深く息を吸った。


 星野理子を、奥へ。

 ステラ・ブレイブを、前へ。



 幕が上がり、再び数千人の歓声が津波の如く押し寄せて私達へと浴びせかけていく。

 昼よりも低く、太く、地響きのような声援達。


「ブレイブーっ!!!」

「うおおおお!!!」


 名乗りを上げ、キメポーズを取った瞬間、会場が爆発したように沸いた。

 その熱量に呑まれそうになりながら、私は懸命にブレイブであり続ける。

 


 その後もダンスを踊る度、ショーパートでブレイブらしい派手な殺陣を決める度、赤いペンライトの波が大きく揺れる。


(……すごい! みんな、こんなに……!)


 そして——ふと、視線を客席に巡らせた、その時だった。

 中央から左側の三列目に立つ、全身を赤一色で固めた人影。

 ブレイブのタオルを首から下げ、赤いペンライトを握りしめ、最高の笑顔を浮かべて叫んでいる人。

 

(……いた)


 ……間違いない。高坂君だ。

 

 マスクの奥で、心臓がどくんと跳ねた。

 きっと、彼は気付いていない。

 ブレイブの中にいるのが、私だなんて。

 

 ただ純粋に、心の底からブレイブに——私に、声援を送っている。


(……ありがとう)


 私はマスクの中で、ひっそりと笑みを浮かべた。



*   *   *




 ショーが中盤に差し掛かり、いよいよ、あの演出が始まる。

 逃げた怪人を追って舞台袖へ走り抜けた後、通路を通って客席通路へステラ達が降りて戦うシーン。


 客席脇の扉から姿を現した瞬間、歓声が爆発した。


「来たーっ!!」

「ブレイブーッ!!」


 ペンライトを振り、手を振る観客達。

 その間を走り抜けて、怪人と殺陣を行う。

 お客さんに当たらないように、それでも動きが縮こまらないように、キレ味だけは残して。


 

 更に逃げ出した怪人がステージへの通路を駆け抜け、階段を登りステージ上へ逃げていく。

 続けて私も追いかけて通路を走り抜けていく。


(……っ)


 視界にこちらを振り向いて目を見開く高坂君の姿が映る。

 手を伸ばせば、届きそうな距離。

 高坂君は、私に——ブレイブに気付いて、声にならない声を上げていた。

 涙すら浮かべて、ただ一心に、こちらを見ている。

 その目がまっすぐに、私を捉えていた。


 マスク越しに、目が合った——気がした。

 

 もちろん、彼に私の顔は見えない。

 マスクの奥の、星野理子なんて、見えるはずもない。

 

 彼が見ているのは、あくまでブレイブだ。

 

 ……でも。


(……見ててくれて、ありがとう)


 戦闘中故にファンサは出来ないが、自分が走り抜ける際に起きる風は、もしかしたら届いていたかもしれない。


 そのまま自分もステージ上へ駆け上り、ドリームとホープと合流する。


 追い詰めた怪人達へ、三人の必殺技であるステラ・トリニティ・バーストが炸裂する。

 怪人がスモークの中に倒れて退場し、会場が割れんばかりの拍手に包まれた。




 私は、彼の方へ——いや、彼を含めた、その一帯のファンへ。

 ブレイブのキメポーズで、力いっぱいのファンサを返した。

 拳を、まっすぐ突き上げる。


『応援、ありがとう……!!』


 声には、出せないけれど。

 想いを込めて、マスクの奥で笑う。

 高坂君が——彼が、両手で口を覆って、感極まったように天を仰いだのが見えた。


(……届いた)

 


 胸が、熱くて、苦しくて、いっぱいだった。

 ステラの一人として、皆に届けられる勇気を、夢を、希望を、確かに届けられた気がした。



*   *   *



 まだまだライブは終わらない。

 アクションショーは、あくまでこの大きなライブの、一幕にすぎないのだから。


 怪人を退けた後、私達は一度舞台袖へとはける。

 入れ替わりに、再び歌手さん達がステージへ。

 

 歌手さん達の持ち歌であるステラ☆フォースのイメージソングの歌唱が続き、会場のペンライトが一斉に揺れる。

 

 大人達による絶叫に近い力強いコール&レスポンスが、ホール全体を震わせていた。

 続けて声優さん達による、それぞれのキャラクターソングの歌唱に合わせて、担当しているステラがダンスする。

 

 私もまなかさんの歌に合わせて、ブレイブらしいアップテンポの曲をバッチリダンスを終えた。

 終わった後に一階席だけでなく二階席にも、しっかりとキメポーズとファンサを忘れずに。



 その後も声優陣によるトークや、生アフレコのコーナー。

 まなかさん達が、その場でブレイブたちの声を吹き込むと、会場から「おおおっ」と感嘆の声が上がる。


(……まなかさんの声、やっぱり素敵だなぁ)


 舞台袖でモニターを見ながら、私はそっと思う。

 私が身体を動かすブレイブに、まなかさんが声を吹き込む。

 歌手さんが、ブレイブの世界を歌い上げる。


 ……一人ひとりが、それぞれの場所で、全力で『ステラ☆フォース』の世界を届けている。

 誰か一人だけが主役なんじゃない。

 ここにいる全員が、主役なんだ……!




