24話
舞台袖の暗がりで、緊張から浅くなりかけていた息をしっかりと整える。
幕の向こうから、多くの人々の騒めきと、開演を待つ熱気が伝わってくる。
会場全体が、今か今かと私達ステラ☆フォースの登場を待っている。
照明がふっと落ち、流れていた劇中のBGMの音が大きくなっていく。
それに伴って会場に飛び交っていた子供達の歓声も大きくなり、口々に「ステラぁーっ!!」と私達を呼ぶ声が聞こえて来る。
そして——壮大なオープニングの音楽が、大ホールいっぱいに鳴り響いた。
まず流れるのは、このライブの為に新規作成された短編アニメーション。
ステラの少女達が、このライブ会場にやってきて、みんなと歌って踊る――それまでのお話。
出番を舞台袖で待っている間、面越しの狭い視界を誰かの手がヒラヒラと踊る。
その手の主へと視線を向けると、そこに立っていたのはステラ・ブレイブ役の声優である『朝倉 まなか』さんだった。
「ブレイブ、今日は楽しもうねっ!」
「……っ!」
いくら舞台袖と言えど、もう今の状態で声を出すのはご法度である為、ボディランゲージ――全力の頷きとガッツポーズで応える。
薄暗い中でも、まなかさんのブレイブ姿の衣装は可愛らしさとカッコよさが相まって、彼女の魅力を引き立てていた。
まなかさんとはこのライブが決まった時から何度か顔も合わせていて、裏でもよくおしゃべりをする仲でもある。
まだ新人声優なのに今年のステラ☆フォースの座長を務めていて、主役を張れる華と、現場をぱっと明るくする人懐っこさが素敵な人だ。
ホープとドリームの方を見れば、同じようにそれぞれ声優の『七瀬 こはる』さんと『望月 あおい』さんが声をかけて気合いを入れ合っている。
「じゃあ、ブレイブ!」
「……!」
「いってらっしゃい!」
まなかさんに差し出された両手と、ポフンと白手越しにハイタッチを交わし、舞台袖ギリギリの所定の位置に立つ。すぐ隣にはドリームとホープの姿。
ステージの巨大なスクリーンには変身バンクのアニメーションとBGMが流れ始め、煌びやかな照明も落とされてスモークが焚かれ始める。
(いくよ!)
左右に立つ二人と顔を見合わせ、三人同時に駆け出していく。
スモークを突き抜け、レーザーが交差する光の中へ——。
『どんな時でも、誰かの笑顔のために! 守り抜く勇気の星! ステラ・ブレイブ!』
『あなたの夢が、私の力! 彩る夢の星! ステラ・ドリーム!』
『信じる力は闇夜を照らす! 導く希望の星! ステラ・ホープ!』
『『『星の輝きをあなたへ! ステラ☆フォース!!』』』
三人で、ぴたりと決めポーズを取る。
――その瞬間。
「「「わぁぁぁぁーっ!!!」」」
数千人の歓声が、津波のように押し寄せてきた。
昼の部はやはり子供が多いのか、耳を劈くような高い叫び声。中には大きな音や歓声にびっくりしたのか、泣き声も混ざって聞こえて来る。
それでも、歓喜の声の滝に飛び込んだ気分だった。
(……これだ。この瞬間のために、私は——夏中、もがいてきたんだ)
続けて主題歌を歌う歌手さん達が登場し、盛り上がった勢いに乗ってOP曲を歌唱していく。
私達は時々場所を入れ替わりながらもダンスを踊り切り、曲が終わったタイミングで一度舞台裏へとはけていく。
続けて歌手さん達が何曲か歌った後、いよいよ声優さん達の出番だ。
舞台では、声優さん達のトークコーナーが始まっていた。
まなかさん達が子供達に語りかけ、会場をあたたかく沸かせている。
その間、私達アクターは一度舞台裏で呼吸を整え、次の出番に備える。
タオルで汗を拭い、ぐいっと水分を……取りたいけれど、マスクは外せない。
公演中は、給水の隙がほとんどない。故に、気合いと根性で乗り切るしかなかった。
「——次、ステラさん出番です! スタンバイお願いします!!」
