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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第三章

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 地面の底から這い上って来る身の毛のよだつ気配。それはゆっくりと煙のように地上に上がって来る。そしてそれらは地上に上がるに従って、悲鳴とも咆哮ともつかない、低く、しかし明らかに背筋を冷たくなぞっていく魂たちの怨嗟や怨恨の叫び。それらはすべて阿修羅の元へと収集されていく。


 やがて、地面の一部がボコっと膨らむ。いや、脈打つ、と言った方が正しい。

 地震とも違う不自然な大地の膨らみは徐々に勢いを増していき、阿修羅を中心にボコボコと大地がうねり始めた。


「な、何だ……?」


 ヤタがそう呟くと同時に、一斉に大地の底から夥しい数の影が現れ激しい弾丸が無作為に四方に乱れ打ちし始める。

 ヤタは向かってくる影の弾丸を切り捨てる。すると女性の甲高い悲鳴が響き渡り消えていった。


「なっ……!?」


 阿修羅は、大地の奥底に染み込んだ“人間の魂”さらには深い恨みや憎しみを抱きどこにも行けない魂達を武器としてぶつけて来ていた。


 それまで俯いていた阿修羅の肩が震える。そしてくぐもった笑い声が聞こえて来ると、彼は完全に気が触れたかのように天を仰いで笑い出した。


「はははは!! どうだ!? 殺れるか? お前らに! 生き場のない哀れな人間の魂を!」 

「何てやつ……!!」


 狒猿は舌打ちをした。

 その場にいる全員が、向かってくる無限の弾丸を壊すことを躊躇う。しかし、それではこちら側も動けなくなるほどの強いダメージを食らう。今ここで躊躇えば、阿修羅の完全勝利になることは間違いない。


「……クソ野郎っ!!」


 ヤタは歯を食いしばり、ただでさえ動きにくい体を動かして向かってくる弾と、悲痛な人々の悲鳴を聞きながら切り捨てて行く。だが、次第に腕が上がらなくなり刀の位置がブレ始める。視界は霞み、気を抜けば膝をついてしまいそうなほど体力を消耗していた。


「八咫烏!!」


 すぐ傍で狒猿の声が響く。

 ヤタが苦しい表情で視線を向けるが早いか、目の前に影がかかった。


「……っぐぅ!!」


 苦しむ声が聞こえ、ハッとなって視線を上げると目の前には狒猿の背中が見えた。


 狒猿は弾をかわしながらヤタの姿と、いくつかの弾丸がヤタにぶつかりそうな瞬間を目撃していた。

 

 やられる。


 そう思った瞬間、狒猿はその場から駆け出し、ヤタを背後に庇い傷を請け負った。

 その事実を目の当たりにしたヤタは愕然とする。


「バカ野郎! 何してんだ!?」

「うるせぇ!」


 頭から血を流しながら、狒猿はそう叫ぶ。


「この勝負はぜってぇに負けられねぇ! そうだろ! 相棒!」

「……あぁ」


 ヤタは苦い表情を浮かべながら、今一度刀の鞘を握り直した。



                     ****



「獅那ちゃん!!」


 阿修羅からの弾丸からひなを守るべく、盾になっていた獅那。

 彼女もまた苦い表情を浮かべながら手甲鉤を用い、迫る弾を素早く弾き落としていた。弾が弾けるたびに響く気が触れそうな悲鳴に、ひなは耳を塞いでしゃがみこんでいた。


 こんな残忍なやりかたは認められない。


 獅那はその思いで迎え撃っていたが、次第に疲労の色が見え始める。


「ここで防げなければ、意味がないわ!」


 必死に食らいつこうとする。だが次の瞬間、獅那の脇をすり抜ける一つの弾丸が視界の端に見えた。

 その弾道を追うように振り向けば、それは真っすぐひなの元へと向かっている。


「ひなさん!!」


 獅那はすぐに地面を蹴ってひなを抱きしめる。と、同時に獅那の右腕を直撃し、弾は弾けて消えた。


「獅那ちゃん!?」

「……っ。ひなさん、無事、ですか……?」


 ひなに抱き止められた獅那は、肩の骨を砕かれ片腕は使い物にならなくなった。

 獅那は体制を保てず、ずるずるとひなの横へ倒れこむ。


「……っ!」


 ひなは視線を上げ周りを見れば、すぐ近くにいる不知火も身動きがままならず、応戦しても体に着弾する確率が増えている。ヤタもまた限界が近い、狒猿も立っているのがやっとのようだった。


