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似て非なる世界

「ひな。ここから先は私の傍を離れてはいけないよ」

「どうして?」

「ここは様々な世界に通じている場所だ。もしはぐれてしまったら、まだこの世界の住人として日の浅い君は世界の理を曲げる異物扱いとされて、何処へ飛ばされてしまうか分からない。そうなったら、さすがの私でも助けてあげられなくなってしまう。少なくとも、私の加護が届く場所にいてほしい」


 この世界に馴染むまでは麟の傍を離れてはならない、と言うその言葉にひなは表情を固くして頷き、繋いでいる麟の手をぎゅっとしっかり繋ぎ直す。


「分かった。絶対麟さんの傍から絶対離れない」

「いい子だ」


 屋敷の大門を抜けると辺り一面濃霧に包まれていた。その先に一体何が待ち受けているのかさえ分からないほど濃い霧が立ち込めている。麟が一歩その空間に足を踏み入れると、風が吹いたかのようにその足元からサァっと霧が晴れて行く。


「うわぁ……」


 突如広がった視界にひなは思わず声を上げた。

 麟の住む屋敷の目の前には大きな鳥居と朱色の手すりが付いた大きな階段が見える。階段の中央手すりには小さな赤い提灯が等間隔に下げられ、両サイドには同色の灯篭がある。提灯は暗くなればその足元を照らしてくれる役割を果たしてくれるようだった。


「あれ……? ここって……」


 ひなはふと、目の前の光景に見覚えがある気がした。

 麟の屋敷は山の頂上にある。目の前には石でできた巨大な鳥居。その鳥居の先に見える絶景や勾配のきつい階段。そしてその階段を覆うように生えそろう木々。山の麓には街が広がりその街は海に面していて、遠くの山々には雲海が広がっていた。

 誰が見ても間違いなく「絶景」と言わしめる光景が広がっている。そしてそこはひなが良く知る場所だった。


「高神神社……?」


 ひなが一心不乱に別世界へ行くことを望み、幾度となく参拝したあの神社と同じ光景だった。ぽつりと呟いたひなのその言葉に、麟は改めて彼女の手を握り直した。それに気付いたひなが麟を見上げると、彼はにっこりとほほ笑んだ。


「行きながら説明しようか」


 そこへちょこちょこと一匹の生き物が近づいて来る。それは麟の前にすとんと座ると小さくペコリと頭を下げて来る。見れば、ふわふわとした毛に覆われた小さな子ザルだった。くりくりとした丸くて黒い瞳に金色のようにも見える茶色の毛色をした変わった風貌の子ザルの手元には柄のついた提灯が握られていた。


「わぁ……可愛い」

「可愛い!? わっちはその言葉がいっちゃん嫌いなんだ。どうせならカッコイイと言ってくれ!」


 ひなの「可愛い」と言う単語に突然反応した子ザルは、可愛げのある表情から一変じろりと睨み上げて吐き捨てるようにそう呟く。

 突然の事に今度はひなが目を丸くして目を瞬き、麟は困ったように笑う。


「彼は道先案内人だ。少々口が悪くて小難しい奴だが、許してやってくれ」

「麒麟さま。わっちは今そこなお嬢さんに侮辱されたようなもんだぜ? 可愛いなんて言葉、わっちには世界一似合わねぇ。訂正してくんな!!」


 赤い顔を更に赤くして頬を膨らまし、腕を組んでプイっと横を向いてしまった子ザルに、ひなはもう一度麟を見上げる。


「麟さん。このおサルさんも名前は無いの?」

「いや。彼は幽世に永住しているあやかしでね。マシラと言う名前がある。こう見えてかなり長い間、道先案内人をしてくれているんだよ」


 マシラと呼ばれた子ザルは「ふんっ!」と鼻息荒くしたままそっぽを向き、一向にこちらを向こうともしない。

 麟は身を屈め、ひなの耳元にこそっと耳打ちをする。


『……彼に対しては言葉遣いを少し気を付けてやってくれるかい? 一度へそを曲げるとなかなか頑固で、後が大変なんだ。でも難しい事じゃないよ。彼が喜ぶように少し大げさに誉めてあげればいい』


 そう言うと麟はにこっと笑った。するとひなも目を瞬いていたが笑顔で大きく頷き返し、マシラの方へ向き直った。


「えっと……マシラさん? ごめんなさい。今度から気を付けます。道先案内人をずっとしてるなんて、凄くカッコイイですね」

「お? おおお? 今何てった? カッコイイ? カッコイイって言ったな?」


 鼻息の荒さはそのままに、やや興奮したようにこちらを振り返ったマシラの表情は一転、歓喜に顔を赤らめていた。


「よく分かってんじゃねぇか! そうだよ、わっちはカッコイイんだ! よっし、そんじゃ行こうぜ!!」


 あまりにも単純にご機嫌になるマシラに、ひなは麟を見上げるとおかしくて思わず笑ってしまった。彼のご機嫌を取る一番の言葉は「カッコイイ」を使えば何事も事なきを得ると言う事が分かり、そしてその言葉一つで機嫌が直る事がおかしくてたまらない。


