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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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三者会議・弐

「……しかし、あいつも姑息な真似をしてくれる。夢を介して接触とは……。こちらが手出しできないのをわかってやっている辺り、性根が悪い」

 すでに全てを視ている帝釈天も、困ったように顔を顰めて腕を組む。

 言葉と裏腹に、吐き出したため息は弱弱しく、瞳には影が差す。

「昔は……あんな奴じゃなかったんだがな……」

 丸窓から舞い込んだ紅葉の葉を見つめる帝釈天の瞳は、哀愁が見えた。そんな彼を見ていた閻魔は、目を細める。

「もうあいつは、わしたちの知る毘天(ひてん)じゃない。いい加減その未練から離れたらどうだ?」

 冷たい物言いだが、閻魔の言葉に憮然とした表情を浮かべた帝釈天は、自分の髪をくしゃくしゃと乱雑に掻く。そして、どこか不貞腐れたように窓の外へ視線をやる。

「……わかってるんだよ。俺だって」

「……」

 どこか諦めきれない。

帝釈天は心のどこかでいつまでも引き摺っている。

「俺だけのことなら断ち切るのは簡単だ。けどな、紗詩も、あいつを気にしている」

「奥方か」

「紗詩は昔、あいつの命を一度救ってる。家族同様に過ごした時期もあるからこそ、余計に見捨てられないし、見捨てて欲しくないといっていてな……」

 その言葉に、ヤタはそれまで握りしめていた拳を更に固く握りしめ、帝釈天を射貫くような眼差しで睨みつけた。

「……なら、麟やひなだけでなく、この三世界が揺らぐことさえも大人しく見過ごせと?」

 低く唸るようなヤタの言葉に、閻魔と帝釈天は彼を見た。

 いつもならギリギリのところで押さえている怒りと殺意にも似た凍てつく眼光に、二人は意図せず背筋に薄ら寒さを覚えた。

「そういうことじゃない。ただこれは俺の問題で……」

「忉(とう)利(り)。……一時の感情に流されるな。今はわしたちだけの問題じゃないんだ」

 閻魔はさすがに見かねて釘を刺した。

 帝釈天が揺らげば全てが揺らぐ。その揺らぎは多くの命を奪いかねない。

 その意味を今一度目の前に突きつけられ、帝釈天は困ったように笑った。

「羅闍(らじゃ)……そうやって釘を刺すのは、いつもお前の役目だな」

「お前は変わらなさ過ぎだ」

 呆れたようにため息を吐いて、閻魔は帝釈天を見る。

 帝釈天は一度目を閉じ、深呼吸をする。そして静かに瞳を開くと、その目には揺らぎが見えなくなっていた。

 彼の真の強さを目の当たりにしたヤタは、目を見張る。

「……八咫烏。すまない」

 帝釈天が謝罪を申し入れてきたことに、驚いた。

「いえ……。俺の方こそ、礼儀を欠くような真似をして、申し訳ございません」

「いい。お前には俺と同じ重さを背負わせた責任があるのに、無責任だった」

「……」

 柔らかく微笑み、ヤタを許した。それを見たヤタは、帝釈天に対する印象が自分の中で変わったことを実感する。

「それで、今後はどうするつもりだ?」

 閻魔に促され、帝釈天は腕を組み静かに逡巡する。

「はっきりいえば、阿修羅が姿を現すまで俺たちにできることはない」

 この部分だけはどうすることもできない。その点に関していえば、阿修羅の方が一枚上手だった。

 彼と、同じ血を持つひなにのみできる、誰も触れることができない無意識下の接触。その路線を取られては、いくら帝釈天とはいえ手出しはできない。

「今、俺たちが最優先させるべきは、ひなの警護、および注視だ。夢での接触、すなわちそれは、直接的に手を下さずにひなを殺すことも……操ることも可能ということだ」

 その言葉に、ヤタは息を呑み同時に背筋が寒くなった。

 愕然とするヤタに、帝釈天もまた硬い表情のまま言葉を続ける。

「この血の結びは業が深い。よくよくひなを監視してくれ。最悪、やつはひなを使って麒麟を殺すことも、造作ない」

 そうなれば俺も共倒れだ、と言葉を付け足す。

 帝釈天の言葉が重たくヤタの胸と肩に圧し掛かった。


 ――私が、力のせいで二人を傷つけるようなことがあったら?


 あの時の言葉がはっきりと現実的に聞こえて動揺してしまう。

 ヤタは知らず知らずの内に視界が泳ぎ、呼吸が浅くなる。

「八咫烏。何かあればまた知らせてほしい」

「……承知、しました」

 ヤタはこの時、そう答えて頭を下げることが精いっぱいだった。


***


 幽世に戻ってきたヤタは、麟の部屋の前で立ち止まっていた。

 三者会議の内容を報告しなければならないのだが、頭の中で整理がつかない。

「……」

 何度吐いたかわからないため息を吐いて悩んでいると、巻物手にした把蛇が彼に気付いて近づいて来る。

「師匠、お戻りでしたか」

「……師匠じゃねぇよ」

 ヤタは目を閉じたまま、把蛇を振り返ることなく彼の言葉を否定する。

「どうされたんですか? お元気がないようですが……」

「……ちょっと厄介でな。情報を整理してからでねぇと、麟にうまく説明できそうにない」

 深い皺を刻む眉間に手を当てて唸った。

「では、先に我々に話してみるというのはいかがでしょう? ひなさんや麒麟様に関わることに変わりはないでしょうし」

 ヤタは眉間から手を放し、薄く目を開く。

「……ん。そうだな」

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