お茶会はよそでやれください
かくして冒頭に戻るのだ。
週に二回王子様がご来臨遊ばす腐属性講義棟。しかも、しかもだ。
「殿下、こちらに座りませんか」
専用のお茶会セットみたいなものが、講義棟大広間の一角にしつらえられている。テーブルは四つ。一つが我が従兄弟殿下なのはまぁ、当然ーーなのか? まぁこの流れでは普通だよね。で、もう一つがアシュリーなのも、彼の出現率を思えば、まぁ普通。でももう二つがね。なんでここにあるんだろうなぁ。
「あぁ、ランディー、悪いな」
王子様からタメで話しかけられるランディーは、ブキャナン公爵家のご子息だそう。で、
「まぁ、こちらにはお座りになりませんの? わたくし、先ほどからお誘いしておりますのに」
と割り込んでくるのが。
「モーフェット嬢、未婚の令嬢と同席するわけにはいかないのだ。すまないな」
アリシア・モーフェット公爵令嬢である。
意味分からんやろ? リオン君もだよ。共感できて嬉しいよ!
「リオン、君はこっちにおいでよ」
「アシュリー様!」
もう、アシュリーだけが心の癒やしである。
「まぁ、駄目よ、リオンはわたくしの隣!」
そう言われることが分かっていたので、言葉の途中でさっとアシュリーの隣に座る。
「ーーすみません、アリシア様。僕、もうアシュリー様の隣に座っちゃって」
てへ。そう笑うと、これまでなら不機嫌そうな顔で諦めるアリシアが、椅子から立ち上がった。
「それなら、わたくしが参りましょう」
「えっ? でもモーフェット嬢ーー」
「わたくしの。席をご準備いただけます、わよねぇ?」
鋭くアシュリーを見つめるアリシア。一瞬アシュリーも視線を厳しくしたようだったけど、息を吐いてから執事さんに指示をした。そう! アシュリーには執事がいるのだ! サイラスという三十代くらいの人で、子爵家の人らしい。大公家の直系をお世話するからには、貴族でないと、ということなんだろう。使用人がすでに身分が高いことに、リオン君は怯えて泣いた。アリシアの椅子、私が準備した方がいいんだろうか。ちょっと腰を浮かせると、サイラスから、めっという感じの視線が飛んできた。仕事の邪魔すんな若造ってことですね! リオン君理解しました!
「今日こそはあなたとお話がしたいと思っていたのよ。リオン、この前あなた、わたくしの色が氷のようだと言っていたでしょう。それで? それ以上に言いたいことはなくって?」
……そう、この高貴な身分の公爵家ご子息ご令嬢は、希少属性持ちなのだ。アシュリーが治癒属性を発現させたきっかけがリオン君だと知られているみたいで、ジェレマイア王子殿下が腐属性講義棟に出入りするようになると、このお二人も現れるようになったのだ。令嬢のアリシアは水色で、令息のランディーは黄色の髪色をしている。俗に色無しと呼ばれるのが金髪だから、黄色とどうちゃうねん、と思われるかもしれないが、間近で見るとはっきり違う。色がちゃんと着いているって感じがするのだ。でも遠目にぼんやり見ると金髪に見えなくもないから、たぶんランディーの闇は深いんだろうなぁ……そういう人たち相手にリオン君ったら、ついうっかり言っちゃったんだよね。
『まるで氷みたいな色ですね! それにご子息の方は夜空の雷みたい!』
と。
だってさぁ、黄色で雷なんて普通じゃん? 水色で氷はどうかなって思ったけど、白が治癒だから白はないなって思ったし。
そうしたらそれ以来、ちらちらとロックオンされている。ちらちらなのにロックオンとはなんぞや? そう思いもするだろうが、そういう風に表現するしかない。たぶん高位貴族だから、自分からがつがつ行くことに慣れてないのだ。周囲が意を汲むのが普通だから、自分から動き慣れていないんだと思う。でもリオン君ってばほら、自分で言うのもなんだけど、面倒くさい貴族の太鼓持ちなんてしたくない派じゃん? だからしれっと気づかないふりしてたんだけど、ついにアリシアが業を煮やしちゃったっぽいんだよなぁ。
「今日もお美しいですね?」
「心がこもっていないわよ!」
「えー、可愛いなって思ってるのは本当ですよ?」
実際、アリシアは可愛い。ただ、ちょっとだけわがままお嬢様っていう内面が、外面にこんにちはしちゃってるだけで。
「そ、それならよろしいのよ」
「リオン、君のそういうところ、後で痛い目に遭うと思う」
「え、なんでですか、アシュリー様」
唐突な批判にびっくりすると、アシュリーがため息をついて、
「無自覚なんだね……じゃあいいよ」
と言った。そういう思わせぶりなところはとっても良くないと思う!
