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力の懸念

 ひなは麟と隣り合って座り、手にしたジュースを飲みながら目の前の煌びやかな街並みを見つめていた。ここは、誰一人自分の姿を見ても嫌悪したりしない。冷たい眼差しで睨む者もいなければ排他しようとして来る者もいない。こんなに居心地がいい場所があったとは知らなかった。この状況が普通だと言うのに、普通ではない事がひなにとって普通だと思い込んでいた、と言った方が正しいかもしれない。

 ここにいてもいいのだと、誰かが口にしたわけではないのに安心していられる。それが当たり前にあることなのだと、ひなはようやく分かった。


「ここはひなの事、誰も気持ち悪いって言わないから好き」

「?」


 麟はそう呟くひなを見下ろすと、彼女が少しウトウトとし始めている事に気付いた。

 ひなの手に握られている僅かに残ったコップを手に取り、舟をこぎ始めているひなの身体をそっと抱き寄せた。


「ひな、もう屋敷に戻ろうか?」

「……うん。ちょっと体が重たい感じがする」


 ひなが目覚めて、ここで食事を済ませるまでの時間の感覚はそんなには経っていないように思えたが、激しい運動をした後のような感覚が体中に圧し掛かっている。


 麟は疲れ果てたようになっているひなを抱き上げると、コップを近くの店に渡し屋敷への道を急ぐ。

 一ノ宮から麟の屋敷に戻り大門をくぐると、するとそれまで体に圧し掛かっていた重たさが嘘のように和らぎ、ひなは眠気は残るものの再び元気を取り戻した。その様子を見て、麟はひなを地面に降ろす。


「何だか急に体が軽くなった気がする」

「ここはひなが過ごしやすいように結界を張ってあるからね」

「そんなことも出来るの? 麟さん凄いね」

「しばらくはここの屋敷で過ごすと良い。欲しいものがあれば揃えさせよう」

「うん……あ、でも」

「?」


 全て自分の為に準備をしてくれる麟の言葉に、ひなは素直に嬉しく思った。だが、心の中には嬉しさと同時に申し訳なさが込み上げてくるのも否めない。

 ひなは困ったような笑みを浮かべながら申し訳なさそうに呟く。


「色々してくれるの嬉しいけど、それで麟さんが大変になっちゃうのは嫌だなって思って」


 その言葉を聞いた瞬間、ドキッとした麟の脳裏にかつての言葉が蘇る。


――色々してくれるのは嬉しいけど、それであなたが大変になるのは嫌なの。


 相手を気遣うひなの言葉に、かつて雪那が自分に言った言葉がリンクする。そして同時にぎゅっと胸を掴まれたような切なさにも似た感情に包まれ、思わず目の前にいるひなを抱きしめた。


「麟さん?」

「……ひな、君はまだ子供だ。私たちの事情など気にする必要は無いし、存分に甘えればいい。私がそのことで大変になることはないよ」

「……ほんとに?」

「もちろんだ」


 体を離してニコリと笑みを浮かべると、ひなは顔を赤らめながらも心底嬉しそうに大きく頷き返し、麟に思い切り抱きつく。


「麟さんありがと!」

「さあ、部屋へ戻ろう。八咫烏ももう戻って来ているはずだ」


 そう言って立ち上がり、先に歩き出した麟の後姿を見たひなは無意識に麟の空いている手を見つめる。


「……」


 ひなは自分の手を見つめ、もう一度麟の手を見つめる。

 ここはお屋敷で外とは違い、手を繋いでいる理由は特にないのだが大きく暖かな手に触れていたいと思ってしまう。


 突然繋ぎに行ったら嫌がられるだろうか?

 

 そう思うと少し怖くもあったが、麟はそんなことで怒るような人じゃないと言う事は十分に分かっている。だから体が動き、パタパタと小走りに駆け寄るとその手を握り締めた。突然手を握られて少し驚いたようにひなを見下ろした麟だったが、少しばかり遠慮して不安そうな色を見せるひなの表情に、やんわりと微笑みその小さな手を握り返した。


「八咫烏。戻ったよ」

「麟。頼まれた物を買って来たけど、人間の子供の着る着物の大きさはよく分からなくて……こんな感じでいいのか?」


 部屋に戻ると、先に戻っていたヤタがこちらに背を向けたまま風呂敷を解きながらこちらを振り返ると同時にその動きが止まった。突然固まってしまったヤタの姿に不思議そうな顔を浮かべる麟とひなは、目を瞬かせてポカンとしてしまう。


