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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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もどかしさ

 使われていない客間に集められた式神4名を前に、ヤタは腕を組んで座っている。ヤタからの話を聞き、シン……と静まり返るこの場の空気は重たい沈黙に包まれていた。

 そんな中微かな衣擦れの音を立て、最初に沈黙を破ったのは獅那だった。


「ひなさんの運命がこれほど過酷だなんて……」


 まだ日は浅いとは言え、世話人として傍にいた獅那にとっては胸が痛む。雪那の時でさえ、何もできない内に終わってしまった。またその繰り返しになるのかと思うと、歯痒くて仕方が無かった。


「なぁ。あいつが接触する気配ぐらいは察知できるんだろ?」


 ヤタと同じくらいの体躯をしている狒猿ひえんがそう言うと、ヤタは気難しい表情を浮かべたまま首を横に振った。


「いや。その点についてはまだはっきりとは分からないが、可能性はある。ただ、察知出来たとしても手出しは出来ない」


 狒猿はそれを聞くと短いため息を吐いた。


「夢ってのは厄介だな……」


 狒猿はガシガシと頭を掻く。

 

「我々に出来るのは、麒麟様とひなさんの接触を極力避ける事、でしょうか……」


 把蛇の言葉に糾卯が感情的になり声を上げ、反射的にその場に立ち上がる。


「そんなの……っ!! ひなが可哀想だ! 麒麟様だって、やっと次に進めるようになったのに!」

「……落ち着け、糾卯きゅう。お前の言い分も分かるが、俺も把蛇と同じ考えだ」


 二人を物理的に極力近付かせないのが危険回避には一番手っ取り早い。だが、それで解決になるかと問われれば疑問が残る。

 何とか糾卯を宥めてその場に座らせると、ヤタはおもむろに口を開いた。


「とにかく、報告義務がある以上麟には全てを話さなければならない。が、ひなには多くの情報を渡さない方が良いと考えている。ひなに渡った情報は、阿修羅にも渡る事になるからな」


 本来なら二人の関係に水を差すような事をする事自体、本意ではない。


「もし……」


 ふと把蛇の発言に、ヤタは閉じていた瞳を開いて彼を見る。

 把蛇は顎に手をやり、畳の一点を見つめながら考え付いた事をポツリと呟いた。


「もし、それも阿修羅の計算に入っているのだとしたら、空恐ろしいですね」

「……っ!?」


 彼が呟いたその可能性の話に、ヤタはゾワリと肌が泡立った。

 可能性としては考えられなくはない。


「こちら側が隙だらけ。そうなれば、相手が付け入る事も容易で後れを取る可能性も十分にあり得るな」


 狒猿の言葉は、ほぼ確信だった。

 万が一にもそうあってはならない事態を呼ぶことになる。それだけは絶対に回避しなければならないのだが、あらかじめひなに話をする事も出来ない。

 同じ悩みが堂々巡りを繰り返す中、ヤタはぴくっと何かに反応を示す。


「誰だ?」


 短くそう問いかけ、部屋の外に素早く鋭い視線を投げかけ、同時に傍らに置いていた刀を掴む。そんなヤタの反応に対し他の式神達も一斉に警戒して身構えた。すると、小さく音を立て外にいた人物が慌てたように口を開いた。


「あ……ごめんなさい。私よ」


 そう言いながら、静かに障子を開けて顔を覗かせたのは狼狽えた様子のマオだった。

 彼女の姿が見えた瞬間、身を切るような鋭さを秘めた場の空気が一気に緩む。


「マオか……」

「麒麟様があなたを呼んでくるようにと仰られていたから呼びに来たの」

「……分かった」


 ヤタは深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がり今一度式神達を振り返った。


「ひとまず、また後で話をしよう」

「了解」


 部屋を出て障子を閉め、マオと共に歩き出したヤタは彼女をちらりと一瞥すると廊下の先の曲がり角を見つめながら何気なく口を開いた。


「……聞いてたか?」

「え? 何を?」


 その言葉に、すぐさまマオは不思議そうに顔を上げてヤタを見上げる。しかしヤタはそんなマオに目をくれる事も無く真っすぐ前を向いたまま口を開いた。


「いや。聞いてないならいい。もし聞いてたら、余計な話をするなよと思ってな」

「失礼ね。私が麒麟様の信頼を欠くような真似するわけないじゃない」

「ま、そうだな」


 ムッとした顔を浮かべるマオに、ヤタはひょいと肩をすくめて見せた。

 麟の部屋へ続く廊下と職場に続く廊下の分岐点に来ると、足を止めたマオはヤタを見上げる。


「私は仕事が残っているから、仕事場に戻るわ」

「あぁ。俺も終わり次第、手伝いに行く」


 そう告げると、マオは呆れたような顔を浮かべてヤタを見た。そして腰に手をやり眉間に皺を寄せて怒ったように細い指先を突き付けて来る。


「八咫烏、あなたは麒麟様からもっと大事な仕事を任されてるでしょ? こっちの仕事は大丈夫だから今はそっちの仕事を優先するべきだわ」


 マオがそう言うと、ヤタは自分に突きつけられた指先を見て思わず目を瞬く。

 責任感の強い彼女の言い分はごもっとも。日常的な仕事は彼女はとても優秀に捌いて、一人で任せても滞ったことは一度もない。

 ヤタはふっと小さく笑い、マオの手をやんわりと押しのける。


「……悪い。じゃあ、そっちの事は頼んだ」

「えぇ。任せておいて」


 頼もしく笑うマオと別れてヤタは一歩足を踏み出した。が、すぐにその足が止まる。そして別れたマオの後姿を振り返った。任せろと言った彼女の浮かべた笑顔が、今のヤタには何かいつもとは違うものに見えた気がしたのだ。


「気が立っているせいか……?」


 今は常時周りに気を張っていなければならない時。そのせいで違うように見えたのかもしれないと思ったヤタは、麟の元へ向かった。

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