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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第三章

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衝突・弐

 左手は震え、もはや刀に添わせる程度にしか握れない。右手を軸に左手を柄に添わせ、ヤタは刀を構えて立ち上がった。


「そうだ! それでいい! もっともっと、もがき苦しめ!!」


 阿修羅はこの状況を心底楽しんでいるように煽る。彼の目は完全に瞳孔が開き、興奮状態だった。

 阿修羅もまた刀を構え直すと、顔の横に構える。


「……どこまでついて来れる?」

「っ!!」


 したり顔で煽るや、阿修羅は地面を蹴りヤタとの距離を詰める。


 いや、そうではない。もう奴は目の前にいた。そして見開いたヤタの瞳の先には刀の切っ先がある。


「――っ!」


 反射的にヤタは体を反転して身を引き紙一重でギリギリかわす。

 攻撃はかわせた。だが、完全に体勢を崩されてしまった。

 よろめくヤタに対し、彼の背後で身を翻した阿修羅は影を使い、ヤタを更に追い詰めて来る。

 地面の上を猛スピードで走る無数の影の波。それらは鋭い刃となってヤタに襲い掛かった。


 その瞬間。激しい爆音と共に砂塵が舞い上がり、地面が大きく抉られ大地が揺れた。


 身構えていたヤタが、薄目を開けて見るとそこには拳を大地に叩きつけてしゃがみ込んでいる狒猿の姿があった。


「狒猿!」


 狒猿はゆっくりと立ち上がりながら握った拳を鳴らし、背後の八咫烏を振り返る。


「遅くなってすまねぇな! 八咫烏!」

「恩に着る!」

「良いって事よ。お前が倒れちゃあこの戦、絶対に勝てねぇからな」


 狒猿はそう言いながら阿修羅を睨むように振り返ると、ギチリと拳を鳴らして腰を落とし構える。


「ここからは俺が相手になってやる。こいつを痛めつけた分、きっちり落とし前つけてもらうからな」

「……何人増えても同じ事だ」


 阿修羅の表情が僅かに変わった。

 狒猿は、阿修羅の影を文字通り叩き潰してしまった。力技だとも言えるその状況に対し、彼は内心焦りを感じているようだった。


 阿修羅は刀を構え、狒猿に切りかかる。

 目にも止まらない速さ。気付けば目前にいるような阿修羅の刃の切っ先は、容赦なく狒猿の脇腹を裂く。狒猿はぴくっと一瞬目を細めるが、すぐに相手の空いている腹部へ拳をうならせた。


 みしり……。

 奇妙な音が響く。


「うぐっ……!?」


 阿修羅は小さく呻き、体がすさまじい勢いで飛ばされた。

 荒々しく足の踏み場が少ない岩にぶつかり、砂塵を巻き上げながら阿修羅の身体がめり込みその場に崩れ落ちた。


 初めて阿修羅に入った痛烈な攻撃。不知火を除く、その状況を見ていた者たち全員に希望を抱かせる反面、不知火は焦っていた。

 狒猿と阿修羅の攻防から地獄の崩壊具合を一瞥し、阿修羅の攻撃力が上がっている事に、戦いが始まる前から抱いていた懸念が過る。


 このままの状態では……。


(……これ以上、もたない)


 不知火は眉間に深い皺を刻み、屋敷に目を向けた。


(閻魔様……)


                     

                     ****


「……ぐぅっ!」


 部屋にいた閻魔は机を叩くように手をついて顔を伏せ、低く呻いた。肩を震わせ、片手を口に当てがうなり吐血する。


 まるで、地獄の悲鳴が直接身体を抉るようだった。


 机の上に置いてあった布陣の紙が赤く染め上がり、両手をついた閻魔は荒い呼吸を繰り返し、紙を強く握りしめた。


 地獄は、閻魔そのもの。地獄と言う世界を保ち続けるために、閻魔は自分の命をかけている。


「……阿修羅。ここまでとは」


 閻魔はギリっと歯を噛み慣らした。


  

                   *****

     


