22話
ゴォーっと風の音と環境音と共に、今回の物語の舞台の島が遠くから映し出される。
その瞬間——隣の高坂君の背筋が、しゃきっと伸びたのがわかった。
目は、完全にスクリーンに釘付け。
まばたきすら惜しむような、ガンギマリの目。
(うわ)
でも——人のことは、言えなかった。
何故なら、気が付けば私も座席から少し身を乗り出して、食い入るようにスクリーンを見つめていたから。
物語が始まる。
最初は、視聴者だけが分かる異変の始まり。
そこから場面が変わり、いつものステラ☆フォースのキラキラした世界が、大画面いっぱいに広がっていた。
ステラブレイブに変身する少女―—ゆきが、訪れた島の浜辺をはしゃぎながら走り回る場面。
そのシーンになった瞬間、背もたれに身を預けていた高坂君も少し身を乗り出す。
食い入るようにゆきが走り回るシーンを二人して見つめていた。
……でも、私の見方は、隣の高坂君とは少し違う。
ゆきが画面に現れた瞬間から、私の目は、彼女の動きだけを追っていた。
ゆきとブレイブの動きは、身体能力の差もあって少し違う。
でもゆきの動きの延長線上にブレイブの動きがある。だからこそ、見逃す事は出来ない。
* * *
物語も佳境に差し掛かり、ステラに変身した三人が怪人と戦うシーンが始まり、私は瞬きを忘れてブレイブの動きだけを目で追った。
(あの踏み込み……重心、低い。なるほど、劇場版だとここまで攻めるのか)
(手の伸ばし方がテレビ版より大きい……? いや、これは画面が大きい分、それくらいの方が映えるからそう作画されてるだけ……?)
一つ一つの動作を、頭の中で分解して、自分の身体と照らし合わせていく。
最早物語を楽しむというより、これはもう完全に勉強だった。
稽古で繰り返している振り付けと同じ動きが出てくる度に、心の中で答え合わせをする。
(ここ、合ってるね。良かった。……あ、でもこの角度の方が綺麗かも。次の稽古で試そう)
物語は、いよいよ終盤。
ブレイブが、ドリームが、ホープが。満身創痍になりながらも、誰かの為に立ち上がる。
その姿に、客席のあちこちから応援する子供達の声が聞こえてくる。
そして——隣からは。
「……っ、ぐすっ」
ちらりと横を見ると、高坂君が、ぼろぼろと涙を流していた。
何度も観ているはずなのに。展開だって全部知っているはずなのに。
それでも、こんなにも真っ直ぐに、心を動かされている。
(……本当に、好きなんだなぁ)
その横顔を見ていたら、何だか私の胸まで熱くなり、思わず笑みが浮かんでしまう。
暗い劇場内ではあるが、彼に悟られないように、私はそっと前に向き直る。
スクリーンの中でブレイブが笑っていた。
その笑顔を、私はいつか、自分の手で——届けたいと思った。
そしてエンディング曲が流れ、過去の先輩ステラ達と踊るステラ☆フォース達。
笑顔のブレイブが軽やかにダンスする姿。
毎日毎日、身体に叩き込んでいるあの振り付け。
その本家が、今……目の前で踊られている。
「……っ、ここ……!!」
隣で、高坂君が小さく声を漏らした。
拳を握りしめて、感極まったように画面を見つめている。
「このダンス、マジで神なんだよ……!」
(……うん。知ってる)
心の中で、そっと相槌を打つ。
(このターン、何回も転びかけた。この決めポーズも、指先まで意識しろって美咲さんに何度も言われた所)
彼が『神』と崇めている、その一秒一秒を。
私は今、自分の身体で再現しようと、必死にもがいている。
彼が愛しているものを、私が再現し、演じる。
……それは、不思議な気持ちだった。
誇らしいような、くすぐったいような。
だが、それと同時に隣に座る彼をだましているような気がして……少しだけ胸がチクリと痛んだ。
エンドロールが流れ終わり、照明がぼんやりと戻ってくる。
高坂君が、慌てたように目元をぬぐった。
「……あー、やば。また泣いちゃった」
「ふふ、十四回観ても泣くんですね」
「だってさぁ……良い話でしょ?? しょうがないじゃん」
照れたように笑う彼に、私もつられて笑う。
(来て、良かった)
はっきりとそう思える。正直もう一度見てもいいくらい。
人の流れに乗り、出口へとゆっくり歩いて進んでいく。
