もどかしさ
使われていない客間に集められた式神四名を前に、ヤタは腕を組んで座っている。
ヤタの話を聞き、水を打ったように静まり返る。そんな中、最初に沈黙を破ったのは獅那だった。
「ひなさんの運命が、これほど過酷だなんて……」
世話人として傍にいた獅那にとっては胸が痛む。
「やつが接触する気配ぐらいは、俺たちにも察知できるんだろ?」
狒猿がそういうと、ヤタは気難しい表情のまま首を横に振る。
「可能性はある。が、察知できたとしてもそこまでだ」
「……夢ってのは、厄介だな」
狒猿は苛立ったようにため息を吐き、乱雑に頭を搔いた。
「我々にできるのは、麒麟様とひなさんの接触を極力避けること、でしょうか……」
把蛇の冷静な言葉に、糾卯が反射的にその場に立ち上がり、声を荒らげた。
「そんなの……! ひなが可哀想だ! 麒麟様だって、やっと次に進めるようになったのに!」
「……落ち着け糾卯。お前の言い分もわかるが、俺も把蛇と同じことを考えていた」
二人を物理的に近づかせないのが、危険回避には一番手っ取り早い。だが、それで解決にならない。
「今、それ以上のいい対策があるか?」
「……それは」
全員が納得せざるを得ない中で、糾卯だけは納得がいかないと歯を噛み鳴らす。だが、ヤタたちがいう対策以上のものが思いつかない。
糾卯は顔を顰めたまま口をつぐんだ。
「報告義務がある以上、麟には全てを話さなければならない。だが、ひなには多くの情報を渡さない方がいい。ひなに渡った情報は、自動的に阿修羅にも渡るからな」
「もし……」
把蛇は顎に手をやり、畳の一点を見つめながらぽつりと呟く。
「もし、それも阿修羅の計算に入っているのだとしたら……空恐ろしいですね」
「……っ」
その一言に、ヤタは一瞬で肌が泡立つ。
そこまで計算高いとは思えにくいが、絶対にないとはいえないとヤタの胸をざわつかせる。
「こちら側が隙だらけ。そうなれば、相手が付け入ることも容易で、後れを取る可能性も十分にあり得るな」
狒猿の言葉は、ほぼ確信だった。
それだけは、回避しなければならないが、それをあらかじめひなに話をすることもできない。
同じ悩みが堂々巡りを繰り返す中、ヤタは何かに反応し顔を上げる。
「――誰だ?」
部屋の外に素早く鋭い視線を投げかけ、同時に刀を掴む。そのヤタに反応しほかの式神たちも一斉に身構えた。すると、小さく音を立て外にいた人物が慌てたように口を開く。
「あ……ごめんなさい。私よ」
静かに障子を開けて顔を覗かせたのは、狼狽えた様子のマオだった。
彼女の姿が見えた瞬間、張り詰めた場の空気が一気に緩む。
「マオか……」
「麒麟様が、あなたを呼んでくるようにと仰られていたから、呼びにきたの」
「……わかった」
ヤタは静かに息を吐いて立ち上がると、式神たちを振り返った。
「ひとまず、また後で話をしよう」
「了解」
部屋を出て障子を閉め、マオと共に歩き出したヤタは、彼女をちらりと一瞥すると、廊下の先の曲がり角を見つめながら何気なく口を開いた。
「……聞いてたか?」
「え? 何を?」
ヤタの問いに、マオは不思議そうに顔を上げて見つめてくる。しかし、ヤタはそんな彼女に目をくれることはなく、真っすぐ前を向いたままだ。
「いや、聞いてないならいい。もし聞いてたら、余計な話をするなよと思ってな」
「失礼ね。私にだって分別くらいつくわ。それに、私が麒麟様の信頼を欠くような真似をするわけないじゃない」
ムッとした顔を浮かべるマオに、ヤタはひょいと肩をすくめてみせた。
麟の部屋へ続く廊下と、離れに続く廊下の分岐点にくると、足を止めたマオはヤタを見上げる。
「私は仕事が残っているから、仕事場に戻るわ」
「あぁ。俺も終わり次第手伝いに行く」
そう告げると、マオは呆れたような顔を浮かべる。そして腰に手をやり、怒ったように細い指先をヤタの鼻先に突きつけた。
「八咫烏、あなたは麒麟様からもっと大事な仕事を任されているでしょ? こっちの仕事は大丈夫だから、今はそっちの仕事を優先するべきだわ」
ヤタは、自分に突きつけられた指先を見て目を瞬く。だが、彼女の言い分はごもっともだ。
ふっと小さく笑い、マオの手をやんわりと押しのける。
「……悪い。じゃあ、そっちのことはお前に頼んだ」
「えぇ。任せておいて」
頼もしく笑うマオから視線をそらし、ヤタは麟の部屋へ向かうため、一歩足を踏み出した。が、すぐにその足が止まる。そして離れへ向かうマオの後姿を振り返った。
任せろといった彼女の浮かべた笑顔が、今のヤタにはいつもと違うものに見えた気がした。
「……気が立っているせいか?」
今は常時周りに気を張っていいなければならない。そのせいで違うように見えたのかもしれない、と思ったヤタはマオから視線を外し、麟の元へ向かう。




