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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第一章

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似て非なる世界

 麟と共に屋敷の玄関へ向かったひなは、引き戸を開けた瞬間、思わず足を止めた。

 引き戸の向こう、玄関の三和土たたきから先に、地面がない。


「麟さん……地面がないよ?」


 地面がない、と言うよりも、濃い霧で先が見えないと言った方が正しい。

 先の見えない不安から、ひなは無意識に繋いでいる麟の手をギュッと握りしめた。麟はそのひなの手をやんわりと握り返し、彼女を見下ろす。


「ひな。ここから先は私の傍を離れてはいけないよ」

「どうして?」

「ここから先は様々な世界に通じている。もしはぐれてしまったら、まだこの世界の住人として日の浅い君は世界の理を曲げる異物扱いされて、何処へ飛ばされてしまうか分からない。そうなったら、さすがの私でも助けてあげられなくなってしまう」


 この世界に「認めて」貰えるまでは麟の傍を離れてはならない、と言うその言葉にひなは表情を固くする。まるで、この幽世自体が意識を持った生き物のような言い方に、微かに背筋に寒さを感じた。


「分かった。絶対麟さんの傍から離れない」

「いい子だ」


 麟が一歩濃霧の空間に足を踏み入れると、風が吹いたかのように足元からサァっと霧が晴れて行く。


「うわぁ……」


 突如広がった視界にひなは思わず声を上げた。

 麟の住む屋敷の目の前には大きな鳥居と朱色の手すりが付いた大きな階段が見える。階段の中央手すりには小さな赤い提灯が等間隔に下げられ、両側には同色の灯篭があった。


「あれ? ここって……」


 ひなはふと気が付く。目の前の光景に見覚えがあった。


 麟の屋敷は山の頂上にある。

 目の前には石でできた巨大な鳥居。その鳥居の先に見える絶景や勾配のきつい階段。そしてその階段を覆うように両側に生えそろう木々。山の麓には街が広がりその街は海に面していて、遠くの山々には雲海が広がっていた。


 誰が見ても間違いなく「絶景」と言わしめる光景が広がっている。そしてそこはひなが良く知る場所だった。


「高神神社?」


 ひなが一心不乱に別世界へ行くことを望み、幾度となく参拝したあの神社と同じ光景だった。ぽつりと呟いたひなのその言葉に、麟は改めて彼女の手を握り直した。それに気付いたひなが麟を見上げると、彼はにっこりとほほ笑んだ。


「行きながら説明しようか」


 そこへちょこちょこと一匹の生き物が近づいて来る。それは麟の前にすとんと座ると小さくペコリと頭を下げた。見れば、小さな子ザルだった。くりくりとした丸くて黒い瞳をした変わった子ザルの手元には、柄のついた提灯が握られている。


「可愛い」

「可愛い!? わっちはその言葉がいっちゃん嫌いなんだ。どうせならカッコイイと言ってくれ!」


 ひなの「可愛い」と言う単語に反応した子ザルは、可愛げのある表情から一変、じろりと睨み上げて吐き捨てるようにそう呟く。


「え!? 喋った……っ!」


 突然の事に今度はひなが目を丸くして目を瞬き、麟は困ったように笑う。


「彼は道先案内人だ。少々口が悪くて小難しい奴だが、許してやってくれ」

「麒麟さま。わっちは今そこなお嬢さんに侮辱されたようなもんだぜ? 可愛いなんて言葉、わっちには世界一似合わねぇ。訂正してくんな!!」


 赤い顔を更に赤くして頬を膨らまし、腕を組んでプイっと横を向いてしまった子ザルに、ひなはもう一度麟を見上げる。


「麟さん。このおサルさん、名前は無いの?」

「彼はマシラと言う名前だよ」


 マシラと呼ばれた子ザルは「ふんっ!」と鼻息荒くしたまま一向にこちらを向こうともしない。

 麟は身を屈め、ひなの耳元にこそっと耳打ちをする。


『……彼に対しては言葉遣いを少し気を付けてやってくれるかい? 一度へそを曲げるとなかなか頑固で、後が大変なんだ。でも難しい事じゃない。彼が喜ぶように少し大げさに誉めてあげればいい』