途中、親の手を引きながら興奮するように「楽しかった!!!」とはしゃぐ子供達を見て、またしてもぐっと胸が熱くなっていった。
(……私も、頑張らないと)
* * *
映画館を出ると、外はフライパンの上にいるかのように灼熱の空気を漂わせていた。
薄暗く涼しい劇場に慣れた身体には、中々厳しい物がある。
「いやー、よかった……! 何回観ても泣ける……」
「十四回目でも、ですもんね」
「それはもう! ニ十回でも三十回でも、泣く自信あるねっ!!」
「ほんとですかぁ?」
二人で笑いながら、極力日陰を通って駅の方へ歩いていく。
「ね、星野さん。この後ちょっと時間ある? よかったらお茶でもどう? 映画の感想、もっと語りたくて!」
「……うん。午後の稽古まで、まだ少しあるから」
「やった! じゃあ、いいとこあるんだ。こっちこっち!」
彼が案内してくれたのは、駅の近くの小さな喫茶店だった。
落ち着いた照明と、コーヒーのいい香り。
壁に設置された棚には、所狭しと焙煎されたコーヒー豆の入ったガラス瓶が並び、年季の入った業務用の電動コーヒーミルが鈍い輝きを放っている。
きょろきょろと私が店内を見回している間に、高坂君は年配の店主らしき人と挨拶を交わしていて、少し談笑した後に窓際の席へと案内された。
「俺、ここのケーキ好きでさ。たまに一人で来るんだ」
「へえ……、意外。一人で喫茶店行くんですね」
「映画の余韻に浸りたい時とかね! ステラ観た後とか、いつもここに来るんだ。……ここなら、誰にも邪魔されないからね」
少し自嘲気味に笑うと、高坂君はメニューを広げて渡してくれる。
少し無言のまま、二人でケーキを選ぶ。
私はベイクドチーズケーキとアイスコーヒーを、彼はモンブランとホットのブレンドコーヒーを頼んだ。
……本当はカロリーが気になるけれど、今日くらいは良いよねと、自分を納得させて。
コーヒーとケーキを運んできた店員を見送った後。
待ってましたと言わんばかりに高坂君が目を輝かせ、映画の話を始めた。
「早速だけど、終盤のブレイブが傷付きながらも立ち上がるシーンあったじゃん? あそこ、何がすごいってさ!!」
堰を切ったように、感想が溢れ出してくる。
私はコーヒーをストローで飲みながら、その熱量を微笑ましく聞いていた。
「星野さんはどうだった? どのシーンが一番グッときた?」
「……私は、そうだなぁ」
本当は、ブレイブの殺陣シーンと言いたくなるのを、ぐっと堪える。
アニメ本編よりもじっくり時間を割けて、尚且つステラ☆フォースの三人では手に負えない強力な敵。
そこに駆け付ける過去シリーズの先輩ステラとの共闘……。
普段の三人の連携とは異なる、ダイナミックな動きの連携技。
そんなマニアックな感想を言えば、きっと高坂君は喜ぶだろう。
……でも。
「……みんなで踊る、エンディングのところ、かな」
敢えて、当たり障りのない所を上げる事にした。
「わかる!! あのダンス、ほんと最高だよね!!」
それでも彼の目は輝きを増し、マシンガンの如く熱い語りが続けられていく。
(……そうだね。私も、あのダンス、好きだよ)
毎日必死に練習しているあの振り付け。
本家を見られた感動は間違いなくて……。
だから、その気持ちは嘘じゃなかった。
ひとしきり映画の話で盛り上がった後、ふと高坂君が思い出したように切り出した。
「あ、そうだ! 来月ステラの大型ライブあるの知ってるよね!?」
大型ライブ――その単語にぴくっとフォークを持つ手が止まる。
「……うん。知ってますよ」
「俺、チケット取れたんだ! しかもけっこう前の方の席!! もう今年分の運使っちゃった感があってさぁ~!!」
高坂君は話しながらスマホを操作して、チケットの抽選結果と席番号を私に見せ、笑いが止まらないとばかりに全力のドヤ顔を見せる。
「声優さんの生歌に合わせてステラ達が踊るんだって! ぜっっったい良いから! もうたまらねぇぜっ!! て叫びたいくらい!」
「どうどう。 落ち着いて」
「あっ……」
半笑いの私の顔を見て我に返った高坂君は、大きく深呼吸をしてからコーヒーを一口。
(……あ、凄い顔。ブラック飲めないんだ?)