スタッフの声に、私はマスクの奥で、すっと意識を切り替える。
もう一度、星野理子を奥へ仕舞い込んで、ステラ・ブレイブとして、舞台へ。
* * *
子供達からの大歓声と共に再び舞台へと躍り出た私達は、アニメと変わらぬ掛け合いをしたり、MCのお姉さんと協力して〇×クイズをしたり。
更にはダンスレッスンも行ったりして子供達との交流を深めていく。
でも突然、暗黒星雲団の怪人が、会場に現れる。
子供達の「きゃーっ!」という声と、「ステラ、がんばれー!」の声援が飛び交う。
その声を背に受けながら、私達は怪人と対峙した。
夏の間、何百回と繰り返した殺陣。
重心を低く、踏み込みを深く。拳を振り抜き、回し蹴りを放つ。
大きな会場だからこそ、動きは大きく、はっきりと。
最後列の席の子にも、ちゃんと「戦っている」と伝わるように。
檜山さんのドリーム、横井さんのホープと連携し、技を繰り出すたびに、会場が沸く。
……気持ち良い。
動きが噛み合って、客席の熱が返ってくる。この感覚のために、私はここにいる。
ふと、客席に視線を巡らせる。 もしかしたら、高坂君が見つかるかもしれない。
……でも当然、彼を見つけることはできなかった。
数千人の中の、たった一人。
三列目に視線を飛ばしてみたが、その姿は見えない。
(……ここのどこかには、いるんだよね)
マスク越しに、私は客席全体を見渡す。
最前列の子供も、後方の席の大きなお友達も。
みんな、目をキラキラさせて、ブレイブを見上げている。
あの中のどこかに彼がいる。だったら——全員に、届ければいい。
彼がどこにいても、私のブレイブが、ちゃんと届くように。
(全ては、誰かの笑顔のために――!)
それが、ブレイブの——私の、誓いだから。
ショーは大団円を迎え、ステラ・トリニティ・バーストが炸裂する。
怪人が倒れ、会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
最後のダンスを踊り、客席に手を振る。
子供達が、力いっぱい手を振り返してくれる。
その光景に、マスクの奥で、思わず涙ぐみそうになった。
……届いた。ちゃんと、届いたんだ。
幕が、ゆっくりと降りていく。
その最後の一瞬まで、私はブレイブであり続けた。
* * *
舞台袖に戻ると、どっと汗が噴き出した。
「ステラさん達、お疲れ様ですー!」
「……っ!」
スタッフさんに付き添われて楽屋に戻り、ようやく一度面を外すと、こもっていた熱が一気に逃げて、全身から力が抜ける。
髪も、インナーも、汗でぐっしょりだった。
「ふぅ……」
檜山さんと横井さんも、汗だくでタオルで顔を覆ってクールダウンしている。
「昼公演、いい感じでしたね! お客さんめちゃくちゃ盛り上がってました!」
檜山さんが、汗を拭きながら笑いかけてくれる。
「うん。星野さんのブレイブ、やっぱりキレッキレで、子供達ももう釘付けだったよ」
横井さんもクールに微笑みを浮かべ、冷たいスポーツドリンクを一気に呷った。
「ありがとうございます……! お二人のおかげです」
無事に成し遂げた達成感で、今は胸がいっぱいだった。
でも——まだ、終わりじゃない。
時計を見る。夜公演まで、あと数時間。
それまでにしっかり休んで、水分を取って、身体を回復させなきゃ。
……そして、夜公演。
ふと、高坂君のメッセージを思い出す。
『前から三列目!!』
……あれは、夜の席だったはず。
昼は分からなかったけれど、夜は——きっと三列目にいる。
三列目という至近距離で、彼が……私のブレイブを見つめる。
(……だい、じょうぶ。だよね)
高鳴り始めた胸を、そっと押さえる。
昼公演を、やりきったんだ。
夜だってできる。……できるはず。
冷たいスポーツドリンクをぐいっと飲み干して、私は深く息を吐いた。




