三者会議
その時、再びドアがノックされる。
「失礼します」
「あぁ、入れ」
許可を得た不知火は、扉を開けた瞬間、閻魔の前に立っているヤタを見つけると目を見開いて思わず足を止めた
「あ、兄上……」
「よう。久し振り」
険しい表情を浮かべていたヤタも、この時ばかりは弟に見せる兄らしい表情を浮かべる。背格好も目つきも、声まで瓜二つの二人を見て、閻魔も口元に笑みを浮かべた。
「久しく兄弟揃った顔を見たな。それにしても、お前たちは本当によく似てる」
「まぁ、双子ですから」
ヤタも少しばかり笑いながらそういうと、不知火は久々にヤタに会えたことで彼の纏う空気が少し和らいだ。
「ご無沙汰しています、兄上」
「お前も元気そうで何よりだ」
「幽世は近頃騒がしいようですね」
「さすが、情報が早いな」
武に長けたヤタと、智に長けた不知火。双子でありながら内なる性質は別物で、互いに自身に適した場所にいる。
過去に阿修羅と直接対峙したヤタに対し、あらゆる情報を手に入れ対策を講じる不知火は、閻魔と共に阿修羅の管理を行っている。
「兄上がここにいるということは、阿修羅の件でいらしたんですね」
その言葉に、この場の空気が一気に引き締まる。
「あぁ……。で、阿修羅の状況はどうだった?」
無言の圧力を感じる不知火は、一瞬言葉を呑み込む。
不知火は、ヤタの視線から逃れるように僅かに視線を下げた。
「洞窟の入り口を張り巡らせている茨が数本、焼き切れていました」
その報告に、閻魔は「やはり」という表情を浮かべ、ヤタは一層目を光らせ、息を呑んだ。
「つい数日前までは、変化がなかった入り口ですが、それまでにはなかった小さな刀傷のような傷が、無数に確認できました」
いよいよ、閻魔は深く長いため息を吐く。その吐息は、聞く者によっては震え上がるほど重圧で緊迫したものだった。現に、近くに控えていた鬼たちは身を震わせ、反射的に柱の陰に身を潜める。
「そうか……。やはりあいつは、力を回収していると判断するべきだな」
閻魔は遠くを見据えると、ゆっくり椅子から立ち上がり歩き出す。
「確認ご苦労。わしはこれから帝釈天の元へ参る。不知火。戻るまでの間、この場を任せたぞ」
「承知いたしました」
腰を折り、閻魔の命に応える不知火。その時、閻魔は足を止めてヤタを振り返った。
「八咫烏。お前はわしと共に来い」
「承知しました」
極楽への同行を求められたヤタが足を踏み出した瞬間、不知火に呼び止められる。
「兄上」
「何だ?」
「お気をつけて。何かあれば、私も必ず助太刀に参ります」
緊迫した硬い表情のままそういうと、ヤタは笑みを浮かべながら彼の肩に手を置く。
「おう。期待してる」
そういうと、ヤタは閻魔の後を追いかけた。
***
明るく、煌びやかな極楽。地獄とは相反し、あちらこちらで楽しげに笑う人々の声と、どこからともなく甘い香りが漂う。そんな極楽に相反し、閻魔の巨体と赤黒い皮膚は異質に見えた。だが、そんな閻魔に対し誰も怯えることなく、笑顔で迎え入れる。
広い御殿の廊下を踏み、客間の入り口までくると、帝釈天の傍仕えである水蓮が立って待っていた。
「閻魔様、八咫烏様、お待ちしておりました」
水蓮は二人に頭を下げると、「いらっしゃいました」と一声かけてからすぐ後ろにある障子を開く。開かれた客間では、片膝を立てて座り、丸窓から外を眺めている帝釈天の姿があった。
二人に気付いた帝釈天が振り返ると、いつもと変わらない口調で出迎えられる。
「おー。やっと来たか。遅かったじゃないか。まぁ、入れ」
満面の笑みと手招きで呼び寄せる彼の緊張感の無さに、ヤタはあからさまに不機嫌な顔を見せる。そんな彼の姿を見た帝釈天は、目を丸くしてクスリと笑う。
「八咫烏」
「……何でしょうか」
ふてぶてしく答えたヤタに対し、帝釈天はにっこりと笑いかけた。
「そうカッカするな。お前はいつも俺の前だとそんな顔だな。皺が増えるぞ?」
「……」
この大事な時に何を言い出すのか。
ヤタの眉が自然にピクッと動き、帝釈天を見る目に凄みが加わる。彼のその表情に、さすがにやり過ぎたかと、帝釈天は話を切り替えた。
「冗談はさておき、ともかく座れ」
帝釈天が体制を変えて座り直すと、閻魔が帝釈天と向かい合って座るのに対し、ヤタは閻魔の一歩後ろに腰を下ろした。
「帝釈天、久しいな」
「あぁ閻魔。君も変わらないね」
二人は何気ない挨拶を交わすと、帝釈天の柔和な顔つきが真顔になる。途端に、この場の空気の緩みが、一気に引き締まった。
「それで……どうだった?」
「洞窟の封印は、一部が外されている」
単刀直入に聞く帝釈天に対し、閻魔もまた簡潔に答える。その答えに、帝釈天は目を細め、深く頷き返した。
「やはり、ひなとの接触は危険だな」
「帝釈天、わしはあいつに娘がいるとは聞いてなかった」
「俺も最近知ったんだよ。なぁ? 八咫烏」
それに対し、何かもの言いたげな視線をするヤタだったが、何も言わずに頭を下げる。
「麒麟が、現世で見つけて拾って来たんだ」
「なんと因果な……」
閻魔は驚いたように呟く。
帝釈天は何気なく丸窓の外へ視線をやる。窓の外は紅葉の葉が色鮮やかに風に揺れていた。その様を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……あいつはまだ、俺を殺すことへの執着が薄れていない」
ヤタはぴくりと反応を示した。そして無意識に膝の上に置かれていた拳を硬く握りしめる。
帝釈天は横目で彼の様子を窺い見て、一度目を閉じ、深いため息を吐いて二人を振り返った。
「……過去の対峙。あの時、打ち破れたはずの俺が『偽物だった』と、見抜いたんだろう」
見据える眼差しでヤタを見る。ヤタは、そんな帝釈天を真っすぐに見つめ返していた。
「魂の核の在り処を、すでに悟られている」
「……っ」
ヤタは一瞬息が詰まった。僅かに見開いた彼の瞳を、帝釈天はじっと見つめた後目を細める。
「八咫烏。その後の守備に抜かりはないか?」
帝釈天の言葉に、ヤタは今一度頭を下げた。
普段読めない帝釈天が放つこの空気は、心臓を直接掴まれたような感覚に陥る。いつものようなあからさまな嫌悪感を晒すことも憚られる。
「かつての式神を屋敷に配備し、厳重な警備に当たっております」
「麒麟だけでなく、ひなへの警備を怠るなよ」
「承知しております」
ヤタは、無意識に息を呑んだ。




