三者会議・弐
「しかし、あいつも姑息な真似をしてくれる。夢を介して接触とは……。こちらが手出しできないのを分かってやっている辺り、性根が悪い」
既に全てを視ている帝釈天も、困ったように顔を歪め大袈裟なほど大きなため息を漏らして腕を組んだ。
「昔はあんな奴じゃなかったんだがな……」
「もうあいつはわし達の知る“毘天”じゃない。いい加減その未練から離れたらどうだ?」
閻魔の言葉に、憮然とした表情を浮かべた帝釈天は自分の髪をくしゃくしゃと乱雑に掻く。その姿は見るからにジレンマに陥っている。そして乱れた髪もそのままに、どこか不貞腐れたように視線を外した。
「……そうだな。分かってるんだ俺だって」
それでもどこか諦めきれない。
帝釈天は心のどこかでそれをいつまでも引きずっている。
「俺だけの事なら断ち切る事は簡単だ。けどな……紗詩もあいつを気にしている」
「奥方か」
「紗詩は昔、毘天の命を一度救っている。家族同様に過ごした時期もあるからこそ、余計に見捨てられないし、見捨てて欲しくないと言っていてな……」
その言葉に、ヤタはそれまで握り締めていた拳を更に固く握りしめ、帝釈天を射抜くような眼差しで睨みつけた。
「……なら、麟やひなの事だけでなく、この三世界が揺らぐ事さえも大人しく見過ごせと?」
低く唸るようなヤタの言葉に、閻魔と帝釈天は驚いて彼を見た。彼の凍てつくような鋭い眼光に、二人は意図せず背筋にうすら寒さを覚えてしまう。
ヤタはどこか心に余裕がなくなっていた。
「そういう事じゃない。ただこれは俺の問題で……」
「忉利……。一時の感情に流されるな」
閻魔は流石に見かねて釘を刺す。
帝釈天が揺らげば全てが揺らぐ。それだけ大きなもの手にしている立場にありながら、その揺らぎは多くの命を奪いかねない危うさがある。
「羅闍……そうやって釘を刺すのはいつもお前の役目だな」
「お前は昔と変わらなさ過ぎだ」
呆れたようにため息を吐いて閻魔は帝釈天を見る。
帝釈天が誰にも背負えない大きな物を担っている事も、同様に、彼が同じだけの重荷を背負わせた八咫烏に対しても示しがつかない。閻魔はそれを分かっているからこそ、心を鬼にするのだった。
「……八咫烏。すまない」
帝釈天がヤタを見て、素直に謝罪を申し入れてきたことにヤタは冷静さを取り戻し、同時に初めての謝罪に驚いていたが、ヤタもまた頭を下げる。
「……いえ。俺の方こそ礼儀を欠いた発言、失礼しました」
「いい。お前には、俺と同じ重さを背負わせた責任があるのに、無責任だった」
「……」
「それで、今後はどうするつもりだ?」
閻魔に促され、帝釈天は腕を組み僅かに逡巡する。
「はっきり言えば、阿修羅が実際にその姿を現すまで、俺たちに出来ることはない」
この部分だけはどうすることもできない。その点に関して言えば阿修羅の方が一枚上手だった。
彼と、同じ血を持つひなにのみ出来る、誰も触れる事ができない接触。その路線を取られてはいくら帝釈天と言えども成す術はない。
「今俺たちに出来る事で最優先させるべきは、ひなの警護、及び注視だ。阿修羅は夢を介して全ての力を奪う事は出来ずとも、直接的に手を下さずにひなを殺すことも、最悪……操る事も出来るだろう」
「!」
その言葉に険しい表情のまま目を見開いたヤタは息を呑み、瞬間的に背筋が寒くなった。
愕然とするヤタに、帝釈天もまた硬い表情のまま言葉を続ける。
「この血の結びは業が深い。よくよくひなを監視してくれ。下手をすれば、奴はひなを使って麒麟を殺すことも造作ない」
そうなれば俺も共倒れだ。と言葉を付け足す。
帝釈天の言葉が重たく胸と肩に圧し掛かった。そして前日に不安がっていたひなの言葉が頭に蘇る。
『私が、力のせいで二人を傷つけるような事があったら?』
あの言葉が、妙にハッキリと現実的になり動揺してしまう。
ヤタは、知らず知らずの内に視界が泳ぎ、呼吸が浅くなっていた。
「八咫烏。今はひなに注意を払ってくれ。そして何かあれば、また知らせて欲しい」
「……承知、しました」
ヤタはこの時、頭を下げる事が精いっぱいだった。
******
幽世に戻ってきたヤタは、麟の部屋の前で立ち止まっていた。
三者会議の内容を報告しなければならないのだが、頭の中でどうにも整理がつかない。
難しい表情で、何度吐いたか分からないため息を吐いて悩んでいると、巻物を手にした式神の一人、把蛇が彼の姿に気付いて近づいて来る。
「師匠、お戻りでしたか」
「……師匠じゃねぇよ」
ヤタは目を閉じたまま把蛇を振り返ることなく彼の言葉を否定する。
把蛇はヤタの事を「師匠」と呼ぶが、ヤタは後にも先にも弟子を取った覚えはない。しかし、把蛇はかつてヤタから武術のイロハを教わった身としてそう呼び続けていた。
「どうされたんですか? お元気がないようですが……」
「……ちょっと今回は厄介でな。情報を整理してからでねぇと麟にうまく説明できそうにない」
ヤタは深い皺を刻む眉間に手を当て唸った。
「では……本来の順番は逆かもしれませんが、先に我々に話をしてみると言うのはいかがでしょう? ひなさんや麒麟様に関わる事に変わりはないでしょうし」
「……ん。そうだな」
ヤタは眉間から手を放し、把蛇の意見を飲んだ。