 そして——ライブは、いよいよ大団円へ。

 フィナーレの曲が流れ始め、出演者全員が、ステージへと集う。

 アクターも、声優も、歌手も。

 私達ステラ・ブレイブ、ドリーム、ホープが中央に立ち、その周りを、まなかさん達声優陣と、歌手さん達が囲む。


 数千本のペンライトが、色とりどりに揺れる光の海。

 その全部が、私達に向けられている。


 最後の合唱が、会場を包み込んだ。

 子供も、大人も、ステージの上の私達も。

 全員が一つになって、一つの歌を彩り作り上げていく。



 マスクの奥で、私は、込み上げるものをぐっと堪えた。

 この光景の中に、私は——憧れだったステラの一人。ブレイブとして、立っている。

 子供の頃から、夢にまで見た……この場所に。


 面の中はもう、汗と涙でぐしゃぐしゃで、拭う事も出来ない。

 ぼやける視界の中でも、ぼんやりと煌めくスポットライトの光を頼りに最後まで踊り切った。



 曲が終わり、出演者全員で、客席に向かって深く一礼する。

 割れんばかりの拍手と歓声が、いつまでも鳴り止まなかった。

 ゆっくりと、幕が降りていく。

 その向こうの熱気を全身で感じながら——私は、二公演を、完走したのだった。



*   *   *



 楽屋に戻り、マスクを外すと、もう立っていられないくらいの疲労が、どっと押し寄せてきた。


「終わったぁ……」

「終わったねぇ……」

「お疲れ様……」


 それぞれ面を脱いだ檜山さんと横井さんも、ふらふらとペットボトルを手に椅子に座り込んでいる。

 もうこれ以上の言葉を続けるのも億劫だとばかりに浴びるようにスポーツドリンクを嚥下していく。


 ようやく一息ついて、それぞれのガワを脱ぐのを手伝い合い、着替えていると楽屋のドアがノックされる。


「お疲れ様ぁ〜!! 理子ちゃん、最高だったよ!!」


 まなかさんがブレイブの衣装そのままに楽屋に現れて、ぎゅっと抱きついてきた。


「ま、まなかさん……! お疲れ様です!」


「ブレイブの動き、ほんっとにかっこよかった! 私の声、あの身体に乗せられて幸せだったぁ〜!」


「……っ、こちらこそです。まなかさんの声があったから、私、ブレイブでいられました」


 声と、身体。

 二人で一人の、ブレイブ。

 その片割れと笑い合えたことが、なんだか、たまらなく嬉しかった。


「どうもー、お疲れ様です!」


「お疲れ様でーす!」


 こはるさんとあおいさんも手を振りながら楽屋へとやってきて、それぞれハイタッチを交わしていく。

 声優とアクター。演じる内容は違えど、二人で一つのキャラクターを生み出していた者同士、感慨深いものがある。

 

 楽屋に用意されていたケータリングのドリンクをまなかさん達にも渡し、乾杯をして、一緒に写真も撮って、無事に終わった事へのささやかな打ち上げが始まった。



*   *   *



 一通り片付けを終えて、会場を出る頃には、もうすっかり夜遅くになっていた。

 会場を裏口から出て、駅へと向かう道を歩く際に正面入口の方へ振り返ってみると、未だ会場近くで盛り上がっているファンの姿が見えた。



 全身は鉛のように重いのに、心は、不思議と軽い。

 帰りの電車に揺られながら、スマホを開くと——案の定、高坂君から、怒涛のメッセージが届いていた。


『ライブ最高だったーーーっ!!!!』

『やばい語彙力消し飛んだ とにかくやばかった』

『夜公演、ブレイブが俺のすぐ近く通ったんだよ!? マジで心臓止まるかと思った……!!』

『あの瞬間、一生忘れない』


 画面いっぱいに並ぶ、彼の興奮。

 ……相変わらずのすごい熱量と勢いに、私はつい、ふっと笑ってしまった。



(それ、私なんだけどなぁ)


 そう思うと、なんだか可笑しくて。

 それと同時に、ほんの少しだけ、くすぐったいような、もどかしいような。

 ……うまく言葉にできない感覚が、胸の隅にちらりと浮かんで、すぐに消えた。


 本当の事を知ったら、彼はどんな顔をするだろう。

 ……なんて、考えても仕方ないことだけど。


『よかったね。そんなに楽しめたなら、行った甲斐があったね』


 当たり障りのない返信を打って、私はスマホを膝に置いた。

 窓の外を、夜の街明かりが流れていく。

 

 

 今日のことは、きっと忘れない。

 ブレイブとして立った、一番大きな一日。

 ……それを、彼がこんなにも喜んでくれたことも、含めて。

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