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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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もどかしさ

 使われていない客間に集められた式神四名を前に、ヤタは腕を組んで座っている。

 ヤタの話を聞き、水を打ったように静まり返る。そんな中、最初に沈黙を破ったのは獅那だった。

「ひなさんの運命が、これほど過酷だなんて……」

 世話人として傍にいた獅那にとっては胸が痛む。

「やつが接触する気配ぐらいは、俺たちにも察知できるんだろ?」

 狒猿がそういうと、ヤタは気難しい表情のまま首を横に振る。

「可能性はある。が、察知できたとしてもそこまでだ」

「……夢ってのは、厄介だな」

 狒猿は苛立ったようにため息を吐き、乱雑に頭を搔いた。

「我々にできるのは、麒麟様とひなさんの接触を極力避けること、でしょうか……」

 把蛇の冷静な言葉に、糾卯が反射的にその場に立ち上がり、声を荒らげた。

「そんなの……! ひなが可哀想だ! 麒麟様だって、やっと次に進めるようになったのに!」

「……落ち着け糾卯。お前の言い分もわかるが、俺も把蛇と同じことを考えていた」

 二人を物理的に近づかせないのが、危険回避には一番手っ取り早い。だが、それで解決にならない。

「今、それ以上のいい対策があるか?」

「……それは」

 全員が納得せざるを得ない中で、糾卯だけは納得がいかないと歯を噛み鳴らす。だが、ヤタたちがいう対策以上のものが思いつかない。

 糾卯は顔を顰めたまま口をつぐんだ。

「報告義務がある以上、麟には全てを話さなければならない。だが、ひなには多くの情報を渡さない方がいい。ひなに渡った情報は、自動的に阿修羅にも渡るからな」

「もし……」

 把蛇は顎に手をやり、畳の一点を見つめながらぽつりと呟く。

「もし、それも阿修羅の計算に入っているのだとしたら……空恐ろしいですね」

「……っ」

 その一言に、ヤタは一瞬で肌が泡立つ。

 そこまで計算高いとは思えにくいが、絶対にないとはいえないとヤタの胸をざわつかせる。

「こちら側が隙だらけ。そうなれば、相手が付け入ることも容易で、後れを取る可能性も十分にあり得るな」

 狒猿の言葉は、ほぼ確信だった。

 それだけは、回避しなければならないが、それをあらかじめひなに話をすることもできない。

 同じ悩みが堂々巡りを繰り返す中、ヤタは何かに反応し顔を上げる。

「――誰だ?」

 部屋の外に素早く鋭い視線を投げかけ、同時に刀を掴む。そのヤタに反応しほかの式神たちも一斉に身構えた。すると、小さく音を立て外にいた人物が慌てたように口を開く。

「あ……ごめんなさい。私よ」

 静かに障子を開けて顔を覗かせたのは、狼狽えた様子のマオだった。

 彼女の姿が見えた瞬間、張り詰めた場の空気が一気に緩む。

「マオか……」

「麒麟様が、あなたを呼んでくるようにと仰られていたから、呼びにきたの」

「……わかった」

 ヤタは静かに息を吐いて立ち上がると、式神たちを振り返った。

「ひとまず、また後で話をしよう」

「了解」

 部屋を出て障子を閉め、マオと共に歩き出したヤタは、彼女をちらりと一瞥すると、廊下の先の曲がり角を見つめながら何気なく口を開いた。

「……聞いてたか?」

「え? 何を?」

 ヤタの問いに、マオは不思議そうに顔を上げて見つめてくる。しかし、ヤタはそんな彼女に目をくれることはなく、真っすぐ前を向いたままだ。

「いや、聞いてないならいい。もし聞いてたら、余計な話をするなよと思ってな」

「失礼ね。私にだって分別くらいつくわ。それに、私が麒麟様の信頼を欠くような真似をするわけないじゃない」

 ムッとした顔を浮かべるマオに、ヤタはひょいと肩をすくめてみせた。

 麟の部屋へ続く廊下と、離れに続く廊下の分岐点にくると、足を止めたマオはヤタを見上げる。

「私は仕事が残っているから、仕事場に戻るわ」

「あぁ。俺も終わり次第手伝いに行く」

 そう告げると、マオは呆れたような顔を浮かべる。そして腰に手をやり、怒ったように細い指先をヤタの鼻先に突きつけた。

「八咫烏、あなたは麒麟様からもっと大事な仕事を任されているでしょ? こっちの仕事は大丈夫だから、今はそっちの仕事を優先するべきだわ」

 ヤタは、自分に突きつけられた指先を見て目を瞬く。だが、彼女の言い分はごもっともだ。

 ふっと小さく笑い、マオの手をやんわりと押しのける。

「……悪い。じゃあ、そっちのことはお前に頼んだ」

「えぇ。任せておいて」

 頼もしく笑うマオから視線をそらし、ヤタは麟の部屋へ向かうため、一歩足を踏み出した。が、すぐにその足が止まる。そして離れへ向かうマオの後姿を振り返った。

 任せろといった彼女の浮かべた笑顔が、今のヤタにはいつもと違うものに見えた気がした。

「……気が立っているせいか?」

 今は常時周りに気を張っていいなければならない。そのせいで違うように見えたのかもしれない、と思ったヤタはマオから視線を外し、麟の元へ向かう。

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