「安心なさって、アシュリー様。わたくし、平民に心たぶらかされることなんて決してございませんもの!」
別にいいんだけどそういうこと言うの、あんまりよくないよ? 前世だとそういうの、フラグって言われちゃったりするんだからさ。顔見知りがくっ殺なんて言うの、聞きたくないよ?
「平民ですからねぇ。で、なにか言うこと、ですか。なんとなく色合い的に、氷みたいだなって思っただけなんですよね。氷って普通は透明ですよね。冬に池に張った氷は、白く見えるかも。でも、氷が分厚く張った場所に穴を開けて、そこをのぞき込んだら、なんでだか青色が混ざって、アリシア様の髪の色みたいに見えるんですよ」
空の色でもあると思うけど、それが魔法の属性としてなにを象徴するかが分からない。それよりは分かりやすい氷かなぁと思うんだけど。
「ーー分厚い、氷……」
「あ、ちょっと作ってみましょうか」
実際に見た方がイメージしやすいだろう。そう思い、武闘会の練習用の広場に向かう。ついてこないと思ったわけじゃなかったけど、でもふとした瞬間に振り向いて、テーブル組四人全員がついてきていることに、目眩を感じた。なんで来るんだ、王子に公爵子息! パトリシアとユージーンもついてきてくれてて、振り向いた瞬間に笑顔を浮かべてくれて、それだけが救いである。
講義棟裏手の広場に出て、ポケットから出した手袋を嵌める。その瞬間、四人組の前に執事やら騎士やらが庇うように出てきた。今から攻撃用のスペルを使われてもいいように、ということだろうか。
「えぇと、水を出すスペルです……」
一度手袋を外して、スペル部分を広げて周知する。四人組が頷いたので、改めて手袋を嵌める。
大きなホースくらいの水量をじゃぶじゃぶ出しつつ、水分子の振動が止まるイメージで熱量を奪っていく。触媒っていうイメージだけじゃなく、最近はこういう、固体液体気体の変換もできるようになった。っていうか、ジェットパンチとか使ってる時に、触媒のことなんも考えてないじゃん、と気づいて、もしかして分子構造の振動を抑える的なイメージでも相の変化ってできるんじゃね? と気づいたのだ。もうやっていた、というのがポイント。脱力した。
円筒状の水が順に凍っていくのでーー名前を言ってはいけない例のあの排泄物っぽいフォルムに近い気がした。きっと気のせい。ソフトクリームって言おう。駄目よリタ。心の中まで小中学生男子になっちゃ!
「これを縦に斬っちゃいたいんですけど、僕がやると綺麗に割れないと思うので、どなたか剣の達人に代わっていただけませんか?」
そもそもリオン君が剣を使っちゃうと、四人組の護衛からフルボッコにされる危険が危ないのだ。
「ーーサイラス、できるか?」
ふぁっ!?
アシュリーの言葉に誰も驚かない! 執事って剣の達人も兼務してないといけないの!? 身分と容姿と執事能力に加えて、さらに剣技も必要!? 怖いよ大公家! そんでたぶんジェレマイア王子の周りにいる執事っぽい人もそれできるんだろうな! 怖いよ王家!
「失礼します」
そう言ってサイラスが手をかざすと、掌から剣が生えてきた。サイラスは地属性なので、その場で武器を錬成したんだろう。あれ、我が従兄弟殿、リオン君よりも警戒しなきゃいけないの、サイラスなんじゃない? 武器なしでも暗殺できちゃうじゃん!
特に気負う感じでもなく、サイラスは人間の半分程度の高さをした氷の塊を、両断した。自分で錬成した剣はそんなに長く見えなかったんだけど! そして終わったらその剣、どっかにいったんだけど! 分解してどっかに捨てたんだろうか!?
