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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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ひなの覚悟、想い

 気持ちを奮い立たせるため、ヤタは深く息を吸い込み、その足でひなの部屋へと向かう。

「あ、ヤタさん」

 ひなの部屋へやってくると、彼女は糾卯と共に談笑していた。

 屈託なく笑う笑顔を向けられ、一瞬尻込みしてしまいそうになる。

「今日は、大丈夫なのか?」

「え? うん、大丈夫」

 ヤタはひなの様子を見て部屋に入ると、彼女の前に腰を下ろした。すると、糾卯と共に傍にいた獅那が何も言わずに立ち上がる。

「ひなさん、お食事の支度をして参りますね」

「ひな、あたしもちょっと用事思い出したから、もう行くね?」

 二人の様子とヤタを見て、ひなは瞬時に理解する。

「あ、うん」

 短く頷き返すと、二人は部屋を後にした。

 誰もいなくなったのを確認し、ヤタは軽く咳払いをして、改まったようにひなを見る。そのひなは、緊張した顔で見つめている。

「ひな。お前に、伝えないといけないことがある」

 ヤタの言葉に、ひなは一瞬肩を震わせ、無意識に手を握った。

「は、はい」

 懐に手を差し入れた瞬間、ヤタは麟の部屋から去り際に言われた言葉を思い出し、手が止まる。

『お前の言う通り、ひなには重要事項になる話はしないでくれ』

 どこか思いつめた麟の顔がよぎる。

 動きが止まったヤタに、ひなは不思議に思いながら顔を覗き込んでくる。

「ヤタさん?」

 名を呼ばれ、ハッとなったヤタは手紙を取り出し、ひなにそれを差し出す。

「……これから話すことは、お前にとって辛いことかもしれない」

「辛いこと……?」

 瞬間、不安そうな顔を浮かべるひなに、ヤタは頷く。

「……しばらく、お前は麟と接触はできない」

「え……なん、で……?」

 麟の傍にいけない。そういわれて、戸惑いと寂しさ、そして明らかな不安権を前に出すひなに、ヤタは手紙を握る手に僅かな力がこもる。

「……悪いが、詳しく話すことは、できない。ただ、そこに阿修羅が絡んでいるということだけは言える」

「……」

 阿修羅の名前が出た瞬間、ひなは顔色が変わった。

 父が絡んでいるということは、とても重要な事柄が裏で動いているということ。

 ――あぁ、だからか……。

 ひなは、獅那や糾卯、ヤタが常に緊張した空気を纏っていることを理解していた。

わがままをいってはいけない。

そう思ったひなは、視線を僅かに下げて寂しそうに呟く。

「……そっか」

「これは、お前にと預かった手紙だ」

 ひなは手紙を受け取ると、麟のしたためた文字に目を通す。

 読み進めるに従い、ひなは眉間に皺を寄せ、小さく手を震わせた。

 ヤタは、そんな彼女の様子を静かに見守る。

 やがて手紙を読み終えたひなは、それを丁寧に畳み直し、顔を俯けて浅い息を吐いた。

「ひな……?」

 声をかけると、ひなは一度下唇を軽く噛み、ほどなく顔を上げてヤタを見る。

「……わかった」

 静かな承諾の言葉に、ヤタは言葉を無くした。

「ほんとはね、傍にいられないこと、凄く不安だし、怖い……。けど、今はわがままを言ってる場合じゃないって、わかるから」

 奇しくも、ひなは麟と同じ理解を示す。

 ヤタは、彼女は泣き喚くかもしれないと思っていた部分が、あった。だが、思った以上に彼女は、自分を受け入れる覚悟をしていると感じた。

 無意識に、ヤタはぎゅっと手を握りしめる。

「……悪い」

 ヤタは無意識にそう口走っていた。すると、ひなは不思議そうな顔を浮かべる。

「何で? ヤタさんは悪くないよ?」

「理由はどうあれ、これは本意じゃない」

「うん……わかってる」

 ひなは静かに頷き返すと、目の前にいるヤタの手に自分の手を重ねる。それに反応したヤタが視線を上げると、彼女の表情は硬かった。

「私は、皆を傷つけたくないし、ほんとはできる限り、巻き込みたくない」

 その言葉が、ひな自身の心にも重たく圧し掛かる。

 巻き込みたくないが、巻き込まざるを得ない現状が心苦しい。

「理由は聞かない」

 ひなのその言葉に、ヤタは驚いた。

「私は、私にできることをする。それまでは、麟さんとお手紙のやり取りして過ごすことにするね」

 そういって笑うひなの姿に、ヤタは強い思いを抱く。

 もう一度、二人が手を取り合える未来を作る、と。

「ヤタさん」

 ひなの添えられていた手が、軽くヤタの手を握りしめた。

「無理はしないで。ヤタさんのこと、信じてる」

「……あぁ」

 ひなの真剣な表情に、ヤタはしっかりと頷き返す。


 その晩。眠りにつくひなの傍には把蛇がつくことになった。

 部屋の前に待機している彼の存在を気にしていたひなは、引きずり込まれるように深い眠りに落ち、そして夢を見た。

 いつか見た、漆黒の闇。重圧が体全体に圧し掛かってくるような重たさ。

 ひなは、直感的に阿修羅がすぐ傍に来ていることを感じていた。

『……ひな。逢いに来たぞ』

 どこからともなく、頭の中に響くような阿修羅の不気味な声が聞こえてくる。

 ひなが周りを見回し、警戒していると、背後の闇からゆっくり浮き上がってくるように阿修羅が現れる。完全に背後を取られた。

 ――!

 それに気付いてひなが振り返るのと同時に、阿修羅の手がひなを羽交い絞めにする。

――は、放してっ!

力の限り抵抗しようと身を捩ると、阿修羅はしたり顔でひなに顔を近づけた。

『どうした。父の抱擁が気に入らないのか? お前の父親だぞ、俺は』

 父親、という言葉を使われた瞬間、ひなはびくっと体を震わせ、無抵抗になってしまう。その瞬間を見逃さず、阿修羅はひなを抱く手に力を込めた。

 ――っ!

 ひなは顔を歪める。

 これは、抱擁などという優しいものではない。肺や気管を潰して呼吸を奪うような危険さを感じ、ひなは冷や汗を流す。

『お前を迎えに行くには、まだ力が足りないんだ。お前は良い子だから、もちろん可哀想な父親を助けてくれるだろう?』

 ――っ。

 苦しさに言葉を発せない。

 固く目を閉じ、容赦ない締め上げに顔を顰めることしかできなかった。

『さぁ……返してくれ。俺の可愛いひな』

 ひなは、骨が軋む音を初めて聞いた。骨だけではない。心にもないその言葉が、分かっていてもひなの胸を刺す。頭も、指先も痺れて、意識が遠のきそうになった。

 そんなつもりなどないのに、自然と溢れ出る涙が零れ落ちた。阿修羅はそのひなの涙をべろりと舐め上げると同時に、何かを察したように顔を上げ腕の力を抜いた。

 ――はぁっ……!

 解放されたひなはその場に頽(くずお)れ、息を継ぐ。

 阿修羅は苛立ったように小さく舌打ちをすると、再び闇の中に溶けるように消えていく。

『やはり、一筋縄じゃいかねぇよなぁ』

 忌々しく呟いた阿修羅の言葉が、霞むひなの脳裏に残った。

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