衝突
身を低く、刀を構える。刃先をなぞるように手を滑らせ、鋭い眼光が切っ先に乗る。
次の瞬間、ヤタは地面を蹴って真っすぐ飛ぶように阿修羅の喉元めがけて飛びかかった。
阿修羅との距離が急速に縮む中、阿修羅の表情は崩れ歪んだ笑みを浮かべる。
ガン! と鳴る金属の重たい衝撃音。
ヤタの刀の一突きを、阿修羅は上から叩きつけるように、自分の刀の柄を振り下ろした。
「!」
軌道が外れたヤタの刀は真下に叩き落され、同時に頬に鮮血が散る。そして体勢を僅かに崩した彼の背後では、大きな地鳴りと共に大地が揺れ、閻魔の屋敷と大地に亀裂が走った。
「きゃあぁ!」
ひなの悲鳴と共に、屋敷の一部が轟音を立て、崩れ落ちる衝撃で強い風に煽られる。
ヤタは瞬間、そちらを振り返りそうになる。が、地面を踏みしめ耐えた。
更に足を踏み込み、阿修羅を振り返りながら体勢を立て直す。すぐさま刀を両手で握り直し、阿修羅へと斬りかかった。
「ははは! かかってこい!」
阿修羅は笑いながらヤタの刀を受け止める。
刃同士がぶつかり合い、火花を散らしながらの攻防。どちらも引けを取らない重たい一閃を繰り出す。
「っち!」
阿修羅に、傷一つ負わせられないヤタは舌打ちをする。
ヤタもまた阿修羅の攻撃を全て、返す刀でかわしていると言うのに、刃が重なるたびに傷を負う。そして更には、ヤタの背後の大地や岩、枯れ木がみるみる内に裂け、砕け、更地だった大地が凹凸の激しい荒野に成り果てていく。
「くそ……っ」
攻撃を弾かれる度に、再び体勢が崩れる。
ヤタは苦々しい顔を浮かべ、歯を食いしばりながら阿修羅の攻撃をかわし続ける。
――何だ? こいつの太刀筋……。以前対峙した時とは全然違う。まるで……読めない。
阿修羅は、日本の剣術のそれとは違う、まるで舞っているかのように、くるくると動き回る。全く別の武器を握っているような感覚に陥っていた。
剣先が二重にも三重にも見え、ヤタの顔に冷や汗が流れる。
耳障りな金属音が絶え間なく響く中、不知火は上空から阿修羅の隙を狙っていた。だが、双方がかなりのスピードを保ったまま攻防を繰り返し、狙いが定まらない。
――速すぎる。
不知火はギリッと歯を噛み鳴らす。
焦っている――その実感があった。
――僅かでいい。何とか……。
そう願う不知火にチャンスが来る。
ヤタの振り下ろした一太刀の間に、ほんの微かな隙が生まれる。
「!」
不知火はその一秒にも満たない隙を突いて矢を放った。
「見えているぞ!」
阿修羅の死角から放ったはずの矢は、彼の影に呑み込まれる。
「見えてないとでも思ったのか? お前たちの目は前しかみえないとは、哀れだな!」
阿修羅はヤタの刀を下から払い上げるようにして弾き返す。その重たい衝撃に、ヤタの体がよろめきながら数歩、後ろに後退する。その瞬間、阿修羅の影から無数の黒い矢が不知火めがけて飛びかかった。
「不知火!」
ヤタが声を上げると、不知火は素早く弓を体に掛け、刀に手を伸ばし、迫りくる矢を叩き斬る。
「うっ!」
止めどない猛攻撃に、不知火の手が追い付かない。
翼と肩、足に幾つかの矢が突き刺さり鮮血が空中に散る。
不知火は羽根を傷めたことで飛行できなくなり、地面の上に体を叩きつけられる。
「不知火!」
「おおっと。人の心配をしている場合か?」
「っ!?」
ヤタが声を上げるが早いか、阿修羅は刀を振り下ろす。寸でで刀を構えて防ぐも、重圧がかかったような重たい太刀筋と衝撃に、ヤタの体は後方へと吹き飛ばされ、切り立つ岩に叩きつけられた。
「がはっ……!」
したたかにぶつけた体は岩に跳ね返され、ヤタの体が僅かに反り、息が詰まるような衝撃に低く唸った。
砂塵を巻き上げ、地面の上に落ちたヤタが血を吐きながら刀を地面に突き立てて、ふらつきながら顔を上げると、阿修羅は目を細めながら自らの刀を舐める。
「お前の太刀筋……喰ったぞ」
「!?」
ニタリ、とほくそ笑む阿修羅。彼の纏う影はヤタの四肢をその場に縫い留め、動きを完全に封じてくる。
「くっ……!」
どんなに身を捩ろうと、ビクともしない拘束を前に、阿修羅はヤタの太刀筋と全く同じ構えを取る。
「……ぐぅっ!」
ヤタが唸るのと同時に、目の前に阿修羅の顔がある。そして阿修羅の突き立てた刀は、深々とヤタの左肩を貫いていた。
熱い。
ヤタは目を見開き、肩にかかる熱さと衝撃に汗が流れる。
「ヤタさんっ!」
目の前の戦いに、ひなは悲鳴に似た声を上げる。
そのひなを横目に一瞥しながら、阿修羅は口元の笑みを消すことなく呟いた。
「見ろ。俺の娘が泣いている。……最高だとは思わないか?」
言葉尻に笑いが含まれる。その異常性に、ヤタは心臓が冷える思いだった。
「き、気狂い野郎……っ」
ヤタは脂汗の滲む顔を歪め、至近距離で笑う阿修羅の顔を睨みつけた。
「いいぞ……だんだん乗ってきた」
「うぐっ!」
肩に突き立てた刀を、さらに押し込む。
「やめてぇっ!」
ひなの悲鳴を耳に受けながら、ヤタは歯を食いしばり、強い電流を流されたかのような痺れる感覚に呻く。
戦い、相手が苦悶に歪む表情を見る度に、阿修羅は高揚し始める。
低くくぐもった笑いを漏らし、やがて声を上げて笑い出した。
「ははははは! もっと……もっとだ! 俺を楽しませろ!」
阿修羅はそう叫ぶと、ヤタの肩から刀を勢いよく引き抜く。流れる鮮血は刀の切っ先に乗り、空中に弧を描いて舞い散った。
ヤタはその場に膝を着き、震える手で血が噴き出す肩を抑える。
「……い、いきなり魂を取りに来ねぇとか、マジで気狂い野郎だ」
肩で大きく息を吐き、睨みつけながら唸るように呟くと、阿修羅は天を仰いで更に笑い出す。
「一撃で死ぬような生温い殺し方の何が面白い。もがき苦しむ姿こそ、最高にそそるだろう?」
「……クソがっ」
ギリッと歯を食いしばる。
――狒猿は、まだか……っ。
ヤタは痛みに耐えながら視線だけで天を仰ぐ。
視点が霞み始める。だが、ヤタは再び刀を握った。