「え、えぇと……アリシア様、断面を見てもらえますか?」
サイラスの妙技に心を奪われたまま、アリシアを呼ぶと、アリシアはしずしずと近づいてきて、じっとその断面を見つめた。
「……確かに、青みがかっているわね……薄い青色、水色みたい。わたくしが、授かった色と同じ……」
じっと見つめて、それから氷に触れる。
「冷たい……」
ゆっくりと撫で、手を離した。その掌の上に、ころころとした、氷の塊。
「ふ、ふ……ふふふっ……」
アリシアの頬を、ぽろぽろと雫が伝ってこぼれていく。
「氷……氷だったのね、わたくし」
アリシアの掌の上を、小さな氷の塊が浮かび上がり、小さく弾けて雪のように、辺りを舞った。
使いこなしてはる……!!
そっと後ずさり、僕、無関係な平民です、という立ち位置を確保する。そうすると後ろにそっとユージーンが寄り添ってくれた。
「びっくりしたね、ジーン」
「リオン君のことだからびっくりはしてないけど……」
「え? 僕? アリシア様のことだよね? いきなり使いこなしててすごいよねって話なんだけど」
「リオン君が指導した結果だよねってこと」
「いやいや、それただの偶然だし」
今回は変な夢も見てないし、ほんっとーにただの偶然的にたまたまうまくなにかが噛み合ったと思われるのだよ!
「リオン君の思い込みは可愛くていいと思うけど……」
なにをぅ、可愛いのはユージーンじゃんか!
「リオン君、さすがだわ。希少属性を導くこともできるなんて……!」
むくれていると、パトリシアが話しかけてきた。
「いや、別に僕、導いてなんか」
「リオン!」
言葉の途中でアリシアが駆け寄ってきた。
「リオンっ……!」
名前を呼んだまま、ぎゅっと両手を握って立ちすくんでいる。ぽろぽろぽろぽろ、涙が後から後から伝う。
「よかったですね、アリシア様。属性を発現させた上に操ることができるなんて、さすがはモーフェット公爵家のご令嬢です!」
属性が分かったところで発現させるなんて、普通はそう簡単にできない、ということを私はママから聞いているし、自分でも経験して知っている。だからそう褒め称えたら、アリシアの顔がくしゃりと歪んだ。なんでそういう反応!? 処される? リオン君処されちゃう!?
「え、えぇっ、僕? 僕なにか言っちゃ駄目なこと言っちゃいましたかねっ? ごめんなさい、不躾でした! 言い過ぎましたっ!」
だからどうか命だけは、と続けるところを、アシュリーが割り込んできた。
「リオンは適切なことしか言っていないよ。大丈夫。アリシアは感動して泣いているだけだ」
「え、そうなの?」
感動の涙ってあんな感じに、子供が号泣するような表情で出るものなんだ?
「あっ、アシュリーさまはっ、だまってらしてっ!」
小さい子の癇癪みたいな口調だ。パトリシアがアリシアに寄り添い、その背中をそっと撫でている。リオン君は外見だけなら立派な紳士なので、その距離感は許されていない。
「えぇと、その、アリシア様が頑張ってこられて、その結果を拝見できて、僕も嬉しいです。アリシア様の努力が実って、よかったですね」
作文かよ、という言葉をかけると、アリシアがぐいっと服を掴んできて、私の胸の中? 胸で? 泣き始めた。とりあえず両手をホールドアップする。自分からいってない。リオン君無罪だと思うんだけど、突き放すためにどこかに触ったら処されそうで、僕無抵抗です! っていう主張しかできない。
「あ、あの、アリシア様、この距離はちょっと、あの」
年頃のご令嬢的にあんまり好ましくないのでは。そう思ってあわあわしていると、我が親愛なる従兄弟殿、ジェレマイア殿下が私の肩をぐいっと引っ張って引っぺがしてくれた。
「あ、ありがとうございます、殿下」
雑だったけどありがとうサンキュー。そう思って見上げると、我が従兄弟が怪訝そうな顔をしている。
「ずいぶん細いな……いや、この年頃ならこんなものか?」
え、肩? 肩の細さが女子っぽいってこと? おかしいなぁ。毎日こつこつと女性ホルモン分解してるのになぁ。
「リオン君、こっち」
王子と同じように首を傾げる私を、ユージーンが引っ張って安全圏に避難させてくれる。ありがとう、ありがとう。
「大丈夫? なにかされなかった?」
まるで不審者に抱きつかれた友人を心配するような顔をしてくれるユージーン。そんな反応してくれるの、ユージーンだけだよ!