「どうした?」

「……いや、別に」


 ヤタの視線の先には、ひなと繋いでいる麟の手が映っている。

 声をかけられて何でもないと呟くが、どこか憮然とした雰囲気を消せないヤタの様子にひなが気付いた。ヤタの視線の先と自分の繋いでいる手を見比べて思い至ったのだが、ひなは繋いでいる手を思わずぎゅっと力を込めてしまう。


「?」


 ふいに強く握り返された麟がひなを振り返ると同時にひなは口を開いた。


「ヤタさんもしかして焼きも……」

「う、うううううるさいな! とにかくこの着物が合うかどうか試したらどうだ!?」


 早口でまくしたてるように言葉を遮ると、目の前に置いてあった着物をぐいっとひなの前に押し出して来た。そこに綺麗に畳まれていたのは二種類の着物で、一つは淡い黄色で可愛らしい桜の絵が描かれており、もう一枚は白地に赤い朝顔の描かれた着物だった。帯は赤地のものと淡い緑色のもので、一見すれば大人の女性が合わせるような色合いではある。その着物を見た瞬間、ひなは麟の手を放してヤタの傍に駆け寄る。


「わぁ、凄い綺麗! ヤタさんありがとう! 着てもいい!?」

「あ、あぁ……」

「やった~!」


 ひなは着物を抱きかかえ、傍に控えていたシナに連れられて別室へ移動する。

 残されたヤタはちらりと隣に立っていた麟に視線を投げかけると、麟は彼のすぐそばに腰を下ろす。


「八咫烏、どうした?」

「何がだ?」

「ひなが来てから様子がおかしいぞ?」

「……そりゃ、いきなり人の子が実体を持ったまま幽世に来たなんて、らしくもなくなるだろ」


 まさか、麟の隣にいるのが自分じゃない事に嫉妬した。などと言えるはずもなく、 本当の気持ちはぐっと飲み込み、もっともらしい理由を口にすれば麟も納得したように「それもそうだな」と笑いながら頷いた。

 柔和に笑う麟の横顔を見ていたヤタが、やはりどこか釈然としない色を滲ませながらボソリと呟くように訊ねる。


「……二人で出掛けてたのか?」

「あぁ、ひなはこちらに来てから何も口にしていなかったからな、街に降りて食事を摂らせていたんだ」

「食事って……。じゃああいつは……」

「あの子はここに残る事を選んだよ」


 ヤタはその言葉を聞き、長いため息を吐いた。

 本人がそう決めて自分で選んだのであればもうこれ以上言う事はできない。そもそも麟の決定事項に本来は口を出す権利もないのだから認めざるを得ないのが当たり前だった。


「ところで、化け猫屋で菓子は買って来たか?」

「あぁ、これでいいか?」


 ヤタは着物の袂から宝石のような琥珀糖の入った瓶を差し出した。

 様々な色に輝く琥珀糖が詰まった瓶を手に取ると、カラリと音が鳴る。


「これだけあればしばらくは大丈夫そうだな」


 この世界には様々な菓子店がある。そしてその菓子は特別なもので、種類によって「効能」と言うものが必ず備わっていた。

 「記憶」、「制御」、「解放」、「呪縛」など、病的な物とは違う部分に作用する物だ。とりわけ、化け猫屋の琥珀糖は「制御」に関する効能が高く、闇の力の暴走に高い効果があった。


「ひなの力もいつ暴走するか分からない。自分でコントロールが出来るようになるまでは、この菓子の力が必要になるだろう」

「麟……あの子の異能が何なのか、あんたはもう分かってるのか?」


 ひなが持つ異能。神獣でもある麟にはおぼろげに感じるところがあった。

 彼女が秘めているものは常人にはない何かだ。普通の人にはまず持ち合わせないであろう力。それはこの世界に生きるあやかし達でさえそう容易く持ち合わせるものではない。彼女になぜそんな強力な異能を持っているのか……。ひなの持つ力に非常によく似た性質を所持している者を知らないわけじゃない。ただ、確証がなかった。確かな事がハッキリと分かるまではむやみに口にするのは危険だ。


「今はまだハッキリとは言えない。ただ、あの子の持つ力は……現世に置いてはおけないほど強いと言う事ぐらいだ」

「……」

「彼女の力がおかしな方向へ行かないよう、見守らなければならない」


 麟は手にしていた琥珀糖から視線を上げ、穏やかな時間が流れる庭園に向けた。

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