 そう言うと麟はにこっと笑った。するとひなも目を瞬いていたが笑顔で大きく頷き返し、マシラの方へ向き直った。


「えっと……マシラさん? ごめんなさい。今度から気を付けます。道先案内人をずっとしてるなんて、凄くカッコイイですね」

「お? おおお? 今何てった? カッコイイ? カッコイイって言ったな?」


 鼻息の荒さはそのままに、やや興奮したようにこちらを振り返ったマシラの表情は一転、歓喜に顔を赤らめていた。


「よく分かってんじゃねぇか! そうだよ、わっちはカッコイイんだ! よっし、そんじゃ行こうぜ!!」


 あまりにも単純にご機嫌になるマシラに、ひなは麟を見上げるとおかしくて思わず笑ってしまった。


「おう! 何やってんだ!? 早くしねぇと置いてくぞ!!」


 鼻歌交じりにご機嫌に息まいて先を行くマシラを追って、麟はひなと共に階段を降り始めた。


 覆い被さる木のトンネルをくぐりながら長い石造りの階段を下りていると、山の中腹あたりで左右に道が広がっている場所が見え、マシラはそこで足を止めてこちらを振り返り待っていた。麟もそこで足を止め、ひなを見つめる。


「ひな。君に説明をしておこうと思う。この幽世は様々な場所と繋がっていると屋敷を出る時に伝えたね?」

「うん」

「ここにはその扉の一部がある。右は二ノ宮といい、『極楽』へ通じる道。そして左は三ノ宮といい、『現世』に繋がっている道だ」


 ひなが道の奥を覗くように体を傾けると、二ノ宮の扉の鳥居は金色をしており、鳥居の上にある額束がくつかには白で「極楽」と達筆にも彫られているのが見える。変わり、三ノ宮の鳥居は色のない木で出来ており、やはり額束には黒で「現世」と彫られていた。


「ここ、通ったらひなのいる世界に戻っちゃうんだ……」


 ひなは現世に繋がる扉をしばし見つめた後、麟の方へ向き直る。


「麟さん、他の場所も見てみたい」


 現世の扉に完全に背を向け、ひなは麟を見上げて笑顔でそう言った。


 彼女自身がつけた現世への決別は確かなものと、目に見えた。

 麟はそんなひなの様子を僅かに瞳を開いて見ていたが、柔らかく目を細めて頭を撫でる。


「じゃあ、次の場所へ移ろうか」

「うん」


 互いに繋いだ手を、もう一度繋ぎ直した。


「そんじゃ、次行くぜ」


 マシラは麟の説明が終わるのを待って、再び先に降り始める。

 ひなは麟と一緒に階段を下りながら感じるのは、やはり現世で通った場所と同じ道だと言う事だ。


「わっ……!?」


 周りを見回しながら歩いていたひなは、足を滑らせ転びそうになったのを、咄嗟に麟が彼女を抱き止めた。


「大丈夫か?」

「う、うん。ごめんなさい」


 こんな急な山道で転んだら、何処まで滑落するか分からない。ひなの心拍数は一気に舞い上がっていた。

 すると、麟はそんなひなをまたひょいと抱き上げ、ひなは驚いて目を瞬いた。


「道が長くて疲れただろう?」

「つ、疲れてないよ」


 くすくすと笑いながら麟は顔が赤らむひなを抱えたまま階段を降り始めた。真っすぐに前を見つめながら、ひなが疑問に思っている事の答えを口にする。


「……ここは、君が良く知る場所に似ているかもしれないが、違う場所だ」

「こんなに似てるのに?」

「現世と幽世は常に隣り合わせにある。だから似ているんだよ」

「そうなんだ……」


 山道を降り始め、だいぶ下の方までやってくるとマシラが再び足を止め、こちらを振り返った。見れば、マシラの右隣には先に見た二つの鳥居より大きな石の鳥居が見える。


 額束には「采配」と色が無く掘られていた。そして上の鳥居とと違うのは、その鳥居には下から登ってきている光が列に並んで次々に入って行っている。


「麟さん、ここは?」

「ここは一ノ宮。彼らは現世で死んだ者たちの魂で、死後は私の屋敷に来るんだ」

「麟さんのお家に?」

「そう。屋敷ではここに来た魂たちの業と徳を測り、彼らにこの世界で生きる為の仮の姿と仕事を与える。姿を与えられた魂はあやかしとなり、あの街で最終審判を待つんだ」


 麟が指さす先には、まるで昔の城下町のような街並みが広がっていた。街には赤い提灯が幾つも下げられ、風に乗って美味しそうな匂いが漂って来る。


「麒麟様。街まで降りますかい?」

「そうだな、少し降りてみよう。ひなに見せたいものもある」


 ひなが不思議そうに麟を見ると、「行ってからのお楽しみだよ」と微笑みかけて来た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああああああ!!! 異なる世界でも、それが偶然に起こされたほんの小さな出会いでも。 繋がっている温かく柔らかい絆があるということを、見せていただきました。 嬉しいよぅ。 本当に嬉しいよぅ……
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