 狒猿は脇腹に切り傷がある事をものともせず阿修羅に歩み寄りながら拳を鳴らし、挑発的な笑みを浮かべる。


「なぁ、阿修羅。戦うってのは……楽しいよな」

「……」

「そのくらいでやられたりしねぇだろ。ほら、来いよ」


 狒猿が再び拳を構えると、阿修羅はカッと目を見開く。

 ゾワリ、と一帯の影が生き物のように蠢き出す。そして狒猿の影もまた阿修羅の意識に操られ、彼の身体を拘束しようと飛びかかって来る。


「!」


 しかし狒猿は持ち前の直感力を働かせ、その場から飛び退き影の攻撃から免れた。

 勢いが付きすぎた影は激しい爆音を上げて地面に突き刺さり消えていく。


「……っ」

「いや、危なかった」


 ケロッとした顔をする狒猿に、阿修羅は更なる攻撃を仕掛けた。

 握り締めた刀を大きく振りかぶり、素早く振り下ろす。空を裂く重たい太刀筋と唸るような音。狒猿はそれをギリギリに掠め避けるが、彼の赤茶けた髪の一部がはらりと宙を舞う。

 阿修羅は間髪を入れずに刀を振り上げ狒猿の腕を裂くが、彼は怯むことなく一歩間合いを詰めて来る。


「おらっ!」


 そう声を上げるが早いか、彼の拳は阿修羅の手元へと振り上げられる。

 だが、阿修羅はそれを持ち前の素早さでかわすが、すぐさま狒猿の蹴りが側頭部に飛んでくる。


「うっ……!!」


 攻撃二発目。

 阿修羅の身体は再び弾き飛ばされ、大きな砂塵を巻き上げながら周りの岩々を砕いて行く。

 狒猿の攻撃は的確に阿修羅の身体にダメージを残す。だが、阿修羅も負けてはいない。もうもうと立ち上がる砂塵の中、狒猿の目の前まで間合いを詰めてくる。


 下から掬い上げるような刀を、狒猿は身を仰け反らすことで避ける。だが腹部から胸部にかけて鮮血が走った。

 狒猿はそのままバク転をするように両手を地面に付き、振り抜く両足で阿修羅の腕を起用に絡めとり遠方へと投げ飛ばしてしまう。その素早さは、ヤタの剣技にも劣らない。


 再び地面を舐めるような羽目になった阿修羅は、憎々し気に狒猿を睨みつけて立ち上がる。


「……ちっ」


 顔に付いた砂を拭い去り、阿修羅は忌々しそうに舌打ちをする。

 阿修羅は、狒猿の動きが読めていない。

 確実に狒猿の身体にも傷を負わせているのにも関わらず、彼は並外れた直感力で紙一重でかわし続けている。

 刀を構えた阿修羅は、まるで「消えた」と言っても過言ではない速さで素早く狒猿の背後に回り込む。


 人間は見える範囲でしか反応は出来ない。ならば死角からであれば狙える。


 阿修羅は迷いなく刀を狒猿の腹部を狙って叩き切るように振り翳した。


「狒猿!!」


 ヤタが張り詰めた声を上げる。

 だが……。


「なっ……!?」


 驚いたように声を上げたのは阿修羅の方だった。

 狒猿の脇腹を狙い撃ちしたはずの刀が、気付いた時には真っ二つに叩き折られている。


 咄嗟に振り返った狒猿は、避ける隙を作れず向かってくる刀の側面を目掛けて肘を振り下ろし、真上から刀の弱い面を打ち砕いた。


 ほんの一瞬の出来事だが、長く感じる瞬間だった。

 カシャンと音を立て地面に落ちた刃先と、折れた刀の一部は阿修羅の手元に残る。

 

「……ってぇ」


 見れば、腹部に手を当てる彼の姿がある。指の隙間から流れる血を見れば、間違いなく狒猿の脇腹にも深い刀傷が出来ていた。


 ほぼ相打ち。だが、ほんの僅かだけ狒猿の方が上手(うわて)だったと分かる。


 阿修羅は、このまま長引けば勝敗の比率が大きく傾くことを肌で感じた。

 完全体だったなら、こんな所で苦戦せずに済んだ。だが、彼を支配しているのはその思いよりも、目の前にいる狒猿に集中している。

 ゾワリとする感覚が背中に走り、彼の目にはもう狒猿しか見えていない。


「!」


 大気が大きく揺らめく。それまで聞こえて来た音が消えた。

 不穏な空気と重圧。空気が薄くなったのかと思わせるほど息苦しさを覚える感覚が、この場にいる全員に伝わって来る。

 全員が阿修羅を見れば、彼は顔を俯けた状態で背を丸め禍々しい気配を発していた。

 

 狒猿は素早く阿修羅から間合いを取り、ヤタの近くまで距離を取る。


「……なんか、やべぇのが来る」

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