高坂君は、ぎゅっと顔を顰めた後にミルクと砂糖をドパドパと入れてかき回しながら咳払いを一つ。
「ちなみにだけど……星野さんもチケット取れてる?? 取れてたら一緒に行きたいな……?」
「あー……えっと……」
私は視線を方々に向け、最終的に手元のアイスコーヒーへと戻す。
(私、そこで踊るんだよ。あなたが観に行く、その舞台の上で)
ステラ・ブレイブとして。
……でも、それは言えない。絶対に。
純粋に心からブレイブを愛している人の夢を……壊すわけにはいかないから。
「……ごめんなさい。その日は、ちょっと予定があって」
「あー、そっか! いつものバイトかな? 残念だなぁ……」
「うん……ごめんなさい」
また、嘘をついた。
……いやいや、嘘じゃない。予定があるのは本当だ。
ただ、その予定が——彼が観に行く、まさにその舞台だなんて。
(私ブレイブやってるから見に来てね! なんて気軽に言えたら、どんなにいいんだろう)
ふと、そんなことを思ってしまって。らしくない自分に慌ててチーズケーキを一口、口に運んだ。
チーズの甘さと酸味が少しだけ、胸のもやもやを誤魔化してくれた。
「そうそう! それとさ! うちの大学、もうすぐ学園祭じゃない?」
話題が変わって、私は少しほっとする。
「あ……うん。来月だよね。高坂君ってどこかサークル入ってるんだっけ?」
「んー……顔は出してるんだけど、ちゃんと入会してる所は実は無くてさ。入っちゃうと、推し活出来なくなるかなーって。 星野さんは?」
「私は……演劇サークルで、ちょっとだけ」
「えっ、演劇!? 星野さん舞台立つの!?」
彼が、ぐっと身を乗り出してきた。
「い、いや、立つっていっても……ほんの端役だよ。台詞も数行くらいの」
「えー、でも舞台立つんでしょ!? 観たいなぁ~!!」
高坂君の真っ直ぐな眼差しに——私はまたしても視線を逸らしてしまう。
「……観なくていいよ。ほんとに、ちょっとしか出ないから」
「ええ〜、いいじゃん! 俺、星野さんがお芝居してるとこ見てみたいなぁ」
彼はあっけらかんと言い放ち、ニッと笑顔を見せる。
その何気ない一言に、私はまた、モヤモヤと悩みの渦が心の奥に生まれていく。
(……見られるのが嫌って訳じゃないんだけど……)
ブレイブではないのに、舞台に立つ私を彼に見られる。
それを想像すると——どこか違和感を覚えてしまう。
「……あんまり期待しないでね」
曖昧にそう答えて、残りのチーズケーキを口へ放り込んだ。