「おう! 何やってんだ!? 早くしねぇと置いてくぞ!!」


 鼻歌交じりにご機嫌に息まいて先を行くマシラを追って、麟はひなと共に階段を降り始めた。

 覆い被さる木のトンネルをくぐりながら階段を下りていると、山の中腹あたりで左右に道が広がっている場所が見え、マシラはそこで足を止めて待っていた。麟もそこで足を止め、ひなを見つめる。


「ひな。君に説明をしておこうと思う。この幽世は様々な場所と繋がっていると屋敷を出る時に伝えたね?」

「うん」

「ここにはその扉の一部がある。右は二ノ宮といい、私たちだけが行き来できる『極楽』へ通じる道。そして左は三ノ宮といい、やはり我々だけが行き来できる『現世』に繋がっている道だ」


 ひなが道の奥を覗くように体を傾けると、二ノ宮の扉の鳥居は金色をしており、鳥居の上にある額束がくつかには白で「極楽」と達筆にも彫られているのが見える。変わり、三ノ宮の鳥居は色のない木で出来ており、やはり額束には黒で「現世」と彫られていた。


「極楽と現世に続く道はもう一つずつあってね。ここは滅多に使われることは無い。最近で言えば、私がひなに会いに行った時に使ったぐらいだよ」

「あっちに行く道が、もう一つあるの?」

「あぁ。下に降りたら分かるよ」


 マシラは麟の説明が終わるのを待って、再び先に降り始める。

 ひなは麟と一緒に階段を下りながら感じるのは、やはり現世で通った場所と同じ道だと言う事だ。周りを見回しながら歩くひなに、麟は足を止めて彼女を抱き上げる。


「わっ……!?」

「道が長くて疲れただろう?」

「つ、疲れてないよ」


 くすくすと笑いながら麟はひなを抱えたまま階段を降り始めた。

 真っすぐに前を見つめながら、ひなが疑問に思っている事の答えを口にする。


「……ここはね、君が良く知る場所と似ているかもしれないが、違う場所だ。二つは同じ場所に同じようにある」

「?」

「難しいかな? 現世もこの幽世も、常に隣り合わせにあると言う事だよ」

「そうなんだ……」


 山道を降り始め、だいぶ下の方までやってくるとマシラが再び足を止め、こちらを振り返った。見れば、マシラの右隣には上で見た二ノ宮、三ノ宮よりも一回り程大きな石の鳥居が見える。額束には「采配」と色が無く掘られていた。そして上の鳥居とと違うのは、その鳥居には下から登ってきている光列に並んで次々に入って行っている事と、その隊列を乱さないようにと数人のあやかしが見張っている姿があることだった。見張り役の彼らは麒麟の姿を見ると頭を下げ、一層気を引き締めたような顔をして魂たちに視線を送る。


「麟さん、ここは?」

「ここは一ノ宮。私の屋敷に続く道だ。現世で死んだ者たちの魂はここから幽世に来ることになっている。彼らはここへ来たら、まず私の屋敷にやってくるんだよ」

「麟さんのお家に?」

「そう。屋敷ではここに来た魂たちの業と徳を測り、彼らにこの世界で生きる為の仮の姿と家、そして仕事を与える。姿を与えられた魂はあやかしとなり、あの街で業の浄化を自分の手でやっていくんだ」


 麟が指さす先には、まるで昔の城下町のような街並みが広がっていた。街には赤い提灯が幾つも下げられ、風に乗って美味しそうな匂いが漂って来た。

 その街の中央にはまた大きな石造りの鳥居が立ち、街の近くにある黒い海の中にも鳥居が見えた。


「あの鳥居はどこに繋がっているの?」

「街の中にある鳥居は“裁判の間”に繋がっている。そして海にある鳥居はもう一つの現世へ繋がる場所だ」

「裁判の間?」

「簡単に言えば、極楽行きか地獄行きかを決める場所だよ。この幽世は最終審判の世界だと言っただろう? ここでどれだけ自らの業を浄化する努力が出来たかを一定の時期が来たら見極め、最終采配を振るんだ」


 地獄へ向かう事になれば、海の中にある鳥居とは対照的な位置に立っている、険しい山の下に見える黒い鳥居をくぐる事になると言う。逆に極楽へ昇る事が許されれば、空の上にある光の鳥居をくぐり極楽へ向かうのだ。


 沢山の鳥居が、それぞれに向かう場所が決められている事は分かったが今のひなには覚えきれそうにない。ただ分かるのは、一定のルールに乗っ取ってここの世界は回っているのだと言う事は理解できた。


「麒麟様。街まで降りますかい?」

「そうだな、少し降りてみよう。ひなに見せたいものもある」


 ひなが不思議そうに麟を見ると、「行ってからのお楽しみだよ」と微笑みかけて来た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああああああ!!! 異なる世界でも、それが偶然に起こされたほんの小さな出会いでも。 繋がっている温かく柔らかい絆があるということを、見せていただきました。 嬉しいよぅ。 本当に嬉しいよぅ……
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