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持ちつ持たれつ

「麟さん……お願い」


 強い瞳でそう懇願するひなに、麟は立ち上がるとそっと彼女を抱きしめた。

 その瞬間にヤタはくるりと向きを変えてマオの方へと振り返る。


 明らかに不自然過ぎてもはや疑問に思われないわけがないと分かっていながらも、やけくそ気味にヤタは自分の体の大きさを利用しながらマオの目から二人を隠し、ガシッとマオの両肩に手を置いた。


「あ~~~~っ!! 悪い、そう言えばお前に頼みたい事があったんだ」


 我ながら何をしているんだと自問自答してしまうが、何とかこの場を凌がなければならないと言う使命感から、特に何も考えずにそう口走った。

 あまりの剣幕にそれまでひなに対して牽制気味だったマオが、怪訝そうにヤタを睨み上げる。


「は? こんな時に?」

「そう! こんな時だからこそお前にしか頼めない事があるんだ! ちょっと色々あるから一緒に来てくれるか? ああ~それからお前ら、死にそうな面してないで一旦休め! やらなきゃならない事は結局変わらないんだ。休み休みやらねぇと身が持たねぇぞ!」


 そう言いながら慌ててマオと書類を運んでくるあやかし達を部屋から連れ出す。

 ただでさえ気が立っているマオにこんな状況を見せつけようものなら、それこそ手に負える状況にならなくなる。と、ヤタは気を利かせてマオと共に一時的に退席した。


 静まり返った執務室で、麟はひなを抱きしめる手に力を籠める。


「私は、君を失いたくない」

「私も麟さんと同じだよ」

「あんなに現世には戻りたくないと言っていただろう?」


 あくまでも自分を気遣ってくれる麟に、ひなは嬉しくなって思わず微笑んでしまう。

 麟の胸元に頭を押し当てて目を閉じて全身にぬくもりを感じながら、それでも自分の胸にある言葉を正直に話す。


「あの時は私何も知らない子供だったんだよ。誰からも愛されてないんだって、皆が当たり前に貰えているものすらくれる人はいないんだって本気で思ってた。だから嫌な事からは徹底的に目を背け続けて……。自分を守ってくれるはずのものに振り払われる怖さも知ってたけど、それでも縋りつくのに必死だった……」


 ひなが顔をあげると、心底不安そうに見下ろしている麟の顔が目に映る。

 その顔を見ているとまるで昔の自分を見ているかのような気持ちになり、自分が不安になっていた時にそうしてくれたように麟の胸に寄り添いながらぎゅっと抱きしめ返した。


「だけどね、香蓮に体を乗っ取られて好き放題されて、子供の時みたいに辛い思いも嫌な思いも沢山強いられてきたけど、麟さんもヤタさんも諦めかけてた私をもう一度見つけてくれたでしょ? 今思うとそう言う事があったから私今ここにいられるんだなって思ったの。それに、雪那さん……お母さんはずっと私の近くにいてくれてたことも分かったし、お母さんが私を産んでくれたから……麟さんに出会えた」


 本当はその母親に対して嫉妬心を持っていたことも嘘ではない。だが、夢で話してくれた雪那もまたひなに同じ気持ちを持っていた事を知り、同じ人間に心惹かれたと言う共通点に今では逆に嬉しくも感じていた。だからこそ、ひなは雪那が大切にしたいと思っていた人を守りたいと強く思えたのだ。


「……私、もう嫌な事や辛い事から逃げたり目を背けたりしたくない。どんな出来事もちゃんと受け止めて行こうと決めたの。それがきっと自分自身だけじゃなくて皆を守ることに繋がるって思ったから。一人じゃないってちゃんと分かったから。それが皆に返せる今の私なりの精一杯の恩返しでもあるの」

