表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/14

1話

 上京し、春から始まった大学生活も、気が付けばもう二年目に入っていた。


 私――星野理子の日常は、至ってシンプルだ。

 講義に出て、友人と昼食を取り、稽古場へ向かう。


 演劇サークルに入ったのも、スーツアクターの事務所に所属できたのも、全部ここに来てから掴んだものだ。

 特別派手な毎日じゃないけれど、充実しているとは思う。




 ただ一つ、この大学に来て気になった事があるとすれば……。



「陽向くーん! 今日の昼どうする?」

「あ、俺も行きたい! 待って待って」

「陽向じゃーん! 今日夜ヒマ??」



 ……あの人の存在、だろうか。


 今日は学食のど真ん中。ある日は教室、大学へ向かう道端でも。

 自然と人が集まり、その中心に彼はいた。

 

 高坂陽向。

 

 入学してすぐに名前を覚えた。正確には、覚えさせられた、が正しいかもしれない。


「ねえ見て、高坂くんだ」

「本当だ~! やば、今日も顔が良いっ!」



 廊下ですれ違うたびに、周りがざわつく。


 ……確かに、整った顔立ちをしている。

 

 柔らかな物腰で、男女問わず誰とでも自然に話せる。スポーツも万能らしく、入学早々からラブコールを受け、あちこちのサークルに顔を出していると聞いた。

 

 自然に浮かべられる眩しい笑顔が、また誰かに向けられている。



 偶然、彼を囲む集団の近くで食事を取っていた私と友人の奈央・由美・凛は自然と、楽しげに話をしながらカレーを頬張る高坂君へと視線を送っていた。



「……高坂君って、本当にどこ行っても人気だよね」


 思ったより熱の籠もらぬ呟きに、奈央が目を見開いて私を見た。


「え、理子。高坂君に興味ないの??」


「んー……今は演劇とか劇団の方が忙しいし、充実しているから別にいいかなぁ~なんて」


「え~?? てか理子全然化粧っ気もないし、勿体ないよー??」


「どうせすぐ汗とかで落ちちゃうんだから、最低限でいいの」



 私の冷めた返答に奈央は唇を尖らせた。

 そんな私達のやり取りを聞いていた凛が、わざとらしい身振りで手を上へ差し伸べた。 


「ふっふっふ、理子は生粋の演劇馬鹿だもんねー」


「……まあね」


 凛は私と同じ演劇サークルの部員。女子にしては高い身長と少し低めの声で、服装と髪型をいじれば中性的な男子にも見える。

 彼女もどちらかと言えば、恋愛よりも演技に情熱を燃やすタイプだ。

  

 乙女らしさを感じさせぬ私と凛に、奈央と由美はじっとりとした視線を一瞬向け、再び高坂君へと関心を戻した。


「……そういえば、聞いたんだけどね! 高坂君……あんなにモテてるのに彼女いないんだって」

「え、そうなの!? じゃあまだチャンスあるじゃんっ!! ――あ、高坂君こっち見た気がする!! きゃーっ!」




(……高校気分、抜けてないなあ)


 きゃーきゃーと沸く周囲を横目に、私はカフェオレをストローで啜りながらそっと視線を逸らした。

 

 別に彼が嫌いなわけじゃない。

 ただ、あの人は私とは違う世界の人間だ。

 

 私からわざわざ彼に関わる事なんて、これから先もないだろう。

 第一、どう話せばいい? 何を話せばいい?


