表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/53

20話

 稽古、仕事、稽古で埋め尽くされた日々はあっという間に過ぎ去って、長いようで短い夏休みが終わり、後期の講義が始まった。



 久し振りに訪れるキャンパスは、相変わらず人で溢れている。

 すれ違う学生の顔は良く日焼けしており、楽しい夏を過ごして来たんだぜと、口では物言わずとも雄弁に語っている。

 


「あっ! 理子ー!! おひさーっ!!」

 

 教室に入るなり、私を見つけた奈央が大きく手を振り、その隣で由美も笑いながら軽く手を振っていた。

 私も軽く手を振って応えながら、二人が取っておいてくれた席へ足早に座る。


「席ありがと。 ……二人共、ちょっと焼けた?」


 声をかけると、奈央が得意げに腕を見せてきた。


「えへへ、分かる? あれから家族でもう一回海行ったんだー!」


「私は何か焼けちゃった。日焼け止めしてたのにー……」


 由美が苦笑する。

 ほんのり日焼けした二人を見て、私は思わず笑ってしまった。


「楽しかった?」


「もちろん!! 理子こそ、夏どうだった?」


「……まあ、それなりに?」


 稽古と仕事しかしてない――なんて言えるわけもなく、私は曖昧に微笑んだ。

 


 まもなく講義開始のチャイムが鳴る中、ギリギリ滑り込んだ凛が、息を切らしながら席へとやってきた。


「はぁっはぁっ……おはよ、みんな」

「おはよ~凜~! ギリセーフだね!」

「おはよう凜ー。伊豆振り~!」


 凜は奈央、由美と軽くハイタッチを交わしつつ、私の隣の空席に座った。

 まだ容赦ない夏の日差しの熱を吸った服と、走ってきて上がった体温の熱を、彼女の近くの左腕に感じていた。


「お、おはよう凛。 初っ端から寝坊?」


「ふふ、バレたか。目覚まし夏休みのままでさ」


「あー、なるほどね」


 短い挨拶。でも、それだけで何だか安心する。

 夏の旅行のことには、お互い触れなかった。

 あの夜のことも、何も。

 ただ、いつも通りの距離感で、凛は隣の席に座っている。

 それが、心地よかった。



*   *   *



 夏休みが明けて後期の講義が始まっても、私の生活は基本的に変わらない。

 講義に出て、サークルにも顔を出して、夜は稽古場へ向かう。

 

 秋の公演が近いから、むしろ夏よりも忙しいくらいだ。

 ただ一つ、変わったことがあるとすれば——。


「星野さーん!」


 講義の合間、選択講義でいつもの三人と別れて廊下を歩いていると、聞き慣れた声が飛んできた。

 振り返ると、高坂君が小走りで近づいてくる。

 周りに友人がいないことを確認すると、彼の目がいつものようにキラキラと輝いた。


「ねえねえ、昨日のステラ見た!?」


「……見ましたよ。すごかったですよね」


「だよね!! あの戦闘シーンの作画、神がかってたよね!! 劇場版かってくらい!」


 夏を挟んでも、高坂君は何も変わらない。

 いつも通り、私の前では楽しそうにステラの話で目を輝かせている。

 でもそれ以外の所では、キラキラの陽キャの権現。


 ……つくづく、器用な人だ。

 


「あ、そういえばさ。今度の——」


 彼が身を乗り出してスマホを見せてくる。

 その距離が、ほんの少しだけ近くて。

 

 私は——なんとなく、目を逸らした。


「……星野さん? 聞いてる?」


「あ、うん。聞いてます」


「ならいいけど! でね~!!」


 高坂君は気にする様子もなく、また楽しそうに話し続ける。

 私は相槌を打ちながら、彼の顔を、まっすぐには見られずにいた。



(……どうしてだろう。夏の前までは、普通に話せていたはずなのに……)



 彼の楽し気な話し声がどこか遠く聞こえ、その内容は全く頭に入ってこない。右耳から左耳に引っ掛かる事なく抜けていく。

 視界に入っているはずの彼のスマホの画面の情報も、読み取る事が出来ない。

 

「それでね。このイベントの――」


 彼が言いかけた、その時だった。


「お! 陽向じゃーん! なにしてんの?」

 

 廊下の向こうから、高坂君の友人らしき男子が数人、こちらに歩いてくるのが見えた。

 その瞬間、高坂君の顔がすうっと切り替わる。

 

 さっきまでステラの話で少年みたいに輝いていた目が、嘘みたいに()()()()高坂陽向の爽やかな笑みに戻っていた。


「おー、お疲れ! いや、ちょっと友達と話しててさ」


 伺うその横顔は、キラキラした陽キャそのもの。

 何度見ても、見事な早変わりだった。

 

