王子様がこっちを見ている
話は数日前に遡る。
ブルースとその異変に関する環境変化も落ち着いた七月のある日。パトリシアが腐属性講義棟に顔を出すのにも慣れてきた、夏のある日。腐属性講義棟に、ざざざっと騎士たちが踏み行ってきたのだ。
あ、やべ。ブルースの件でどっかの誰かがキレて騎士派遣してきたんだわ。
私はそう確信していた。というのも、最近のブルースはお前下僕なんか、と言わんばかりの尽くしっぷりだったからだ。なんか頼むと喜ぶ。ほっとくと泣く。かまうと喜ぶ。無視すると瀕死。誰だそれ。私でさえこうなのだから、彼のご家族は愛するご子息の急変ぶりに心を痛め、元凶の平民を懲らしめようと騎士団を突入させたんだと確信した。オワタ。ごめんママ上。あなたの娘リタは、このまま平民リオンとして死んでいきます。そう遺言じみた語りかけさえ脳内で行っていた。そうしたら、踏み行ってきた騎士たちが、二列に整列した。騎士の作る列の間を、悠々と歩いてきたのがこの従兄弟。ジェレマイア王子殿下。先代国王の一粒種。学園を卒業したら王太子になるのが既定路線の、直系王族。
「平民のリオンというのはそなたか」
「はぁ」
え、ブルースってこんなお偉いさんと友達だったんか? こんないかにも選良ですって言わんばかりの王子様が、あのアホの子と親友だったなんて、そんなことある? 実はこう見えてこの王子様、おっぱい連呼できちゃう系王子だったとか?
「王子殿下にご挨拶申し上げます。どうか発言の許可をいただけませんでしょうか」
そんな私を庇うように、前に進み出てくれたのが、パトリシアである。そしたら王子様、さっきとは打って変わったやぁさしぃい声を出してきたのである。
「久しいな、パトリシア嬢。息災だったか」
「おかげさまを賜りまして」
「病気で療養と聞いていた。……心配していた」
「お優しいお言葉、わたくし感激いたしました」
ふんわりとした親愛のこもったパトリシアの声と、でろっと甘い、王子ーーもう従兄弟でいいや、従兄弟の声。
「そなたの姿を見ないようになって、ずいぶん寂しく思ったものだ」
「恐れ入りますわ、殿下。数にならぬわたくしのことを、そのようにおっしゃってくださって」
「数にならぬなどと! そなたがいない王宮も学園も、厳冬に静まりかえる、冬の森のようだった」
まぁこの辺まで聞いてれば、どんだけ鈍くても悟るものがありますよね。我が従兄弟、この美少女が初恋と見た。そうかー。趣味がよろしいのは分かるけど、あまりに高嶺の花。いや、王子と伯爵令嬢だと、王子の方が高嶺の花なのか? でもこのパトリシアの麗しさ、華やかさ、それに心根の強さを思うと、パトリシアの方が高嶺の花なんじゃね? と思わずにはいられない。従兄弟の美点を知らないからそう思うだけなのかもしれんけど。
「殿下の紡がれるお言葉の美しさに、わたくしうっとりしてしまいそうですわ……それで」
それで、という言葉できっぱり雰囲気を切り替えられるパトリシア。デキる女上司みたい。
「リオンにどのようなご用ですの? 殿下が平民を名指しでこちらにいらっしゃるなど、想像だにしておりませんでした。驚きのあまり、胸が苦しゅうございますわ」
「っ、そなたを苦しめるつもりはなかった」
そう言いながら私を見る目が鋭い。いやいや、あなたの行動にパトリシアは驚いてんですよ、我が従兄弟殿。カールよりももっと深い青色の髪に、整った顔立ち。目はパパと同じ、藍色の目だ。だけど表情のせいなのか、目つきのせいなのか、厳しい人のように見える。周囲を萎縮させるような感じ。パトリシアにそれが通じてないのは幸いなんだろうけど、まぁあれだけデロデロしてればなぁ。
「ただ、そなたは編入したばかりで、この学園のことをよく知らないだろう。それに平民という存在にも慣れないはずだ。身分をわきまえぬ平民がそなたに、なんぞ不躾なことでもするのではないかと、私自ら検分に来たのだ」
なるほど、恋人でもない子の、お友達チェックか。
えっ? 恋人でも婚約者でもないのに、お友達チェックとか重くない!? いや、もしかして恋人なのか?