 現場は、もはや阿修羅によって完全に堕ちたように見える。


「……なんで、こんなこと」


 ひなは悔しそうに唇を噛んだ。

 その時、視界の端に小さく蠢く人物を見つけ、ひなはそちらに視線を向ける。そこには気絶していたマオがゆっくりと起き上がる姿が見えた。


 この状況でマオまで立ち上がったら……。


 ひなはいよいよ恐怖に言葉が出ない。頭の中は真っ白だった。


「ひなさん!!」

「!」


 マオに気を取られているほんの僅かな隙に、更なる弾丸がひなに迫る。


 まともに食らってしまう。


 ひなは咄嗟に顔を庇うように手を顔の前に持ってくると、着物の袂からひらりと一枚の紙が滑り出る。それは少し前に麟から貰った手紙に挟まれていた人型の紙だった。


「っ!」


 ひなに着弾する直前、大きな影がひなの身体を包み込み素早く横へと倒れ込む。

 固く目を閉じていたひなは、自分を包み込む感触と懐かしい香りにパッと目を見開き顔を上げた。


「麟さん!」


 久し振りに間近にみる麟の姿に、ひなは涙腺が緩みそうになる。


「大丈夫か? ひな」


 上体を起こしひなの状態を確認する麟だったが、周りの状況を一瞥し眉間に深い皺を寄せる。


 この状況は、あまりに芳しくない。 


 暴発している阿修羅の姿を前に、ヤタ達はもはやギリギリの状態を気力で保っている。


「ひな、君は……」

「麟さん!!」


 害の及ばない場所へ……そう言いかけるが早いか、次なる流れ弾が麟の背後に迫っているのをひなが見つけて叫ぶ。


 流れ弾の早さに避けきれないと、麟はひなを横へ押しやって背に庇い立ちはだかった。

 「嫌だ」と言いかけて手を伸ばした先で、ひなは目の前で起きた出来事に目を見開く。


 着弾する。その直前、弾と麟の間に人影が飛び込んできたのだ。その様子が、ひなの目にはまるでゆっくりとした動きで見え、そして驚きに言葉を失う。


「マオさん……!」

「マオ……!?」


 ひながそう声を発するが早いか、流れ弾はマオの胸部に着弾する。だが、あまりの威力にマオの身体は耐えきれず、弾かれるように後方へ飛んでしまう。そんなマオを抱き止めるような形で麟にぶつかり、二人揃って後方へ投げ出された。


「麟さん!!」


 二人の姿を追うように視線を向けると、投げ出された先には阿修羅が崩した建物の瓦礫が積み上がっていた。


 ……打ち所が悪ければ、命はない。

 

「やだぁああぁっ!!」


 ひながそう叫ぶのと同時に、麟の身体が強かに瓦礫に衝突してしまう。


「うっ……!!」


 強い衝撃に一瞬目を見開いた麟だったが、すぐに視界が朦朧として来る。そして、自分の膝の上にぐったりと横たわるマオが視界に入った。


「マ……マオ……」


 麟が掠れた声をかけると、マオは一度咳き込み血を吐いた。そして目を薄く開き、自分を見下ろす麟の姿に涙を浮かべる。


「……これで……良かった、でしょう?」


 震えるか細い声で、途切れ途切れに呟いた言葉と力ない笑みを遺し、マオはそのまま帰らぬ人となった。


「……っ」


 そんなマオを弔えず、麟もまた意識を手放した。

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