「大丈夫。ありがとう、ジーン。女の子相手にどういう行動したらいいか分からなくって、助かったよ」
平民の女の子ならまだしも、貴族令嬢となると、いつ処刑されるか分からなくてビビる。
「今はまだ子ども子どもした体つきだから周囲の目も甘いだろうが、令嬢とはきちんと距離を置くようにした方がいい。そなたは少し、相手を勘違いさせるようなところがあるからな」
「えぇぇ?」
我が親愛なる従兄弟殿よ。なんでそういう注意なんだい? 思い切ってそう言ってみたいけど、万が一ぽろっと口から零してしまった場合、待っているのは王妃様の刺客である。サイラスみたいな剣を錬成してくる地属性の刺客に襲われたら、生き残れる自分が想像できない。
「モーフェット嬢も、平民を困らせるようなことはすべきではない。そなたの名誉を守るため、処罰されるのはリオンの方なのだぞ」
え、もしかして従兄弟殿、リオン君のこと庇ってくれてる……? トゥンク、とときめいた我が胸だったけど、それに続く、
「そなたが平民の暮らしなどできるはずもなかろうに」
という言葉に、抱きつかれただけで処罰の上結婚、という衝撃でどっかに飛んでいった。こっわ! 貴族こぉうっわっ!
「わたくし! モーフェット公爵家の人間として、誇りある選択をすると心に誓っておりますわっ!」
涙に濡れた顔をハンカチでささっと拭いて、アリシアは雄々しくそう宣言した。
「じゃあ今のはなんだったのかな」
アシュリーがちくりと言っている。それに素知らぬふりで、アリシアは私に、
「少しよろけてしまったの。支えてくれて、ありがたかったことよ」
と言った。
「えぇと、どういたしまして?」
「リオン、こういう時は『役に立ちまして光栄でございます』とかなんとか、そのような物言いの方がいいのではないか」
我が従兄弟殿よ……お兄ちゃんっぽいフォローしてくれるじゃん。
「お役に立ちまして、光栄でございます?」
「立派な物言いだわ、リオン君」
褒めてくれる、お姉ちゃんタイプのパトリシア。え、やだ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって、夫婦っぽい関連づけはパトリシアに対して失礼だぞ! まだ捕まってない! まだヤンデレなりかけの王子殿下にはパトリシア、捕まってないんだから!!
「リオン、疲れたよね。お茶でも飲まない?」
そっと服の袖を引っ張ってそう訴えてくる、アシュリー。僕疲れちゃった、というのを素直に言えないあざと可愛い系不憫ビッチ受け! 逆らえる腐士なんていない!!
「アシュリー様も疲れたでしょう? もう戻りましょう。ジーンも、行こう」
ユージーンに手を伸ばすと、はにかみながら手をつないでくれた。そうしたらアシュリーが、服の袖を掴んでいた手を、腕に移動させてしがみついてきた。ドキッとするじゃん。
「確かに、僕疲れたかも」
あざと可愛い系不憫ビッチ受け君! いいぞもっとやれ!!
……いやいやいやいや、欲望に流されるな私。私は忠犬キシ公ではなく、ただのモブです。ちょっとサービスが過剰すぎて目眩がするなって。あれ? そういえばイーノックって騎士希望だけど、忠犬キシ公希望だったりもする?
「……あれは、どうなんだ」
背後で親愛なる従兄弟殿がなんかぼやいている。
「仲がよろしいのでは?」
ふわふわとしたパトリシアの声。
「殿方というだけであの距離感! ずるいですわ!」
アリシアはどこを目指しているんだろう。
「なんか……好事家受けがいいように思えますよね……」
受け? ランディーさん今、受けって言った!? 好事家が受け。好事家って物好きな人とか風流な人って意味だよね? 風流人の受け君……イイ。とってもイイ。不憫属性が盛りやすそう。没落した宮様が受けとか、とってもイイんじゃないかな!? あばら屋で横笛吹いちゃうやつだ!!
「リオン君が歩きにくそうなんですけど?」
「君が離れたらどうかな?」
ぴりついたユージーンとアシュリーに気づくこともなく、お茶会の席に戻るのだった。




