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桜の夢路 〜守れなかった願いが導く異界譚〜  作者: 陰東 紅祢
第二章

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三者会議

 その時ふいに、ドアがノックされる。

 閻魔が返事を返すと、確認に出ていた不知火が戻ってきた。そして閻魔の前に立っているヤタを見つけて驚いて目を見開き、思わず足を止める。


「兄上……」

「よう。久し振り」


 険しい表情を浮かべていたヤタらこの時ばかりは、弟に見せる兄らしい表情を浮かべる。

 背格好も目つきも、声まで瓜二つの二人を見て閻魔もまた、ふっと口元に笑みを浮かべた。


「久しく兄弟揃った顔を見たな。それにしても、お前たちは本当によく似ている」

「まぁ、双子ですから」


 ヤタも少しばかり笑いながらそう言うと、不知火は久々に会えた事が嬉しいのか、それまで彼の纏う空気が少し和らいだ。手にした報告書を握り締めてヤタの傍に歩み寄って来ると小さく頭を下げた。


「ご無沙汰してます、兄上」

「お前も元気そうで何よりだ」

「幽世は近頃騒がしいようですね」

「さすが、情報が早いな」


 武に長けたヤタと、智に長けた不知火。双子でありながら内なる性質は別物で、互いに自分に適した場所にいるのは必然だった。

 阿修羅と直接対峙したヤタに対し、あらゆる情報を手に入れ対策を昂じる不知火は、閻魔と共に阿修羅の管理を行っている。


 不知火は手にしていた報告書に目を落としながら口を開く。


「兄上がここにいると言う事は、阿修羅の件でいらしたんですね」


 その言葉にヤタの纏う空気が引き締まり、それまでの柔らかな表情も研ぎ澄まされた視線と共にピンと張り詰める。


「あぁ。で、阿修羅の状況はどうだった?」


 ヤタの無言の圧力を感じた不知火は、一瞬言葉を飲み込む。

 今回の事態は地獄にとっても大きな問題だが、それ以上の物をヤタは感じているようだ。

 不知火は、そんなヤタの視線から逃れるように僅かに視線を下げて口を開く。


「洞窟の入り口を張り巡らせている茨が数本、焼き切れていました」


 その話を聞いた閻魔と同時にヤタも驚いたように目を見開き、息を飲む。そんな二人に対し、不知火は緊張感を持って淡々と情報を明らかにしていく。


「つい数日前までは何ら変化がなかった洞窟の様子も、近づく度に息が詰まるような重たさです。入り口の一枚岩にも、それまでにはなかった小さな刀傷のような傷が無数に確認できました」


 その報告に閻魔は深く長いため息を吐き出す。その吐息は、聞く者によっては震え上がるほど重圧で緊迫したものだった。現に、近くに控えていた鬼たちは身を震わせながら、反射的に柱の影に身を潜めていた。


「……そうか。やはり、阿修羅は自ら動くための力を奪い返したと判断するべきだな」


 閻魔は遠くを見据え唸るようにそう言うとゆっくり椅子から立ち上がり、そのまま出口に向かって歩き出す。


「確認ご苦労。わしはこれから帝釈天の元へ参る。不知火、戻るまでの間この場を任せたぞ」

「承知いたしました」


 腰を折り、閻魔の命に答える不知火。その時、閻魔はふと足を止めてヤタを振り返った。


「八咫烏。お前はわしと共に来い」

「承知しました」


 極楽への同行を求められたヤタが、先を行く閻魔を追い足を踏み出すと同時に、不知火に呼び止められる。


「兄上」

「何だ?」

「……お気をつけて。何かあれば必ず、私も助太刀に行きます」


 緊迫した固い表情のままそう言うと、ヤタはそんな彼に相反してニッと笑みを浮かべた。そして不知火の肩にポンと手を置き、真っ直ぐに見つめ返す。


「おう。期待してる」


 そう言うと、ヤタは踵を返し閻魔の後を追いかけた。



          *****



 地獄から一変、明るくきらびやかな極楽に、閻魔の巨体と赤黒い皮膚は異質に見える。だがそんな閻魔に対し誰も怯えることも無く、笑顔で迎え入れた。

 広い御殿の廊下を踏み、客間の入り口まで来ると帝釈天の側仕えである水蓮が立って待っていた。


「閻魔様、八咫烏様、お待ちしておりました。中で帝釈天様がお待ちです」


 水蓮は頭を下げ、すぐ後ろにある障子を開く。

 開かれた先の客間では、片膝を立てて座り丸窓から外を眺めている帝釈天の姿があった。

 二人の気配に気づいた帝釈天がこちらを振り返ると、いつもと変わらない笑みと口調で出迎えられる。


「おー、やっと来たか。遅かったじゃないか。まあ入れ」


 満面の笑みと手招きで呼び寄せる帝釈天の緊張感の無さに、ヤタは眉間に皺を深く刻み視線をそらし、心の中で舌打ちをする。


「八咫烏」

「……何でしょうか」


 そんなヤタにめざとく気付いた帝釈天が声をかけ、ふてぶてしく答えたヤタにニヤリと笑いかける。


「そうカッカするな。お前はいつも俺の前だとそんな顔だな。……皺が増えるぞ?」

「……」


 この大事な時に緊張感の欠片もない素振り。そのくせ何を考えているか全く読めない帝釈天と物言いは、どうもヤタには合わない。気が立っているからこそ、余計だった。


「冗談はさておき……まあ、二人ともとにかく座れ」


 帝釈天が体制を変えて座り直すと、閻魔が帝釈天と向かい合って座るのに対し、ヤタは閻魔の一歩後ろに腰を下ろした。


「帝釈天。久しいな」

「ああ閻魔。君も変わらないね」


 二人は何気ない挨拶を交わすと、帝釈天の柔和な笑みが真顔になる。途端に、この場の空気の緩みが一気に引き締まった。


「それで……どうだった?」

「洞窟の封印の一部が外され始めている」


 単刀直入に聞く帝釈天に対し閻魔もまた簡潔に答えると、帝釈天は目を細め深く頷き返した。


「やっぱりか……。ひなとの接触はやはり危険だな」

「帝釈天。わしは、あいつに娘がいるとは聞いてなかった」

「俺も最近知ったんだよ。なあ? 八咫烏」


 それに対し、ヤタは真顔で何も言わず頭を下げた。


「麒麟が現世で見つけて拾って来たんだ」

「なんと因果な……」


 閻魔は驚いたようにそう呟く。

 帝釈天もまた大きくため息を吐いて、何気なく丸窓の外へ視線をやる。窓の外は紅葉の葉が風に揺れていた。


「……あいつはまだ、以前のように俺を殺す事への執着がある」


 その言葉に、ヤタはピクリと小さく反応した。そして無意識に膝の上に置かれていた拳を固く握りしめる。


「あの時に打ち破れた俺が“偽物だった”と、見抜いたんだろう」


 帝釈天は、そう言いながら視線をヤタに向ける。

 ヤタは、帝釈天を睨むように真っすぐ見つめ返していた。


「……()()()の在り処を、すでに悟られている」

「……っ」

「八咫烏。その後の守備に抜かりはないか?」

 

 帝釈天の言葉に、ヤタは今一度頭を下げる。


「かつての式神を屋敷に配備し、厳重な警備に当たっております」

「麒麟だけでなく、ひなへの警備を怠るなよ」

「承知しております」


 息が詰まるほどの緊迫感に、ヤタは無意識に息を呑んだ。

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