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彼の推しの中の人が私だなんて言えるわけがない!  作者: 濃厚圧縮珈琲


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プロローグ

「今日も最高でしたっ……!! 本当に、本当に大好きです!!」


 

 キラキラした目で何度も名前を呼ばれ、その目には涙すら光っている。

 全身を()のグッズで包み、熱烈なファンだと一目見れば分かる。


 私は、彼を知っている。

 ――でも彼は、()の事を知らない。

 



*   *   *



「「わぁぁぁぁぁーっ!!!」」


 

 とある劇場の大ホール。

 普段はオーケストラが演奏するような立派なホールに、客席からは子供達からの割れんばかりの歓声が降り注いでいた。

 

 スポットライトやカラーライト。スモークから有機ELスクリーンなど、多くの大道具小道具エフェクトが舞台を彩っている。

 その中心で、私は――ステラ・ブレイブは、悪の組織が生み出した怪物と戦っていた。


 「はぁっ……はぁっ……!」


 重ね着されたガワは暑く、手足の挙動もメリハリを付けなければ、はっきりした動きに見えない。 

 それはアクターにとって、当然の事だ。


 多くの子供達、多くの保護者――そして大きなお友達が見守る中、殺陣を的確にこなしていく。

 もう既にスーツの中は蒸し風呂のようで、息も上がっている。

 汗が目に入りそうになるのを必死に我慢しながら、クライゾーのパンチをギリギリで躱す。


 でも今この瞬間だけは――私は星野理子(ほしのりこ)じゃない。

 私はステラ・ブレイブなんだと、そう感じさせてくれる苦しさだった。

 


『えーいっ!!』


 声に合わせ、ギリギリ当たらないように敵役のクライゾーへ拳を振り抜く。

 


『ク、クライゾォォー!!』


 SEと共に後ろに倒れ込むクライゾー。

 タイミングを合わせ、舞台の影に隠していた魔法のステッキを手に取ると、左右に並ぶステラ・ホープとステラ・ドリームと必殺技の構えを取る。


『いくよみんなっ!! ステラ・トリニティ・バースト!!』


 

 派手なエフェクトと有機ELスクリーンの映像。そしてスモークに包まれ、クライゾーは舞台袖に捌けていく。


 完全に上がった息を整えるようにしっかりと呼吸をして、あまり肩が上下しないように素早く落ち着かせていく。

 ……この後も物語はまだ続くから、まだまだ気を抜く訳にはいかないからだ。




*   *   *

 


 

 無事に物語は大団円を迎え、子供達とのダンスも終えた。


 これで、公演が終わる。


 降りていく緞帳に隔てられるまで、観客に向かって手を振りながら、見逃しがないように一階席から二階席まで客席を見渡した時——私は 見つけてしまった。


 キャラクターグッズで完全武装して、ペンライトを握りしめて、大粒の涙を流しながらこちらを見上げている彼の姿を。


 高坂陽向(こうさかひなた)

 大学で知らない人はいないと言われる、陽キャの塊のようなあの高坂陽向が――ステラ☆フォース(女児向けアニメ)のキャラクターショーに居た。



 彼の纏っていたフルグラフィックTシャツも、首から下げているタオルも、振っているペンライトの色も、赤一色。

 赤色は、ステラ・ブレイブのイメージカラーだ。



 彼の推しは、(ステラ・ブレイブ)だ。

 でも彼は、(ステラ・ブレイブ)(星野理子)だと知らない。



(……私の見間違えだったら、いいんだけど)




*   *   *




 アクターとしての私の出番は、まだまだ終わらない。

 最後に――ファンとのハイタッチ会があるのだ。

 


 ……もし、あれが本当に高坂陽向なら、きっと彼とここで向き合うことになる。


 

 一抹の不安を抱きながらも、スタッフの後に続いてハイタッチ会場の通路へと仲間達と一緒に歩いていく。

 私達が姿を見せた瞬間、子供達の目が輝き、歓声が上がる。


「あっ!! ブレイブだぁ!!」

「ドリームっ!! ドリームーっ!!」

「ホープかぁいい!」


 舌足らずな声で紡がれる歓声は、疲れた身体に染みわたり、しゃっきりと背筋が伸びる想いがした。


 私は声を掛ける事はできない。

 でも、その代わり……身振りで想いを伝えるんだ。


 

「じゃあハイタッチ会始まります! みんな順番に並んで、ゆっくり進んでくださいねー!!」


 スタッフの案内で、先頭に並んでいた小さな女の子が、真っ直ぐに私に向かって走ってきた。


「ブレイブぅー!!」

 

 私はその子の目線に合うようにしゃがんで、しっかりと女の子を抱き留める。 

 ハイタッチ会だけど……ちびっ子たちは特別だ。

 

 ポンポンと頭を撫で、保護者の構えるスマホと一緒にポーズを取って、手を振り見送る。

 推しが他のステラでも、ハイタッチする時には皆、目をキラキラと輝かせていた。


「次の方どうぞー」


 スタッフの声に、しゃがんだまま次の人へ視線を向けると――


「ッ……!」


 彼だった。 


(や、やっぱり高坂君だ……)


 大人の相手の時は立ち上がり、しっかりと両手でハイタッチをする。


 ぽふんっと、白手(はくて)とアンコ越しにしっかりと彼の体重を感じた。


 「今日も最高でしたっ……!! ブレイブ、本当に……本当に! 大好きです!!」


 子供みたいなキラキラした目で、名前を呼ばれた。

 その名前は ステラ・ブレイブの名前だったけれど。



「……!」


 しっかりと、彼へブレイブのキメポーズでファンサする。

 

『応援してくれて、ありがとう!!』


 言葉には出せなくても、きっと想いは伝わる。そう信じて、マスク越しに笑顔を浮かべた。



「ッ~~!!」


(あ、顔が真っ赤になった)


「はーい、次の人来るので進んでくださいねー!」


 彼が立ち止まってしまった為、剥がしのスタッフがやんわりと彼の背を押して進むように促すと、彼は最後に満面の笑みを浮かべた。


「また、会いに行くよ!」




 その言葉が、耳に残って離れなかった。


 星野理子として彼を知っていた。

 ステラ・ブレイブとして彼に愛された。

 

 これは、言えるわけのない秘密と、言えるわけのない恋の話だ。


用語説明


『ガワ』:着ぐるみ本体の事。 頭部 ボディスーツ 衣装 靴  戦隊モノは『スーツ』呼びも。


『白手』:軍手や手袋。 ガワの下に付ける手袋。


『アンコ』:腰・太もも・胸・腕などの丸みを作るアニメ体型を再現するために必須なもの。

      プ〇キュアは全身スーツ型のアンコを着て、更にその上にガワを纏う。


『メン』:顔を覆う仮面 着ぐるみなら頭部パーツ。

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