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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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マオの挙動

 地獄の沙汰で騒がしくなっている頃。幽世の執務室で麟とマオの二人が通常業務に当たっていた。

 書類を分類して片付けをしているマオは一人、ひっそりとご機嫌な様子だった。それもそのはずで、麟とひなが接触を控えている事を知ったマオは、無意識にもほくそえむ。

 麒麟に近寄る存在が物理的にもいない事で、近頃の彼女の機嫌はすこぶる良かった。


「何て気分が良いのかしら。まさかこんな展開になるなんて」


 いつもと違い、鼻歌交じりに仕事をこなすマオの様子に、同じ仕事仲間のあやかし達も不思議がるほどだった。


「マオ」


 ふいに麟に名を呼ばれると、マオの心は甘く疼いて表情が自然に緩む。ヤタもいないこの執務室の空間は、二人だけの時間。その余韻に浸っていたいが、そんな表情を麟の前では露ほども見せずいつもの澄まし顔で麟を振り返った。


「はい、麒麟様」

「この巻物を、倉庫へ移して置いて欲しい」

「ええ。かしこまりましたわ」


 上機嫌な彼女とは相反し、麟はどこか元気がない。その事にマオは心配を装い声をかける。


「麒麟様……大丈夫ですか? 少しお元気がないようですわ」

「そう見えるか」

「えぇ。聞いた話では、近頃ひなさんとお会いになっていらっしゃらないとか……」

「……あぁ、そうだな」


 ふと視線をそらし力なく呟く麟に、マオは小さくほくそえんだ。


「それは、何かと気がかりですわね。きっと今頃ひなさんも落ち込んでいると思いますわ」


 わざとらしくなく、心底心配しているような表情と声音でそう呟くと、麟はそんな彼女から視線を逸らしたまま小さくため息を吐いた。


「……近くにいても、遠いな」


 誰に言うでもない独り言のようなその呟きに、マオはぴくりと張り付いた表情が動いた。

 ここで執務に追われていても、麟の気持ちは遠くから窺い知る事しか出来ないひなへ真っすぐに向いたままだ。

 胸の奥で燻る黒い炎が、静かにマオの心を焼いていく。


「……っ。そ、そうですわ! でしたら、私がひなさんのお相手をさせて頂くのはいかがでしょう?」

「マオが?」

「ええ。ずっと塞ぎがちでは心身共に良くありませんし、街へ降りて少しでも気分転換をして頂くのはいかがでしょう?」

「……そうだな」


 マオの提案に、麟は少し考えて同意する。

 ヤタが屋敷警備に重点を置いている以上、彼が請け負っていた部分に不足が出ているのも事実。ならばと、マオにも出来そうなヤタの仕事を任せる事にした。


「少し前に、新しく設えた着物が出来たと鬼反屋から連絡があった。いつもはヤタに頼んでいたんだが、今回はマオに任せても良いだろうか?」

「えぇ、もちろんですわ!」


 仕事を任される事に喜ぶマオに、麟は言葉を付け足した。


「阿修羅の動向がある以上、今はあまり必要以上に出歩く事は危険だ。気分転換はいいが、用事を済ませたらすぐに戻ってきて欲しい」


 阿修羅と言う言葉に、マオは小さく反応を示す。だが、それは麟に気付かれることもなく自然と消える。


「かしこまりましたわ」


 マオは笑みを浮かべてそう言うと、「では早速行ってまいります」と言い執務室を後にした。

 部屋を出たマオは簡単な身支度を済ませると、その足ですぐにひなの元へ向かう。


「ひなさん。いらっしゃいます?」


 障子の向こう側で中にいるひなに声をかけると、ややあってから返事が返って来る。


「……はい」

「失礼いたしますわ」


 マオは一言いい置いて、障子をそっと開くと中には獅那とひながいた。

 獅那はマオの姿を見てすぐに頭を下げて来るが、ひなは怯えたような目を向けて来る。

 そんな様子のひなにマオは一瞬目を細めた。


「ひなさん、一緒に街に降りませんか?」


 その言葉に、ひなはビクッと微かに体を震わせた。


「い、いえ……私は……」

「麒麟様も心配されてましたわ。八咫烏が任されている仕事の一端で、着物の引き取りに鬼反屋へ伺う事になりましたの。そこで、ひなさんも一緒に気分転換に連れ出して欲しいとのことですわ」

「……でも」

「あら、せっかくの麒麟様のお気持ちを無下になさったら、麒麟様も悲しむと思いますわよ?」


 言い淀むひなに対し、マオはつい追い打ちをかけるような強い物言いをする。

 麟を引き合いに出されてはひなはそれ以上嫌だとは言えなくなってしまう。それこそ、麟の気遣いを不意にしてしまう事で余計に心配をかけるのではとそう考えた。


「……わ、分かりました」

「良かったですわ! 早速準備して参りましょう。外で待ってますわね!」


 ひなの了承にマオはにっこりと微笑み、嬉しそうな声を上げると足取り軽くこの場を後にした。


「……」


 マオが立ち去った後、不安げに視線を下げたひなを見て、獅那は優しい笑みを浮かべて膝の上に置かれていたひなの手に、自分の手を重ねる。


「マオさんは、少し言葉は強いですが悪い方ではありませんよ」

「う、うん……。そう、だよね」


 獅那から見ても、彼女は信頼のおける人物なのだろう。

 微笑む獅那を見上げ、ひなは迷っていた。彼女が最初から自分に対して友好的ではなかった事を打ち明けるべきかどうかを。

 だが、やはり言えない。この屋敷にいる者たちは皆、マオを信用している。


「……」


 ひなは喉まで出かかった言葉を飲み込み、獅那に手伝ってもらい身支度を済ませると玄関へと向かった。

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