見極められない事実
「……もっと早く、気付けていれば」
ヤタは苦い表情を浮かべ、視線をそらしながら小さく舌打ちをする。
ひなは、そんなヤタを見上げる。
彼の顔には後悔と共に、苛立ちが滲んでいた。
「ヤタさん……」
ひなが声をかけると、ヤタは反射的にひなを見た。同時に、眉間に深い皺が刻まれる。
「……お前はさ、ずっと合図をくれてたよな」
そう呟いた彼の言葉に、ひなは首を傾げる。
ヤタは浅く息を吐き、視線を下げた。
「マオさんは……私たちより一枚上手だったということね」
獅那の言葉に誰もが言葉を無くす。
ヤタは硬く拳を握りしめる。
「……なら、もう好きにはさせねぇ」
唸るように呟き、その目つきはより一層鋭さを増す。
彼には彼の信念がある。例え昨日まで味方だった者でも、今日敵に回るというなら、真正面から受けて立つ。
「布陣についての話は、不知火、八咫烏。お前たちと話をすることにしよう。ひな殿は獅那と共に一度部屋へ戻るといい」
閻魔の言葉に、獅那とひなはこの場を離れた。
広間を出て静かな廊下を歩きながら、ひなは隣を歩く獅那に声をかける。
「……獅那ちゃん。マオさんのこと、驚いたよね?」
ひなの言葉に、獅那は足を止める。そして困ったような笑みを浮かべてひなを振り返った。
「そう、ですね……。私もそうですが、麒麟様もとても彼女のことを信頼していましたから」
「麟さんは、このことをまだ知らないんでしょ?」
「……」
その言葉に、獅那の表情が変わった。
思いつめたような顔を浮かべ、瞼を伏せて視線を逸らす。
「ひなさんが突然失踪され、同時にマオさんの姿も見えなくなってから、八咫烏が捜索に当たりました。その中で浮き上がってきたマオさんの行動の不可解さや、不自然さが浮き彫りになったんです」
「……」
獅那はひなの手を取り、視線を落とす。その視線に誘われるようにひなも視線を落とすと、今は綺麗に治っている自分の手首に向けられた。
そこにはかつて、阿修羅が残した痣があった場所だ。
「……麒麟様も、八咫烏も気付いておいででしたよ」
「え?」
「阿修羅に付けられた痣よりも前に、付けられていましたよね?」
その言葉に、ひなの表情がサッと青ざめ、口をつぐんでしまう。
視線を下げ、足元を見つめながら呟く。
「だって……あの時は、言えなかった」
「……どうしてですか?」
静かに訊ねられ、ひなは一瞬息を呑む。
「マオさんは誰からも信頼されていた人だったから。私がどんなに現実を言ったって、そんなわけない、気のせいだって言われるのが怖かった」
どんなに本当のことをいった所で、誰も耳を貸してはくれなかった。逆に、馬鹿にされてきた苦い思い出が蘇り、ひなは胸の前で手を硬く握る。
「それに、マオさんの立場やみんなの関係に水を差すのは、違うと思ったの……」
「……」
「町の人とも凄く仲が良さそうにしていたし、私一人の発言なんて何の意味もないって、すぐ揉み消されちゃうんだろうなって……そう思った」
自分さえ黙っていれば、全てが丸く収まる。
ひなの性格の癖がそう思わせていた。
「でも……本当は違う。何も言わないことで丸く収まることはなくって、事態はより悪化してしまうこともある……」
自分で語りながら、再確認をするように話すひなの言葉に、獅那は目を細め、静かに聞いていた。
ひなは下げていた視線を上げ、獅那の顔を見る。
怖がっているような影を瞳の奥に滲ませるひなは、躊躇いながら言葉を続ける。
「……私の、昔からの悪い癖なの。何かを言うことで、事態が変わってしまうことが怖くて、それで皆に迷惑かけちゃうかもしれないって思ったら、あの時は、言うべきじゃないって思った……」
瞳を揺らし、真剣な眼差しを向ける今のひなは、これ以上事態が悪化してしまうことを恐れていた。
沈黙は、何の解決も自分に導いてはくれない。
「でも……あの人はいつだって、私にだけ皆とは違う顔をみせていた」
その言葉に、獅那は小さく頷き返す。
「マオさんは、ひなさんに強い敵対心を抱いていた。それは、皆感づいていました」
「え?」
「街にいた人たちは、ちゃんと見てくれていましたよ。ひなさんのこと……」
「……っ」
ひなは胸が詰まり、表情が歪む。
獅那はひなを優しく抱きしめた。
「ひなさん、あなただけが背負う必要はないんです。マオさんのことを見極められなかった私たちにも責任はあります。麒麟様も、それを気にしておいででした」
「……はい」
ひなはこれまで胸の奥に堪り続けていたわだかまりを吐き出し、静かに頷き返した。




