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真相を解く.弐

「あの……それで、雪那さんはその後どうやって幽世に来たんですか?」


 ひなが大筋に話を戻す問いかけをすると、帝釈天も小さく頷き「あぁ、そうだね」と返事を返す。


「彼女が幽世に戻ったのは、それからしばらくしてからだ。私が気まぐれに垂らした蜘蛛の糸。それに捕まって戻るよう阿修羅が指示をした。目的はおそらく、彼女を使って麒麟の立場を揺るがすため……」

「阿修羅があなたの事を恨んでいる事は理解できたのですが、何の接点も持たない麟をなぜ敵視しているのでしょうか?」


 ヤタがそう問えば、帝釈天ははぁと短い溜息を吐く。まるで「余計な事を話してくれるな」と言わんばかりの視線を閻魔に送るも、閻魔の表情は崩れることは無い。むしろ「全部分かるよう、洗いざらい話せ」と言う眼差しを寄こしてくる。


「まぁ……なんだ。質の悪い嫌がらせみたいなもんだ」

「嫌がらせ……? どう言う事ですか?」


 主が阿修羅の嫌がらせ程度で立場を危うくさせられてしまう事がどうしても納得がいかないヤタが眉間の皺を深めて食い下がる。すると帝釈天は困ったように唸りながら頭を抱え込んだ。

 ここは話す必要があるだろうかと考えながらも、チラリと麟を見やる。


「……あ~……麒麟。いいか? 話しても」


 ふと、帝釈天は麟に問いかける。すると麟もまた眉間に皺をよせ、憮然とした顔を浮かべ視線を逸らした。


「話さなければ話が進みませんから」


 その言葉にその場にいた全員が麟と帝釈天の双方を見たのは言うまでもない。

 帝釈天は頭を掻き、観念したように深い溜息を吐いてからようやく口を開いた。


「実は、麒麟は私の甥っ子でね」

「え?!」


 甥っ子と聞き、その場にいる全員がざわめき立った。

 閻魔も初耳だと言わんばかりに目を見開き帝釈天と麟を見比べる。

 こうして見比べても、二人が似ていることはない。性格すらも似ていない。唯一接点があるとすれば、頭髪の色が近いと言う事だろうか。

 これを話す事でこんな反応が返ってくることは分かっていた事ではある。そもそもこの繋がりを話すつもりは無かったし、そうすることで双方合意していたからだ。だが、話の流れでどうしても挟まなければならない状況に陥り、二人は内心深い溜息を吐かざるを得ない。


「麒麟は私の血縁者の中でも特に有能だった。神格化も早く、生まれつき備わっている力も強い。だから私は誰よりも目をかけていて、当時空席状態だった幽世の番人を麒麟に任せるくらいだったんだよ。だから阿修羅が麒麟の立場の揺るぎを狙うのは、全て私の当てつけだ。麒麟が倒れれば幽世はめちゃくちゃになり、崩壊する。そうすれば私が狂い、全部がおかしくなっていくと考えているはずだからな」


 その話を聞く限り、阿修羅がどういう人物なのかがよく分かった。

 束縛心が強く自己中心的で周りの人の事を考えることが出来ず、すべての責任は周りにあると思いその感情からくる被害妄想の激しい人格の持ち主なのだと言う事を。


「なまじかなり強い力を持ってしまった阿修羅の企みはその後上手く行ったんだ。あとは麒麟たちも知っての通りだろう」


 麟はやるせない表情を浮かべ、自分の手元を見つめる。


「そうだとするなら……雪那は罪悪の念に苛まれて打ち明ける事も出来ずに私の元を去った、と言う事ですね」

「……おそらくは、な。彼女が現世に紛れ込んでからの事は私にも分からない。巧みに自分の存在を隠していたからな。ただな、私には一つ引っかかることがある」


 帝釈天はそう言うと、ひなに視線を送った。

 改めて見つめられたひなはビクッと体を強張らせ、困惑したように帝釈天を見つめ返す。


「君の中にあるその力……それは不完全ではあるものの、阿修羅の力そのものだ」

「え……?」


 ひなは愕然とした表情を浮かべて食い入るように帝釈天をみた。

 夢で阿修羅が話していた「自分と同じ力」と言う言葉が一気に現実味を帯びて来る。どんなものか分かった事への安心感と同時にショックに近い思いもあった。


「その力は途中で入り込んだりするようなものじゃない。それに、不完全なだけで少しの何かであいつと同じ力が備わっている。それが君に継承されているんだとしたら……考えられるのは一つ。現世に逃げた時、雪那はすでに阿修羅の子を腹に宿していた。つまり、君は雪那の子孫と言う位置づけじゃなく、彼女と阿修羅の実子と結論付けるのが最も有力だろうな」

