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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第三章

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衝突

 ヤタは身を低くして刀を構える。刃先をなぞる様に柄を握る手ではない方の手を滑らせ、鋭い眼光が切っ先の光に乗る。

 次の瞬間、ヤタは地面を蹴って真っ直ぐ飛ぶように阿修羅の喉元目掛けて飛びかかった。阿修羅との距離感が急速に縮む中、阿修羅は目を見開き不敵に歪んだ笑みを零す。


 ガン! と鳴る、金属の重たい衝撃音。

 ヤタの刀の一突きを阿修羅は上から叩きつけるように、自分の刀を振り下ろす。

 完全に軌道が外れたヤタの刀は真下に叩き落とされ、同時に頬に鮮血が散る。そして彼の背後では、大きな地鳴りと共に大地が揺れ、閻魔の屋敷と大地に亀裂が走った。

 屋敷の一部が轟音を立てて崩れ落ちる反動で、ヤタは背後から強い風に煽られる。


「きゃあぁっ!!」


 屋敷の前に居たひなの悲鳴が聞こえ、瞬間、そちらを振り返りそうになる。だが、ここで視線を逸らせば相手の思うまま。


 ヤタは足を踏み込み、砂塵を巻き上げながら阿修羅を振り返り体勢を立て直す。そしてすぐさま刀を両手で握り直し、阿修羅へと斬り掛かった。


「ははっ! かかってこい!!」


 刃同士がぶつかり合い、火花を散らしながらの攻防。どちらも引けを取らない重たい一閃を繰り出す。


 阿修羅が太刀を振るう度に、ヤタの身体に傷が走り、背後の風景がみるみる内に裂け、砕け、更地だった大地が凹凸の激しい荒野に成り果てていく。


 ヤタに攻撃は当たらず、全て返す刀でかわしているはずなのだが、気付けば無数の傷を負っている。さらに、阿修羅に攻撃を弾かれる度に体勢が僅かに崩れるようになっていた。


「くそ……っ」


 耳障りな金属音が絶え間なく響き渡る中、上空から阿修羅の隙を狙う不知火。

 まるで舞っているかのように、くるくると動き回る阿修羅の隙を狙うが、双方かなりのスピードを保ったままの攻防に、狙いが定まらない。


 ――速すぎる。


 不知火はギリッと歯を噛み鳴らす。


 だが、ヤタの振り下ろした一太刀の間に、かすかな隙が出来た。不知火はその隙を突いて弓を引く。


「見えているぞ!」

「なっ……!?」


 完全な阿修羅の死角から放ったはずの矢は、阿修羅の影に飲み込まれる。


「ははは! 見えてないとでも思ったのか? お前たちの目は前しか見えないとは、哀れだな!!」


 阿修羅はヤタの刀を振り上げる一太刀で弾き返し、僅かな間を作る。その瞬間、阿修羅の影から無数の黒い矢が不知火目掛けて飛び掛った。

 不知火は素早く弓を身体にかけて脇差に手を伸ばすと、無数の黒い矢を叩き斬る。


「うっ!!」


 素早く切り捨ててはいたが、不知火の身体は徐々に傷の数が増え、翼と肩、足に幾つかの矢が突き刺さり鮮血が空中に散る。

 不知火は羽を傷めた事で飛行出来なくなり、地面の上に落下する。


「不知火!!」

「おおっと。人の心配をしている場合か?」

「っ!?」


 ヤタが声を上げるが早いか、阿修羅は刀を下から上へ払い上げる。ヤタは寸でで刀を構えて防ぐも、重圧がかかったかのような重たい太刀筋と衝撃に後方へと吹き飛ばされ、近くに切り立つ岩に背をぶつけた。

同時に阿修羅の放った残撃に地面が裂け、崩壊する。


「がはっ……!!」


 強かにぶつけた身体は岩に跳ね返され、ヤタの身体が僅かに反り、顔を顰めて息が詰まりそうな衝撃に低く唸った。


「お前の太刀筋……喰ったぞ」

「!?」


 ニタリとほくそ笑む阿修羅は僅かな隙すら逃さない追撃を繰り出す。彼の纏う影は素早くヤタの四肢をその場に縫い止め、動きを完全に封じた。


「くっ……!!」


 どんなに身を捩ろうとビクともしない拘束を前に、阿修羅はヤタの太刀筋と全く同じ構えから素早く牙突を繰り出した。


「ぐぁっ!!」


 阿修羅の刀は容赦なくヤタの左肩を貫く。


 熱い。


 ヤタは目を見開き、肩にかかる熱さと衝撃に汗が流れた。貫通した刀は、ヤタの背後の岩を木っ端微塵に打ち砕く。


「ヤタさん!!」


 目の前の衝撃的な戦いに、ひなは悲鳴に似た声を上げる。


「見ろ、俺の娘が泣いている。最高だと思わないか?」

「き、気狂い野郎……」


 ヤタは顔を歪め、脂汗を流しながら至近距離でニヤニヤとほくそ笑む阿修羅の顔を睨みつける。

 興が乗り始めた阿修羅は高揚し始めた感情を抑える事もなく、この戦いを楽しみ出していた。


「……いいぞ。だんだん乗ってきた」

「うぐっ!!」


 肩に刺さった刃を、阿修羅は更に押し込む。

 ヤタは歯を食いしばり、強い電流を流されたかのような痺れる感覚に低く呻く。


「もっと俺を楽しませろ!」


 阿修羅はそう叫ぶと、肩から刀を勢い良く引き抜き拘束を解く。ヤタはその場に崩れるように膝をついた。そして血が溢れ出す肩を震える手で掴む。


「……いきなり(タマ)取りに来ねぇとか、マジで気狂い野郎だ」


 ヤタが肩で大きく息を吐きながら唸るように睨みつけてそう言うと、阿修羅は天を仰いで笑い出す。


「一撃で死ぬような生ぬるい殺し方の何が面白い。もがき苦しむ姿こそ、最高にそそるだろう?」

「クソが……っ」


 以前の戦いより不完全なはずの阿修羅だと言うのに、こちら側の戦力不足が弱り目に祟り目になっている。


(狒猿はまだか……っ)


 ヤタは閻魔と布陣について話をしている時に、援軍として狒猿を要請していた。だが、彼を待っている間にやられては元も子もない。


 視点が霞み始める。だが、ヤタは再び刀を握った。

 左手はまともに力が入らなくなっているが、まだ握れない程ではない。だが、右手に頼るしかない中でも絶対に諦める事はなかった。

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