信じ難い真実
屋敷を出て、街へ降りてきたヤタはひなが以前立ち寄ったことのある通りを捜していた。
「マオとひなを見なかったか!?」
人の多さに、ヤタは一番馴染み深い串焼き屋の店主に、藪から棒に訊ねる。
店主は驚きのあまり、目を丸くして言葉を失っていたが、ヤタの鬼気迫る雰囲気に対し、逆に冷静になる。
「ど、どうしたんですか? 八咫烏様」
「どうしたもこうしたもねぇ! 二人を見なかったかと聞いている!」
あまりの気迫に、店主は圧倒されてしまう。
「き、今日は見てませんよ?」
たどたどしくそう答えると、ヤタは舌打ちをしてすぐに周りを見回し始める。
店主は、ここまで余裕のないヤタを初めて見た。
「……旦那、何があったんです?」
恐る恐る訊ねると、無言で振り返るヤタの鋭い視線が店主に降り注ぎ、びくっと体を強張らせる。
「今日は、見てないと言ったな? じゃあいつ見たんだ?」
「ひぇ」
ヤタは店主の胸倉を掴み、凄みのある顔で睨まれると、意図せず声が漏れる。
その雰囲気に周りが騒然として、一瞬静まり返った。
「あ、あの! ついこの間見ましたよ!」
見かねたジュース屋の女性店主が、慌てて駆け寄りヤタに声をかけてくる。その言葉にヤタは掴んでいた手を放し、女性を見た。
「マオさんと、マオさんについて歩いてた女の子ですよね? 何か、凄く元気がなくて思いつめてるみたいでした」
女性店主の言葉に、串焼き屋の店主は襟元を正しながら頷いた。
「あ、あぁ。それは俺も気付いた。笑顔も全然無かったな」
「何ていうか……気のせいかもしれないんですけど、マオさんに無理やり孤立させられているように見えたんですけど……」
心配そうに話す内容は、女性ならではの視点だ。
ヤタはその話に、マオがひなに対してそんな態度を取っていたのかと、不思議に思った。ヤタの目には、ひなのことを案じ、親身になっているように見えたのだが……。
「他に、二人のことで何か知ってるか?」
そう訊ねると、串焼き屋の店主が思い出したように手を打った。
「そういやあの日、火灯虫が奈落の上に集まってたな。珍しいのか、お嬢さんが奈落の傍まで歩いていくのを、うちの倅が見たって言ってた」
「……奈落?」
ヤタは眉間に皺を刻み聞き返す。
「あぁ。お嬢さんが手摺の傍で見てる時、マオさんの様子がいつもと少し違って見えたとかなんとか……」
「……」
マオとひなが、奈落の傍で話をしていたと最初に聞いたのは、麟からだった。
その時は「奈落に近づかれると怖いから」とマオは止めに入っていたと聞く。だが、今回はマオの様子が違って見えた、というのは一体……。
何か引っ掛かりを感じる。
「いつもと違うって、どういうことだ?」
ヤタが聞き返すと、串焼き屋の店主は困ったように後ろ頭を掻く。
「いや、詳しくは聞いてなくて……」
「……あんたの息子、今日はどこにいるんだ?」
ヤタの視線が鋭く光ると、店主は慌てて首を横に振る。
「さ、さあ? 彼女とその辺をぶらついてるとは思うけど……」
「そうか、わかった。ありがとう」
ヤタはそういうと店から離れた。
話に上がった奈落の近くまで歩いて来る。真っ暗な口を開けた奈落から吹く乾いた風と、背後の街の賑やかさのアンバランスさに、ヤタは目を細めた。
今、ヤタはあらゆることに違和感を覚えている。
以前からマオは、奈落に近づくことに対して過敏な反応を示していた。そして、奈落の傍に近づいたひなに対し、いつもと様子が違って見えた、とは……?
「……?」
ふと、ヤタは足元を見下ろし、その場にしゃがみ込む。そこには明らかに他とは違う足跡がある。まるで、滑ったかのような……。
「八咫烏さん! 今日も偵察ですか?」
ふと声を掛けられ、ヤタが顔を上げるとそこには陽気に笑う串焼き屋の息子がいた。
息子は隣にいる彼女に何か声をかけ、すぐ傍まで駆け寄ってきた。
「どうかしたんですか?」
「……あ、いや。丁度あんたを捜してたんだ。マオを見てないか? あと、女の子も……」
そう訊ねると、息子は目を瞬きながら頷き返してくる。
「見ましたよ。ついさっき」
その言葉に、ヤタは息子の両肩を掴む。
「二人はどうした?」
「あー……いや。僕も彼女のところへ向かう途中だったから……」
ヤタの気迫に押され、苦笑いを浮かべながらそういう彼に、肩を掴む手が緩んだ。
「そうか……」
「あの……ちょっと気になったんですけど」
「?」
「マオさんて、あんなに強引な人なんですか?」
その言葉に、ヤタの顔が険しくなった。
「何か知ってるのか?」
「いや、僕が知ってるマオさんって、ちょっと怖いイメージはあるんですけど、人当たりが良くって、サバサバした人って印象があるんですけど、さっき見たマオさんは全然違って見えて……」
「どういうことだ?」
「んー……何ていうんですかね。獲物を見つけた時の獣……みたいな」
「……」
「パッとしか見てないんですけど、とにかく目つきがヤバかったんですよ。余裕がないようにも見えたし」
彼の言葉に、何か、上手くはまらないピースがはまりかけているような感覚を覚える。
黙り込んだヤタに、串焼き屋の息子は首を傾げた。
「ねぇ~、そろそろ行きましょう?」
ふと、背後から女性が声をかけてくる。それに気付いた息子は「それじゃ、僕もう行きますね」と一言いいこの場から離れた。
ヤタは彼を見送りながら、違和感についての思考を巡らせる。
マオがいつからひなに興味を寄せ始めたか。
いつからひなと接触し始めたか。
そして何より、ひなと麟が接触を断つ前の、視界の端に映ったマオの笑みの違和感……。
「……そういえば」
ヤタは、まだひなが幽世にきて間もない頃、初めてマオとひなが対面した時のことを思い出す。
麟と話をしていた際に、ちらりと見えたひなの、何かを訴えるような眼差し。ほんの一瞬、視線がかち合った時、彼女は何かを言いたそうにしていた。
もし、あの時からひなは何かを感じていて、話せなかったのだとしたら?
そう考えながら、視界の端に映る先ほどの地面に吸い寄せられるように目が向く。
よく見れば、それは形的に草履の後。一つはつま先から、そしてもう一つは踵から後ろ向きに滑ったような……。
その瞬間、ヤタの頭にバチっと電流が流れたような気がした。
「……まさかっ!」
ヤタは手すりに手をかけ、身を乗り出すように奈落の底に視線を向ける。
肝が冷えるような、最も最悪な可能性を否定できない。
「嘘だろ……」
ヤタの顔に汗が滑り落ちる。
ぐっと歯を食いしばり、ヤタは急ぎこの場を立ち去り、麟の元へ向かう。
もし、思い至った可能性が正解だとしたら、頼みの綱はただ一人……。
――ひなを守ってくれよ!
強く、そう祈った。