「ーーパトリシア様、もしかしてあの、殿下と将来のお約束でも……?」
思わず聞いていた。後で聞けばよかった、というのは、口を開いた後に気づいた。やだー、もうちょっと自分、早く気づいてー!
「まぁ、まさか。殿下が腐属性を賜った娘と、たとえ戯れだとしても声をかけられるなんて、そんなことは決してないわよ? もう、リオン君は可愛い勘違いをするのねぇ」
うふふ、と笑ったパトリシアと、戯れ辺りで顔色を変え、決してないっていう辺りで死んだ顔になる我が従兄弟殿。
「えぇと、あの、僕の勘違いなのかもしれないんですけど、でも腐属性魔法の認識ってけっこう、ましになってたりしません……?」
「この学園ではね。けれど王宮ではまだ違うの。きっと腐属性魔法使いのダンジョンアタッカーが、上級ダンジョンを攻略するまではあのままでしょうね……」
「それだとパトリシア様、婚期逃がしちゃうじゃないですか!」
今から上級ダンジョン!? ちょっと死んじゃうかも!
「あら、それはお相手が王族だとか大公だとか、そういう高貴な方ならそうでしょうけれど、子爵家や男爵家の方なら、そんなうるさいことはおっしゃらないはずよ」
「パトリシア様が子爵家って、ちょっと不自然なのでは」
っていうか、お相手暗殺されん?
「パトリシア嬢。なにか、その……そういう話が、出ているのだろうか」
瀕死の顔をどうにか無表情で固め直しています、みたいな王子が、そう口を挟んできた。分かります、確認せずにはいられなかったんだよね。
「お話があれば嬉しい限りですけれど……今は、まだ。わたくしが未熟だからですわね」
いやいや、将来の旦那様のためにも焦らない方がいいと思う。婚約者が次々不審死しちゃったら、パトリシアだって困るでしょ!
「君が優秀でないはずがない。もし結果が出ないとしたら、指導者に問題があるということだ」
そう言いつつ、私を睨めつける従兄弟殿。あんまり怖くないのは、その盲目ぶりがなんだかパパを彷彿とさせるからだろうか。パパのそういう部分って、王族特有だったりして。
「殿下、リオン君にそのような言い方はおやめください。彼のおかげでわたくしは、この学園に来ることができたのです。自分の未来を諦めずにすんだのです。それなのに、そのようなおっしゃりよう……殿下にとって見苦しい属性なのは、分かっておりますけれど……」
「ーーっ、ーーっ!」
めっちゃ焦っている。無表情で焦っている。あわあわしてる。無表情なのになんで分かるんだろう。パパはこういう時、顔に出るんだけどなぁ。
「あの、パトリシア様」
思わず口を挟んでいた。
「殿下は、パトリシア様が心配だったんですよ。だから王子殿下でいらっしゃるにもかかわらず、わざわざ腐属性の講義棟にまでおいでくださったんですよ。だって一年生の、それも平民がいる講義棟ですから。貴族同士の常識が通じなかったり、パトリシア様がなにか不愉快な思いをされてるんじゃないかって心配なさったんですよ」
「リオン君……」
私を見て、それから従兄弟殿を見る。パトリシアと目が合って、従兄弟は無表情のままちょっとだけ頬を赤らめた。めっちゃくちゃ分かりにくい赤らみ具合だ。これは表情読むの、大変だろうな。っていうか、なんで私、分かるんだろう。従兄弟だからだろうか? それとも攻め君や受け君の表情を色々描いてきた経験が物を言ってるんだろうか。なんか背景に花が飛んでたり、雷が走ってたりするのが見える気がするんだよね。
「貴族の方にとって、平民と関わることなんてほとんどないでしょう。僕たちだって、貴族の方と関わることなんてありません。だからお互い、どういう存在なのか分からないんだと思います。殿下にとって、訳の分からない生き物が、たいーー親しい令嬢の側にいると思うと、気が気でならないのでは」
危うく大切な女性って言いかけたわ。駄目よ、リタ。こういうのは外野じゃなくて本人の口から言わせるのが鉄則ってものよ!