「……っ」

 

 ひなだけではなく、帝釈天の言葉に反応を示したのは麟やヤタも同じだった。

 突然の事に、まるで水の中で話を聞いているかのように遠くに聞こえる帝釈天の言葉。

 困惑したようにひなは視線をさ迷わせながら、ぎゅっと自分の胸元で手を握り締めて顔を伏せた。


 これまで自分は普通の人との間に出来た子供だと思って信じていた。いや、信じようと思っていた。だが、そう思うと人間の世界で起きたあの怪奇現象はどう説明が付けられるのだろうか。

 帝釈天の言葉が真実だと考える方がよっぽど説明が行ってしまう……。


「ひな……」


 麟が青ざめたひなを心配し、そっと肩を抱きしめる。

 帝釈天は彼らの様子を見つめていたが、強引に話を推し進めた。


「そして、近頃の阿修羅の動き。その切っ掛けは、少し前に起こった騒動の中心人物、ひな、君の体を利用していた少女の念だ」


 それに顔を上げたひなは眉間に深い皺を刻みまじまじと帝釈天を見つめる。


「香蓮の……?」

「阿修羅が不審な動きを見せるようになってから原因をずっと調べていた。するとどうやら彼女の異常な執着の念は重油のように重たく、魂を無に還したとしても大地に浸み込んでいた。それがゆっくりと浸透していき、阿修羅の元に辿り着いたようだ。その念の満たされた雫がたった一滴、彼の体に吸い上げられたのだとしたら、ひな、君自身の事だけじゃなく周りの情報まで全てを知られていたとしてもおかしくはないだろうな」


 帝釈天の口から出る言葉は、麟も知らない事ばかりだ。麟だけではない、この場にいる全員が知らない事だった。そして何よりも衝撃的な事ばかりで言葉が出てこない。

 再び空気が重たく静まり返る。


「……阿修羅は再び動き出している。我々は彼の動向を探り食い止めなければ、幽世だけじゃない、この極楽や地獄さえもめちゃくちゃになる可能性は高い」


 帝釈天は今一度ひなを見やる。

 小さな生身の体で自分の人生に翻弄され続けるその身を思えば、当然身につまされる想いになった。

 ただの人であったはずの彼女が実はそうではなかったという現実。実体がありながら、実は人ではなかったという事実。

 どれもそう簡単に受け入れるものではないだろう。


「……とにかくその手立ては、これから話していく事にしよう。ひとまず、今日はもうそれぞれ帰ると良い。我々は大丈夫だとしても、彼女には荷が重すぎるだろうよ」


 帝釈天の計らいで、この日の会議は一旦終了ということになった。

 閻魔と不知火が立ち去り、ひなと麟が共に部屋を出て行こうとするその後ろをついて歩いていたヤタが、ぴたりと足を止めて帝釈天を振り返る。


「……一つ聞きたいことがあるんですが」

「うん?」

「あなたが紗詩を隠したように、ひなを隠すことは難しいんですか?」


 ヤタが真剣な表情で帝釈天を見つめると、彼はどこか困ったように笑いながら肩をすぼめて見せた。


「そうしてやりたいのは山々だが、目覚めかけているひなに備わっている力の強さでは隠し切れないだろうね。それに、もう彼女の存在はあいつの知るところになっているんだ。隠しようがないよ」

「……そうですか」


 ヤタがどこか残念そうに呟く中で、帝釈天は麟に目を向けた。


「麟。ひなを守ってやれるのはお前達しかいない。この子の事を本当に大切だと思うなら、前にお前の元から黙っていなくなった雪那と同じ目に遭わせないように十分気を付けてやるんだぞ」

「もちろんです」

「これからまだ大変な事に巻き込まれる事は明らかだろう。くれぐれも間違いを起こすな」

「はい」


 麟はひなの肩を抱いていた手に力を込めて、迷いない言葉を返した。

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