「ひな……」


 ちらりと麟を見上げたひなは、まだ少し臆病な気持ちがあるのか躊躇いながら、窺うように口を開く。


「それに……麟さんもヤタさんも、何かあったら絶対、助けに来てくれるでしょ?」

「もちろん。必ず、何があっても助けに行く」


 麟が答えた言葉がひなが欲しかったもので、迷いなく真っすぐに届けられひなは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「だから私、大丈夫」


 絶対的な信用を寄せているその笑顔に麟はそれ以上彼女を止める事は出来ないと感じた。同時に、その強さにどうしようもなく惹かれる。雪那にもなかったその強さ。最初はあんなにも弱弱しかったひなが、一人の自立した儚くも強い女性になっていることが心底嬉しく、愛しい。

 麟は堪らずにひなの頬に手を伸ばし唇を寄せると、彼女は驚いたように目を見開くもすぐに目を閉じてそれに応えた。


「……絶対に無理はしないでくれ」

「うん」


 麟はぷつっと自分の髪を一本引き抜くと、それをひなの手首に結びつける。


「これは、私や八咫烏が傍にいない時に君を守ってくれるお守りだ」

「ふふふ」

「?」

「お守り、沢山」


 ひなは首に下げていたお守り袋を取り出して麟に見せた。

 麟はその袋から懐かしい気配を感じ取ると、僅かに驚いたように目を見開くもすぐに目を伏せて小さく微笑み、ひなの手に乗せられたお守りごとそっと両手で握り締める。


「君は、大丈夫だ」

「うん! ありがとう、麟さん」


 ひなは大きく頷き返した。



 ******



「ヤタさん」

「ん?」


 偵察前に屋敷の玄関口の庭で待っていたヤタの荷物にひなは首を傾げた。

 ヤタの体にボディバッグのように縛り付けられている荷物は、僅かに盛り上がっている。


「それ何?」

「あ~これか。急ぎマオに煎じて貰った薬だ。あと、お前用の菓子……」

「何だか遠足みたい」

「遠足って、お前なぁ……」


 お菓子、と聞いてひなは思わず笑ってしまった。もちろんそのお菓子とは以前手渡された力の制御用の琥珀糖であることは分かっていたが、つい遊びに行くような感覚になってしまう。


「うん、分かってる。ごめんね、つい」

「……現世がどんな状況になっているか、見るのが怖くないのか?」


 やれやれ、と息を吐いたヤタがふいに現世の扉を見やりながらそう呟くと、ひなもそちらに目を向けながら頷き返した。

 二人の視線の先にある現世の扉からは次から次へと亡くなった魂たちが行列を成しながらこちらに向かってきているのが見て取れた。

 こうしている間にも大勢の人が亡くなっている。一体何が起きているのか突き止め、一刻も早く原因を解消しなければ全ての世界観が狂ってしまい兼ねない。


「怖くないって言ったら嘘になるけど、でも、私にはそれを知る必要があると思うの。だって、お母さんが背負えなかった物を私は背負わなきゃいけない責任があるから」

「……」


 大人になったとはいえ、その細い肩には重すぎる責務ではないだろうか。しかし、ひなはそれを受け止めるだけの覚悟は出来ているようだった。

 ヤタはそんなひなを頼もしく思う反面、その責務の一部だけでも肩代わりしなければという思いになる。彼女一人に全てを託すわけにはいかない。


「お前の責任はお前だけが背負う必要はねぇよ。俺や麟にも分けてくれ」

「……うん。ありがとうヤタさん」


 ひなはヤタを見上げてやんわりと微笑み返した。


「よし、じゃあ行くか」


 麟はマオと共に次々とやってくる仕事の処理にどうしても見送りには出てこれない。代わりにシナが玄関先で心配そうな表情を浮かべながら見送りに来ていた。

 ひなはそんなシナを振り返る。


「シナちゃん、行ってきます」


 そう言うと、シナは胸の前で手を固く握りしめ小さく頷き返してくる。

 ヤタはひなを横抱きに抱き上げると、バサッと大きな背中の羽を広げてゆっくりと空に舞いあがり、現世の扉目掛けて飛び去った。

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