「あなたはいい子よ、リオン君」
「ありがとうございます、パトリシア様。でもたぶん殿下はこうおっしゃりたいんだと思います。もし僕が極悪人だったら、お優しいパトリシア様を騙して、信頼を勝ち得た後になにか、致命的な悪事を働くつもりではないのか、とか。僕はそんなことはしません。でも、よく知らない生き物が誓ってきたからって、すぐにそれを信じるようでは、将来この国を導かれるお立場としては軽々しいようにも思えますよね。だから、僕は長い時間をかけて、パトリシア様や殿下の信頼を勝ち得ていかなきゃって思います。パトリシア様も、ちゃんと僕を見張っててくださらないと」
ね、とパトリシアに微笑みかけると、パトリシアはーーなんだろう、ほのぼのとした眼差しを向けてきた。
「貴族に慣れないと言いながら、リオン君はなんてわたくし達の事情を慮ってくれるのかしら……まるでわたくし達に、甘えていいのだと言ってくれているようだわ。優しいのね、リオン君。そしてわたくしは貴族である以上、あなたのその高貴な優しさに甘えるわけにはいかないのよ」
誰か翻訳プリーズ。そう思った次の瞬間、パトリシアがきっと従兄弟に向き直った。
「殿下にとって、この国のか弱き者は、庇護すべき対象のはずでしょう。生まれた地位が殿下にとって低いのは、この国に生まれた者、等しく全てがその対象のはずですわ。貴族の流儀を知らぬこの子が、わたくし達に合わせようとしてくれる。そのことを殿下、当たり前にお思いにならないでくださいませ。悪人は確かに世に多うございましょうけれど、わたくし、リオン君がそのような存在だとはとても思えませんわ」
うーん、つまり、リオン君はいい子だからとやかく言うんじゃねぇって言ってる? いい子、なぁ。まぁご令嬢の結婚を危うくするような、下半身的な危険は皆無かなぁ。その点においてだけは保証するわ。
「パトリシア嬢……だが、私は……」
せっかく再会できた初恋の女性が心配でならない我が従兄弟。パパに似てる気がする。ママと長く離れた後のパパを想像するとーーわお。ジェレマイア様! ものすっごく理性的じゃないですかね!?
「そんなにご心配なら、時々いらっしゃってはいかがです? 平民がどういう生き物か、次期国王たる殿下がお知りになるのは、パトリシア様、悪いことじゃないと思うんですけど」
別に我が従兄弟殿の好感度を上げたいとか、考えているわけではない。そうじゃなくて、我が従兄弟殿のガス抜きをした方がいいんじゃないかなって思いましてですね。
「それは……リオン君、ジェレマイア殿下はとても忙しい方だからーー」
「そういうことなら時折邪魔をしよう」
清々しい顔で従兄弟殿が宣言した。これ幸い、このチャンスを逃がすな! の勢いである。まさか毎日は来ないだろうけど、ちゃんと適切な間隔を開けてくれるんだろうか。リタ心配。
「殿下、それほど心配なさらずとも……リオン君はとてもいい子ですのよ?」
戸惑うパトリシアと、きりっとした横顔を見せつけてくる従兄弟殿。
「そなたの感覚を疑うわけではない。ただ私が、そなたの印象が正しいと、証明したいだけなのだ」
パトリシアは正しくて、リオン君は怪しい。そういう意見をきれーにまるーく納めてくれやがりましたわ、この王子様。もういっそのことヤンデレて嫌われちまえ!