 キラキラした世界の人は、キラキラした人と付き合えばいい。

 

 私には関係のない事だ。


 ——そう思っていた。

 あの公演の日までは。




*   *   *



 

 ハイタッチ会が終わり、スタッフに誘導されて舞台袖へと戻る。

 

「お疲れ様でしたー!」

 

 スタッフさん達の声に、私とホープ役・ドリーム役の二人は顔を見合わせて頷いた。

 

 楽屋に戻って、ようやくガワを脱ぐ。

 スーツから解放された瞬間の、あの何とも言えない感覚。全身びしょびしょで、髪もインナーも汗だらけ。


 それでも、今日の公演は――無事完走できたと思う。

 


「理子、今日のラストのアクション良かったよ!」


 ドリーム役の先輩、美咲さんが笑顔で言った。


「ありがとうございます……! ちょっとタイミングズレたかなって心配で……」


「全然! お客さん的には絶対わかんないよ」


「そうそう! 理子ちゃんのブレイブは最高にキラキラしてるから、私は好きだな~」


 ホープ役の夏美さんもタオルで顔を拭きながら笑みを見せる。


「夏美さん……! ありがとうございますっ!!」


 美咲さんと夏美さんのその言葉に、ようやくほっと肩の力が抜けた。





 「演者さんは帰った帰った!」と、裏方の団員からのご厚意もあって、私はさっと着替えを済ませ、荷物をまとめる。

 最後に鏡の前で、ずっと短く結んでいた髪を解いて、後ろ側で一本に結んでおく。

 

 肩甲骨辺りにしっとりした髪の毛の感触を覚え、ようやく気を少し抜いていく。



 すると頭の中では、ずっとさっきの光景がちらついていた。


(……本当に、あれって高坂君だったのかな)

 

 ハイタッチ会で感じた、白手越しの確かな体重。

 キラキラした目で名前を呼ぶ声。

 真っ赤になった顔。



「また、会いに行くよ……か」


(……って!! 違う違う!! 落ち着け私!)


 あれはステラ・ブレイブへの言葉だ。星野理子には、何の関係もない。

 そう自分に言い聞かせながら、各所に挨拶をして会場を後にした。


「お先に失礼しますっ!! お疲れさまでしたっ!!」


「はーい! お疲れ様ー!」



*   *   *



 初夏の夕方の風が、汗だくの身体に心地よかった。

 搬出口から出て、駐車場の脇を歩く。


 いつもなら、このまま足早に真っ直ぐ駅へ向かって家に帰るだけ。

 でも今日は……何となく、気分が向いた。

 

 この吹いている夕風が心地良いからか、今日のハイタッチ会で、彼に会ってしまったからだろうか。

 自然と、会場の出入り口の方へと歩を進めていた。



 

 既に来場者は全員会場外へと出され、すぐに解散する人と、余韻に浸る人で分かれる。

 今日も余韻に浸りグループになって騒ぐ大きなお友達の姿がちらほらと視線に映った。


 口々に今日の公演への感想や作品やキャラクターへの愛を語り合っている。その姿を見るとどこかくすぐったい思いになってしまう。


 頑張って良かった。そうじんわり思えるから。


「さてと……帰ろうっと……」


 

 ふと、会場を背にスマホを自撮りモードにして、画角と格闘している人影が目に入った。


(……?)


 よく見ると、その人物の肩には大きな痛バ。腕には抱えきれないほどのぬいぐるみ。首からは赤いタオル。 

 そして上半身には、ステラ・ブレイブが両面に描かれているフルグラフィックTシャツを纏っていた。


(あ)


 視線に気付いたのか、その人物がこちらを向いた。

 目が、合った。


「……高坂、くん?」


 つい、口から彼の名前が出てしまった瞬間、しまったと思った。

 

 彼の顔から血の気が引いていく。

 目が泳ぎ、口をパクパクさせて、完全にフリーズしている。

 

 いつも学食の中心で笑顔を振りまいている高坂陽向とは、別人のようだった。


(え、どうしよう……警戒されてる? 話したことないのに声かけたら変だよね。失敗した!?) 


 私も顔から血の気が引いていくのを感じていた。


(……待って、この空気……しんどい……ッ!)

 


 互いに黙ったまま、視線を泳がせて沈黙の苦しみに耐えていた。

 

 地獄のような数秒間。……私にとってはもっと長かったが、ようやく高坂君に動きがあった。

 

 彼は再起動したばかりの古びたロボットのように、ギギギと片腕を上げると、口の前で人差し指を立ててぎこちなく笑って見せた。



「な……内緒にしてくれたら、嬉しいな~……なんて」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