「まーた陽向が女の子と話してら。 羨ましいなぁこのこの!」


「てか陽向、次の教室三号館じゃなかったか? 時間大丈夫なん?」


「うん、まだ大丈夫。走れば何とかなるって!」



 ……そして、こういう時の私の動きも、もう慣れたものだ。

 彼らの視線がこちらに集まる前に、私はそそくさとその場を離れる。

 壁際を滑るように、すすす、と。


「あれ、あの子行っちゃったよ?」


「えっ……! ちょ、星野さん!?」


「おーおー。陽向もフラれる事あんだなー?」



 背後で男子達の笑い声と、焦ったような高坂君の声が聞こえてきたけれど、振り返らない。

 

 目立たないこと。波風立てないこと。

 それが、彼との()()を守る為の、私なりの処世術だった。

 人混みに紛れて、私は次の講義棟へと足を向けた。



*   *   *



 この日の放課後は、珍しくサークルの稽古に顔を出せる日だった。

 学園祭で上演する『美女と野獣』。その通し稽古が、もう始まっている。

 稽古場代わりの空き教室に入ると、部長が私を見つけて軽く手を上げた。


「お、星野さん来てくれたんだ! 忙しいのにありがとね」


「すみません、なかなか顔出せなくて」


「いやいや、プロが片手間に手伝ってくれるだけでありがたいって」


 部長が冗談めかして笑いながら言った。

 

 このサークルでは、私が外で劇団員の仕事をしていることは、みんな知っている。

 知られてはいるけれど……だからこそ、私は端役を希望していた。

 稽古にろくに来られない人間が、いい役をもらうわけにはいかない。

 台詞が数行の村娘B。それくらいが、今の私には丁度良い。



「星野さんさー、ほんとは主役級できるのに勿体ないよねー」


「とんでもないです。スーツの中と舞台は、全然別物ですから」


 これは、謙遜じゃなくて本心だった。

 顔を隠し、声も出さず、身体だけで魅せる仕事と。素顔のまま台詞を喋り、歌って踊る舞台。

 同じ『演じる』事でも、使う筋肉も能力もまるで違う。


「はーい、じゃあベルと野獣のシーン、頭から!」


 部長の声に、二人の人物が立ち上がる。


 ベル役は、三年の美月先輩。

 サークル一の実力者で、声も表情も、もちろん演技も思わず目を奪われるほどの人だ。

 そして、その向かいに立つのは——野獣役の、凛。


「……なぜ、ここへ来た。出て行け」


 凛の低い声が、空き教室の空気をぴりっと張り詰めさせた。

 

 いつものクールな凛じゃない。

 孤独で、不器用で、それでもどこか期待を隠しきれない——そんな『野獣』が、そこにいた。


(……上手いなぁ)


 思わず見惚れてしまう。

 美月先輩も負けじと、怯えながらも芯の強いベルを演じ返す。

 ……二人の芝居は、見ていて引き込まれるものがあった。



「はい、OK! いいねぇ二人とも!」



 部長の声で、ぴんと張っていた空気が緩む。

 凛が、ふっと素の顔に戻って、こちらをちらりと見た。

 私が小さく親指を立てると、凛は気恥ずかしそうに目を逸らした。


 自分の出番——村娘Bの短いシーンを終えた後、私は教室の隅で凛と並んで、他の人の稽古を眺めていた。


「凛、野獣すごく良かったよ」


「……そう? まだ掴みきれてないけどね」


「ううん。あの低い声、カッコ良くてぞくっとした」


「……役者さんをぞくっとさせられたなら、光栄だよ」


 二人でくすりと笑い合う。


 舞台の上の凛と、隣にいる凛。

 全然別人にしか見えないけれど、本当の凜を知っているのは、自分だけ。

 ちょっとした特別感が、なんだか少しだけ……嬉しかった。



「……理子も、もっと主役級の役やればいいのに」


 ふいに、凛がぽつりと言った。


「えっ」


「村娘Bが悪いわけじゃない。でもあまりに出番も短いし……。その役だって真剣にやってるのが、理子らしいけどさ」


「……当然だよ。部長にも言ったけど、私サークルは全然来れてないから。……それに、モブだからって手を抜いたら、絶対見てる人には分かっちゃうしさ。役を貰えたんだから、全力でやるだけだよ」


「……うん、ほんと……理子らしい」


「でしょ。凜なら分かってくれるって思ってた」


「……でも、正直やっていいなら主役やりたいでしょ?」


「……バレてた?」


「そりゃね。ずっと見てるから」


 なんでもないことのように言って、凛はまた稽古する部員達に視線を戻した。

 その横顔に、私は微笑みながらいじるように肘で彼女を突くのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