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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第三章

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見極められない事実

 マオの事実を知ったヤタは小さく舌打ちをして苦い顔を浮かべる。


 彼女が阿修羅側の人間だともっと早く気付けていれば、こんな事が起きることはなかった。少なくともひなが幽世に来た時には気付けていたはずだった。ひなは、ずっと合図を出していたのだから……。


 自分の見抜く目の甘さに苛立ちを感じてしまう。


「……裏を返せば、それだけマオさんは自然に私たち側に溶け込むのが上手だった、と言う事ね」


 獅那の呟きに、誰もが言葉を無くす。


「帝釈天はかなり疑ってかかっていたようだが……彼女はそれだけ自然に、その場でいなくてはならないと判断させるような状況の中で入り込んだんだろう」


 閻魔の言葉に、相手が一枚上手だった事を思い知らされる。

 彼女は本当に自然体だった。何の違和感も抱かせる事も無く、麟の信用を得て入っている事は確かだ。獅那自身も彼女を一度たりとも疑ったことは無い。


「……なら、もう好きにはさせねぇ」


 ヤタは唸るように呟き、その目つきはより一層鋭さを増す。

 彼には彼の信念がある。この場にいる誰よりも長く麟のそばにいた彼は、麟とひなを守る事が最重要事項であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 例え昨日まで味方だった者でも今日敵に回ると言うのなら、真正面から受けて立つ。


「ヤタさん……」


 ひなはヤタのその姿を見て、悲しそうな顔を浮かべる。

 本当は信じたくない気持ちの方が強いはず。それでも自分の使命の為に無理をしているように見えたからだ。もしあの時、麟と自分が繋がらなければ平穏な暮らしが出来ていたのだろうかとまで考えてしまう。


「布陣についての話は、不知火、八咫烏。お前達と話をする事にしよう。ひな殿は獅那と共に一度部屋へ戻ると良い」


 閻魔がそう言うと、獅那はひなと共にこの場を離れた。

 ひなが立ち去り、この場に三人になった瞬間場の空気が緊張感に包まれる。


「では、早速だが……」


 閻魔は一枚の紙を取り出した。手前にこの屋敷とその周囲について描かれている簡素な地図だった。その地図を主軸に、三人は様々な意見を出し合い話を進める。


 どれだけの時間がかかったかは分からないが、いくつか挙げられた意見の中でも比較的まだマシだと思える布陣が出来上がる。


「……これがまだマシな戦法か」


 ヤタが微妙な顔でそう漏らす。


「他のものよりはまだ可能性が見込める案です。ですが、この布陣……おそらく長くは持ちません」

「そうだな……。阿修羅が本気を出してくれば、地獄は崩壊しかねない。今の状態でもこれだけ保てているのが不思議なくらいだ」

「……そうですね」


 不知火は懸念するように閻魔を見る。

 しかし閻魔はいつもと変わらない表情で小さく頷き返した。


「他に良い案がないのであれば、これでいくしかあるまい」

「……」


 閻魔の言葉に、二人は静かに頷き返す。



                  ******                  



 広間を出て静かな廊下を歩きながら、ひなは隣を歩く獅那に声をかける。


「獅那ちゃん……。マオさんの事、驚いたよね」


 ひなの言葉に、獅那は少しばかり困ったような笑みを浮かべて見つめて来た。

 

「そう、ですね……。私もそうですが、麒麟様もとても彼女の事を信頼していましたから」

「麟さんは、この事をまだ知らないんでしょ?」

「……」


 その言葉に獅那は足を止めた。それに続いてひなも自然と足を止めてしまう。

 不思議な沈黙が二人の間に落ちる。その沈黙の居心地の悪さは、ひなにひしひしと伝わった。

 獅那はひなに向かい合って立ち、視線を僅かに逸らしたまま静かに話し始める。


「ひなさんが突然失踪され、同時にマオさんの姿も見えなくなってから八咫烏が捜索に当たりました。その中で浮き上がってきたマオさんの行動の不可解さや不自然さが浮き彫りになったんです」

「……」


 獅那はひなの手を取り、視線を落とす。その視線に誘われるようにひなが視線を落とすと、今は綺麗に治っている自分の手首に注がれる。そこにはかつて阿修羅が残した痣があった場所だ。


「……麒麟様も八咫烏も気付いておいででしたよ」

「え?」

「阿修羅に付けられた痣よりも前に、付けられていましたよね?」


 その言葉にドキッとしたひなは思わず口をつぐんでしまう。

 あの時、初めてマオが自分の前に直接的に立ち人目が無い事を良いことに強引に掴んで来た。

 マオの立場上、ひなは真実を告げることが出来ないままでいたと言うのに、あっという間に看破してしまう彼らの見解に言葉も出ない。


「だって……あの時は……言えなかった」


 ひなは視線を下げたままぽつりと呟く。


「あの時のマオさんは、誰からも信頼されていた人だったから。私が違う事をいう事で、マオさんの立場や皆の関係を濁す事は違うと思ったの」

「……」

「街の人達とも凄く仲が良さそうにしていたし、私一人の発言なんてなんの意味もないだろうなって、すぐ揉み消されちゃうんだろうなって……そう思った」


 自分さえ黙っていれば、何もなく全てが丸く収まる。

 ひなの性格の癖がそう思わせていた。だが、実際は違う。丸く収まるどころか、事態はより悪化してしまった……自分の命も脅かされるほどに。


「ひなさん……」


 ひなは下げていた視線を上げ、獅那の顔を見上げる。

 どこか怖がっているような影を瞳の奥に見せるひなに、獅那は言葉を呑む。

 ひなは自分の胸元を押さえ、躊躇いながら言葉を続けた。


「……私の、昔からの悪い癖なの。何かを言う事で事態が変わってしまう事が怖くて、それでみんなに迷惑をかけちゃうかもしれないって思うと、あの時は言うべきじゃないって思った……」


 今のひなは、これ以上事態が悪化してしまう事を恐れていた。

 真実がもうすでに明るみに出たのなら、同じ脅かされるのなら前を向かなければならない。何よりも沈黙は、何の解決も自分に導いてはくれないと気付いた。


「でも……あの人はいつだって、私にだけ皆とは違う顔を見せていた」


 その言葉に、獅那は小さく頷き返してくる。


「マオさんは、ひなさんに対して強い敵対心を抱いていた。それは皆感付いていました」

「え……?」

「街にいた人たちは、ちゃんと見てくれていましたよ。ひなさんの事も、マオさんの異質さも」

「……っ」


 ひなは胸の奥がぎゅっと締まったような気持ちになり、表情が歪む。


「ひなさん、あなただけが背負う必要はないんですよ。マオさんの事を見極められなかった私たちにも責任はあります。麒麟様も、それを気にしておいででした」

「……はい」


 ひなは、これまで胸の奥に溜まり続けていた思いを吐き出すように短く返事を返し、頷き返した。

 

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